第22話


中肉中背の大剣を持った男が指示を出しながら一匹の豚オークと戦っていた。その男に襲いかかろうとしている豚オークを牽制しているのが2m近い巨漢だ。豚オークと背丈は変わらないが豚オークを圧倒して殴る。殴る!


豚オークを指示している目だし帽の男に魔法を放っている肥った男が他の目だし帽の男に剣で攻撃されそうになって転んだ。いや、転んで避けたようだ。でも転んで足を捻ってる。


神官服を着てると思われる女が近付いて回復魔法を掛けると男の体に光が帯びる。

神官服を着た影が女と思ったのはツインテールだったからだ。ポニーテールは男でもいる。


彼らに襲いかかる目だし帽の男から守っているのは体中に剣を帯びている痩せた男だ。剣を自在に操り近付かせない。


他の豚オークが村人を襲うのを止めて近付いているのに気が付いた。アルメラさんが魔法を放った。

「光よ、我が魔力を用いて彼の者を阻め!『幻惑』」


アルメラさんの魔法で近付いていた豚オークがあらぬ方向にパンチ攻撃を加える。見えない誰かと戦っているつもりのようだ。

それで、アルメラさんの注意は他に向いた。燃えている家のちかくで小さな男の子が転んで泣いているようだ。近くに誰も居ないが炎が近くて危険なように見えた。アルメラさんが走り寄った。抱えて避難している人たちの方へ連れて行くのだろう。


あたしはアルメラさんの影から離れてアルメラさんの幻惑の魔法で暴れている豚オークを影から引き込んだ。ズブリと豚オークが沈むこむようにして影の世界に現れた。尚も暴れようとしていた豚オークの動きが凍ったように止まる。


燃える建物の向こう側で暴れている豚オークを見つけた。いったい豚オークは何匹いるのだろう。C級ハンターパーティ『銀耀の円盤』が相手をしているのが2匹で、あたしが捕まえたのが一匹で、建物の向こう側にいるのが一匹、まだまだ居そうだ。あっ、危ない。建物の向こう側で暴れている豚オークが逃げ遅れている村人に襲い掛かろうとしてる。誰も助けが無いぞ!


あたしは影を跳んで建物の向こう側に移動、瞬時に豚オークを影の世界に引き摺り込んだ。襲われそうになっていた村人が動かない。怪我でもしたのかと思ったら動き出した。どうやら豚オークが消えてしまったので驚いたようだ。取り敢えず無事で何よりだ。


豚オークは何とか成りそうだが、目だし帽の男達が暴れ過ぎだ。10人以上はいそうだ。現実世界に戻って様子を伺う。

畑を荒らしていたのはこいつらだったのだろう。豚オークも操っていたのだろうか。

だとしたらどうしてくれよう、あたしが考えて居たら遠くで馬の嘶きと馬車が止まった音がした。どうもお母様が到着したようだ。目だし帽の男達が慌てだした。お母様が連れて来た領騎士が掃討し始めたのだろう。


もう、あたしが手を出すことは不要かなと影の世界に潜り込む。影の世界をお母様の馬車の影まで移動する。馬車の窓からお母様が領騎士に身振りを交えて指示をしているようだ。ふと、上を見ると屋根の上から矢をつがえお母様を狙っている目だし帽の男がいた。


危ない!あたしは思わず男を影に引き込んでしまった!矢をつがえたままの姿の男が影の世界に現れた。どうしよう、思わず引き摺り込んじゃった!宙に浮いている男に触れてみる。変わらない。動かない。あたしの顔に汗が吹き出した。滝のようだ。目に染みる。体が震えて来る。馬車の窓から身振りをしているお母様の姿は変わっていない。何とかお母様を守る事は出来たが初めて人を殺してしまった。


殺そうとした訳じゃないけど結果的に殺してしまった。その事実が宙に浮いている。そうだ、これが無ければ証拠は無い。あたしは宙に浮いている男を現実世界に押し出した。こんなもの!こんなーもの!


