第23話

少し奥に行くとグレイウルフがいた。足を引き摺っている。


1匹でうろついて居るが少し離れた場所を良く見ると仲間と思われるグレイウルフが気配を消して潜んでいた。

風下からガサガサと森を掻き分けてブラックベアが現れた。2mを越えて居ないから成獣では無かったのか、クレイウルフに襲いかかった。

足を引き摺っていたはずのグレイウルフが飛び退いて逃げる。襲い損ねたブラックベアが体の向きを変えて更に腕を振るうと身体を沈めてグレイウルフが躱す。その隙に潜んでいたグレイウルフ達がブラックベアを襲い始めた。


その様子を見ていたあたしはブラックベアを横取りすることに決めた。周りから襲い掛かれているブラックベアは立ち上がりグレイウルフの攻撃に防戦一方だ。足元がお留守になっている。グレイウルフの攻撃が途切れブラックベアが吠えようとした瞬間に影の世界落とした。


いきなりブラックベアが消えたグレイウルフ達が狼狽え、動けない。近場にいたグレイウルフを影の世界に落とすと仲間に何かされたと気付いたグレイウルフの1匹が低く吠えて、全員がバラバラに逃げ出した。

流石にグレイウルフは判断と逃げ足が早い。


それ以上追わずにあたしは森の中を移動した。森の出口近くに移動していたらしく森の切れ目に出た。

樹の上を見ると少し大き目の鳥が羽を啄んで休んでいる。そう言えば鳥はどうやって狩れば良いんだろうか。足元の影から引き落とそうとしても飛んで逃げてしまう。


捕まえるのに失敗したことであたしは考えた。影の世界から近付いても何故か逃げられてしまう。もしかして近付いているあたしの影に鳥は気付いているのだろうか。遠くから気付かれない速さで襲う、それは弓矢しかない。あたしにはそんな技術はない。今からマタギさんに教えて貰う?そんなのは無理だろう。運動は得意じゃない。

ウンウンと考えて思い付いたのは影の世界で跳びはねて上から襲う事だった。影の世界では何かがあっても素通り出来るし、かなり早く動ける。高いところにいる鳥は無理でも低いところや地上に降りて居れば大丈夫かも知れない。

地上に降りている鳥を見つけるのも大変だし、樹の上から飛び降りて狙いを付けるのも難しく何度も失敗した。


お腹が空いたので現実世界に出て、樹上でサンドイッチを食べる。まるパンを食べていて閃いた。これを餌に出来ない?

少し休憩したあとに樹の真下の明るい場所に落して様子を見た。少しすると栗鼠がやって来た。千切れたまるパンの一部を手に周りを気にしながら頬張る。可愛い。

いや、愛でている場合じゃない。様子を見ているとその後に小鳥がやって来た。鳥ではあるが狩るに相応しい大きさじゃない。不思議な鳴き声で楽しんで居るようだった。まるパンの屑が気に入ったのかも知れない。我慢強く見張っていると頭上から下に居た鳥を狙って大きな鳥が襲ってきた。影が落ちたせいか下に居た鳥が逃げだす。これだ!

あたしは大きな鳥の頭上から飛び降りた。あたしの影が鳥に掛かる。そのまま逃げようとする大きな鳥を捕まえて影の世界に飛び込む。影の世界で大きな鳥は暴れたので突かれたり、爪で傷を負ってしまった。手放すと大きな鳥はゆっくりと動かなくなった。

影の世界の地上で、あたしは座り込んだ。疲れた。とても見張っていて疲れた。これが狩人のやり方なんだろうなと薄らぼんやりと思う。

時間はそんなに経って居ないつもりだったが陽は大分傾いて来ていた。あたしはハンターギルドの横の倉庫に向かった。


今日2度目の訪問だ。ドアを開けて中に入ると人の話し声がした。見るとリネットさんが騎士様と話をしている。甲冑の形が違うので領騎士では無いようだ。

銀色の甲冑は使い込まれて居るのかくすんだ色合いをしている。肩や背中の色合が黒っぽい。

背の高さは170cmほどだろうか、こちらからは背中で前が見えないがリネットさんがあたしに気付いた。

「あら、ミリオネアさん、どうしました。」


あたしが返事をしないで居ると騎士様を気にしているのが分かったらしく話を切り上げてくれる。

「では、マクシミリアン様そういうことで」


騎士様が分かったと返事をする。低い声で男の人だと分かった。あたしはドアの前を開けて離れる。

マクシミリアンと呼ばれた騎士様がこちらを振り向くと面当(バイザー)が上げられていて顔が見えた。銀髪で濃い青の瞳は冷たく燦めいた。

直ぐにミリは俯く。上位貴族だとしたら顔を直視するのは不敬に当たる。今の自分は仮面のハンターだ。

ガチャリと面当(バイザー)が降ろされた音がしてカチャカチャと音を立てて通り過ぎる時、いきなり騎士様の手が振られミリの顔を叩いた。叩かれた勢いでミリは飛ばされ倒れる。

甲冑の金属が埋め込まれたグローブで叩かれたせいで、面の下部分がずれ顎を覗かせた。唇から血が滴る。

頭がグラグラして何も考えられない。口の中が痛くて血の味がした。


「マクシミリアン様!何を!」

リネットさんの声で騎士様に叩かれたのが分かった。敵対すんのかコイツ!怒気が膨れ上がったがリネットさんの声が刺さる。


「お止めください、マクシミリアン様!それ以上そのハンターに手を出されれば!!・・・」

視界の先のマクシミリアンという騎士様が肩を揺らす。


「チッ!ならばこれで良いだろう」

マクシミリアンという騎士様が何かを投げ捨てて去っていった。ドアが閉まる音がしてミリは息を吐いた。

リネットさんが声を掛けてくれる。

「大丈夫ですか、ミリオネアさん。」


ミリは唇を拭い、仮面を直す。まだ口の中が苦い。

「マクシミリアン様は気に入らない物があれば手を出される方なのです。ミリオネアさんを叩いたのもそこに叩きやすい物があったからとか言う理由でしょう。以前にも他のハンターに乱暴を働いています。ただ、次はありません。」


かなりリネットさんも怒っていたようだ。ミリが立ち上がろうとするとふらつく。リネットさんが支えてくれるとガルドさんが寄ってきて頬に優しくて触れた。

「我が魔力を糧としてこの者の痛みを癒やせ、治癒(ヒール)」


ガルドさんが治癒してくれたお陰で痛みが引いた。

「ありがとうございます、ガルドさん。属性は風じゃないですよね」

「ああ、土だな。」

「それでもこれだけの効果ですか」


ガルドさんは眼の前で魔法を使って見せてくれる。

「我が魔力を糧として形を成せ、創成」


ガルドさんの手のひらに小さなナイフが生まれ出る。

「それでスキル『鋭利』」


作られたナイフの刃が磨かれて光を反射する。

「凄い!」

「だから俺はこんな仕事をしてるんだ。」


リネットさんに礼を行って一人で立つ。ガルドさんの治癒は顔だけでなく足腰にも力をくれ、手を見ると鳥に傷付けられた跡が消えていた。

「リネットさんもガルドさんもありがとうございます。」


2人に礼をもう一度言うとリネットさんが聞く。

「また、納品かな」

「ええ、森を回ったら思い掛けず狩れたので来たんですよ」


リネットさんにハンター証を渡して、ガルドさんに置き場を確認すると朝の豚オークを解体している隣の台に置くように指示される。

影の世界から一角うさぎ1匹と森ねずみ5匹を出す。そしてブラックベアを出す。

「凄いな」


ガルドさんの称賛に照れる。

ブーブッブッ

と音がしたのでそちらを見ると魔導具を操作していたリネットさんが教えてくれた。

「今のブラックベアでミリオネアさんのランクが上がりましたよ。ハンターレベルFからDになりました。」


あれ、おかしくない?