影の世界の目の前から目だし帽の男の姿が消えたが現実世界に目だし帽の男が現れて馬車近くに居た騎士達が動揺した。一人の騎士が蹴りをくれたが動かない事に安心する。領主の奥様が狙われたのに気が付かなかったのかと誤解したのだった。


その姿を見ていたあたしは乾いた笑い声を上げた。影の世界では音がしないけど。どうやら目だし帽の男達は制圧され捕縛されたようだ。


もう、あたしはここに用がない。帰ろう。

影から影へ跳んで帰る元気が何故か出なくてとぼとぼ歩いていたが、お母様よりも後に戻ったら不味い事に気が付いて慌てて跳び始めた。

自宅に帰って、クリーンの魔法で埃を払って居るとお母様が帰ってきた馬車の音がした。慌てて着替えてベッドに潜り込んだ。まだ、陽も沈ます明るい内だが気怠くて何もする気が起きない。無性にリリスお姉ちゃんに会いたくなった。心細くて涙が流れたが拭うのも億劫な気がして、そのまま眠ってしまった。


気がつくとメイドに夕食の時間だと起こされた。ぼんやりとメイドの顔を見ていると影の世界にいるときの人の姿のような気がして来た。

あれ?影の世界にいるんだっけ?

良くわからないうちに力が抜けてそのまま倒れ込む。メイドが声を上げて何処かに行く音を聞きながらおかしいな?おかしいな?と思う。


再び目を開けるとお母様がベッドサイドに座っていた。

「大丈夫?ミリちゃん」


優しくお母様が声を掛けてくれたが返事が何故か出来ず、こくんと頷く。何故か涙が溢れて来た。泣くような事は何も無いはずなのに。

お母様は優しい目であたしの頭を撫でてくれる。撫でられているととても安心する。リリスお姉ちゃんも良く撫でてくれるなあと思ったら止み掛けていた涙がまた、溢れて来た。

お母様が撫でるのを止めてベットに寝ているあたしを抱き締めてくれた。そしてまた優しく撫でてくれる。あたしもお母様を抱き返す。


気持ちが通じ合うような気がして落ち着いて来た。そこでお母様がポツリと言った。

「ブラク村にミリちゃんも来たのね。」


ドクンと心臓が跳ねる。

「大丈夫、心配しないで。」


お母様はあたしの顔を見ないで抱きしめたまま、話し続ける。

「馬車で指示を出している時にとても不思議な事があったの。屋根の上に矢をつがえた男が見えたと思ったらいきなり消えたの。そして、暫くしたらその男が馬車の近くに急に現れたわ。・・・ミリちゃんよね。」


お母様の声は非難するものでは無く、淡々と事実を話しているだけだった。でも心臓はどくどくと早くなる。

「きっと、あたしを助けてくれたのよね。ミリちゃん。」


お母様の体が震えた。

「ごめんなさいね、ミリちゃん。あなたに余計な事をさせてしまったわ。とても怖くて不安だったのよね。」


お母様の言葉であたしの心臓はゆっくりになった。冷えかかっていたあたしの心もお母様の温もりで暖かくなった。そのまま何も言えなかった。ミリは頷く事しか出来なかった。


初めて自分がしたことの重大性に気が付いてミリの心はおかしくなっていたのだ。でもお母様の温かい言葉と温もりで落ち着いた。

「優しくて生き物を大切にするミリちゃんだから辛かったのよね。あなたのせいでは無くてよ。あのような犯罪者は結局、死罪になるの。」


死罪という言葉のところでお母様心臓が跳ねる。お母様のような領主の妻で犯罪に付いて沙汰を下す事がある人でも辛い事なのだと知った。

「良い?ミリちゃん。悪い事をした者には相応の罰を与えないといけないの。それは悪い事が人の命に関わる事ならば命を持って報われ無ければならないの。どんな理由があれ、結果には責任があるわ。自分で責任を取れない人は他の者から責任を取らされるのよ。今回のように。」


お母様の話は良く分かった。因果応報という事なのだろう。

「だから、ミリちゃんがしなくてもあの男の人は死んでいたわ。ただ、お母さんを助ける為にしてくれた事だけど心には留めて置いてね。お母さんも命令する度に相応の覚悟はいつも持っているわ」


それからお母様は色んな人の事を話してくれた。領民の人達が犯した事件とその結果。事件を調べて明らかになった理不尽やそうならないようにすべきだったことなど。領主として足らなかった為に犯罪に手を染めざるを得なかった人も居れば、自分勝手な想いから悪い事を喜んでする人もいること。まだ、学園に通い始めたミリには分からない事をお母様は教えてくれた。

そしてお母様は言った。

「まだ、ミリちゃんが経験する必要が無いのに経験させてしまっているお父様やお母さんを赦してね。ごめんね。」


ミリが自分から言い出した動物や魔物狩りの事を言っていた。そうだ、ミリは自分からお母様やお父様の力になりたくて自分のスキルを使う事にしたんだ。動物や魔物だって生きている。人だって生きている。動物や魔物を狩っているのだから同じだったんだ。

あたしには覚悟が足りなかった。お母様が言った覚悟が足りないまま、スキルを使っていた。安全な場所からスキルを使っていたから気が付かなかったけど動物や魔物を狩るという事の覚悟が分かって居なかった。

それが今回たまたま、お母様を襲おうとしていた目だし帽の男だっただけだ。そう素直に胸に落ちた。


「ううん、お母様。あたし分かった。命を大切にすることの意味が分かった。これからも命を大切にして頑張る。」

「・・・そう。お母さんはいつでもミリちゃんの味方よ。」


安心したら少しお腹が空いてきたのでお母様と食堂に行って夕食を摂る。あまり食べられないかと思ったが意外と食べられる。沢山スキルを使ったからかも知れない。何となくリリスお姉ちゃんが命とスキルの話をしていたような気がする。

その日の夕食は静かに終わった。


次の日、お母様は昨日の後始末の為にハンターギルドに出掛けた。あたしは革鎧を身に着けてお面を付けてハンターギルドの横の倉庫に顔を出した。

リネットさんとガルドさんが既に忙しそうにしていたがリネットさんに声を掛ける。リネットさんが驚いてこちらに来た。

「えっと、あれ?ミリオネアさん。話せたの?」


思わず笑ってしまったが豚オークを渡したいというと微妙な顔で分かりましたと言う。ガルドさんの指定する場所に豚オークを2匹出して、ハンター証をリネットさんに渡す。いつも通り操作して値段を出してくれた。

「豚オークは1匹10000エソなので金貨1枚と銀貨4枚ね。金貨と銀貨と分けていつも通りでいい?」


頷いてお願いをする。帰ろうとするとリネットさんが声を掛けた。

「詮索するつもりは無いけどミリオネアさんもブラク村に行ったの?」

「いえ、これから森に行って見るつもりです。」


あたしが倉庫を離れると微妙な表情でリネットが呟いた。

「何だがミリオネアさんが落ち着いて見えたわ。」


「成長しているんだろ」

その声を拾ったガルドは豚オークを引き摺りながら答えた。


影の世界で跳ねながら慌てる事なくブラク村に到着する。天気があまり良くなく雲が多かったせいか影の世界は光に溢れていた。燃え落ちた廃屋が昨日の凄惨さを残している。何人かが片付けをしていたが村に活気は無かった。これから村の再建の為に物資が運び込まれて来るのだろう。


村を離れて森に入って行ったが動物も魔物も見かけない。昨日の騒ぎに驚いて森の奥に行っているのかも知れないとそのまま進む。

奥に行くと一角うさぎがいた。何事も無く草を食んでいる姿を見て安心する。

更に南下する方向に森ねずみの集団がいた。放って置くと森の外に出そうな数だった。5匹ほどを一度に影の世界に取り込む。急に仲間が消えたせいで驚いて散り散りに逃げていく。


いつも通りだ。いつも通り、そう思う。







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