あたしがよく分からないで居るとリネットさんが教えてくれた。

「順当に行けばレベルEですがミリオネアさんが狩って来た魔物が強いからです。豚オークやブラックベアは魔物レベルDなんですよ。ちなみに森ねずみや一角うさぎがレベルEです。ハンターレベルFは初心者で魔物を狩る力はありません。レベルの高い魔物を一定数狩る事が出来るとレベルが上がる訳ですね。逆に言うと初心者はレベルFから始まりますが強い魔物を狩れる人はどんどんハンターレベルが上がる訳ですね。」


なるほど、ハンターとして初心者でも実力者は高いレベルに直ぐなれる訳だ。

「それで、レベルが上がるとどうなるんですか?」

「基本的に税金が下がります。レベルDではギルド取り分が0.9で租税が1.8になりますから税金3割だったのが2.7割になります。ブラックベアが12000エソで全部で税抜き27010エソになります。金貨2枚と銀貨7枚と鉄貨1枚です。いつものように分けますか?」

「はい、そうして下さい。」


金貨2枚か、それほどじゃなかったなとミリは思った。そう言えば鳥を狩ったけどあれば魔物かなと思い、出してみた。

「リネットさん、この鳥は魔物ですか?」

「ああ、この鳥は魔物じゃないですよ。赤首鷹ですね。狩人ギルドで素材にしてくれると思いますよ」


じゃあともう一度影の世界に取り込む。影の中に消えて行く様子をリネットは興味深そうに見る。何か言いたそうだ。

「あぁ、聞かないでください」


ミリは分かられているかも知れないが言いたくなかった。

「ですよね」


リネットさんは残念そうだ。訳アリちゃんで済ませておいて欲しいとミリは思う。これで用は済んだが聞きたいことはもう一つあった。

「それであのクソ騎士様は何でここに来たんです?」


殴られ損だったと思ったらリネットが金貨を渡してきた。

「これはマクシミリアン様が投げ捨てて行った賠償金ですよね。金貨5枚有りましたよ。あぁそれで理由ですよね〜。うんうん、言っても良いか。実はこのところ魔物を沢山狩っているのは誰かと聞きに来たんですよ。もちろんハンターギルドとしては守秘義務があるので話していませんが。適当に誤魔化しました。」

「そうなんですね。いったい誰なんですか?」

「あ、いやいやミリオネアさんがそれを言っちゃいます?」

「あのマクシミリアンというクソ騎士様のことですよね?」

「え?あのマクシミリアン様はダンダン伯爵家の騎士団長ですよ。それでミズーリ子爵領のハンターギルドが好調な理由を探りに来たようです。」


なんですってーぇ!あたしを殴ったのはあたしだって分かったからじゃないよね。

「えっ、どうしましょ?リネットさん!」

「落ち着いて下さい。だからミリオネアさんが沢山魔物狩りしているとは言っていませんから」


「じゃあ、良かった。じゃないよ。お金貰えれば殴って言い訳ないですよ!そりゃ金貨5枚は助かるけど。そうだこの金貨は治療費ということでガルドさんに渡しましょう。」

「いらん!」


遠くで作業をしながらガルドさんが返事をした。

ミリはリネットさんを見るとリネットさんは首を横に振る。

「これはミリオネアさんが受け取って下さい。」


結局あたしのハンター証でギルドに貯める事になった。


マクシミリアンというクソ騎士に叩かれたので大事を取って今日は帰る事にする。影の世界を通って家に帰り、クリーンの魔法で埃を払って服を着替える。部屋でぼんやりと休んでお母様と夕食を取り休んだ。



翌日、あたしは影の世界から狩人ギルドに向かった。赤首鷹を渡す為である。狩人ギルドの中に入る前に影の世界から誰か居ないかと様子を伺ったが狩人ギルドの受付嬢兼ギルドマスターのアルメラさんだけだった。ホッとして影の世界から出て現実世界の狩人ギルドのドアを開けて中に入る。

「今日はーアルメラさん!」


元気よく中に入るとじろりとアルメラさんに見られた。

「どうしたんじゃ、お主。誰ぞに殴られたか?」


昨日の事なのに何で分かるのだろうか。

「ふん、匂いでわかるわ。お主から血の匂いがするわ」

「あっ、いやもう済んだ事なので」


あんなマクシミリアンとか言う騎士様の事なんて言いたくない。なのにアルメラさんが口にする。

「さっきまでダンダン伯爵家の騎士団長が居ったわ。ろくなことを言わんから追い返したがな。」

「何を言われたんです?」

「最近何か変わった事は無かったかとな聞くので貴様に話すことなど無いと言ってやった。」


ミリはホッとする。あたしの事を言われたら絶対疑われる。

「で、お主は何しにここに来たんじゃ?」







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