第19話

迷子なのだろうか?


地面の臭いを嗅ぎながらゆっくりと進んで行くのであたしも見つからないように音を立てないように付いていく。

突然、グレイウルフが藪の向こう側に姿を消してしまったので慌てて消えた辺りまでコソコソ進むと

「ウォン」

とグレイウルフの鳴き声が後ろからした。

前に居た筈なのにおかしいなと振り返るとさっきのグレイウルフよりひと周り大きくて片目に傷を負っているグレイウルフが居た。


えっ?

訳が判らない。グレイウルフを追ってたのに追いかけられて居た?

片目に傷のあるグレイウルフがニヤリと笑って高く鳴いた。

「ウォウォン」


それが合図だったのか左右前後とグレイウルフが数匹現れた。囲まれてしまって居た。

こ、怖い!

怖さであたしはスキル『影』を使う事が出来ずにいた。頭ではスキルを使わなきゃと思うのに心が怯えて動けなかった。


「ウォウォーン!」

片目に傷のあるグレイウルフがひときわ大きな鳴き声を上げると全部のグレイウルフが飛び掛かって来た。あたしは咄嗟に両手で頭を庇って俯せになっていた。


その時、ザザーと音がして何かが飛び出して来て、飛び掛かって来たグレイウルフ達を吹き飛ばした。

頭を上げると大きな影が手に持った大きなナタのような武器で2匹目のグレイウルフを切り飛ばしていた。

片目に傷のあるグレイウルフが体勢を低くして唸る。

「ぐるるららー」


飛び掛かって来るのかと思ったら、他のグレイウルフが逃げ出したの追って、自分も身を翻して消えていった。

後には大きな姿の人とあたしと切り飛ばされた1匹のグレイウルフが残された。

「大丈夫か?」


大きくてゴツい手を差し出して来た男の人は熊の姿をしていた。熊の姿なのに人の顔を持つ獣人だった。

出された手を掴み立ち上がりながら礼を言った。

「あ、ありがとうございます。」


声が曇らないと思ったらお面が外れて横に向いて居た。ああ、顔ばれしてる!

「こんな小さな女の子が森のこんな深くまで入っちゃ駄目だぞ。まだ、見たところ初心者のハンターだろ?」


確かに初心者ハンターだけど自分では凄腕だぞと思っていた。慢心していたから現実世界の恐怖に飲まれた。

「ちょっとまってろ」


と言うと熊獣人の人は斬り殺したグレイウルフの死体の足を掴み、身体を高々も持ち上げ片手で器用に紐で括って縛った。

すると、グレイウルフの身体を伝って血がぼたぼた落ちる。紐の片方を手近な木の枝に引っ掛け地面スレスレにグレイウルフを吊り下げると持っていたナイフを使って器用に皮を剥ぎ始めた。


あたしがあ然としている間の10分くらいで皮剥を終え、口から牙を折り、皮を丁寧に折り畳んで牙と一緒に腰の袋に納めた。血溜まりの地面をこれまた持っていた小さなスコップでザクザク掘り、大穴をあっという間に開けて、グレイウルフを穴の中に落して埋めてしまった。使った紐も丁寧に畳んで腰に括る。

全てを終わるとあたしを見て名乗った。

「俺は狩人のマタギだ。」


名乗られては応えない訳にはいかないし、助けられているから失礼だろう。

「ミリオネアです」


仮面を被ったお陰で声が籠もり、小さくなったがマタギさんには聞こえたようだ。

「そうか・・・ん?そう言えば訳アリの仮面の女の子が狩人ギルドに入ったと言ってたな。・・・ミリオネアがそうか。」


いくら隠してもバレるって言っても周知しなくても良いんじゃないの〜、アルメラさぁ〜ん!

「えっと、その、助けて下さってありがとうございます。」

「だとすると森の外に連れて行くのは不味いのか?」


って、聞いてないし!


まだ、恐怖が抜けきれなくて足が少しガクブルするけど、こんなに怪しさ満点な女の子が熊獣人と森の外に出てきたら、森の周辺で薬草採取している子供達の噂になってしまうに違いない。

あたしが応えづらくしているのが分かったのかマタギさんはあたしを抱き上げ歩き出した。


え?え?どういうこと?

混乱しているとゆっくり歩いていた足の速さが駆け足になり、あっという間に眼の前に木々で作られた小屋があった。

あたしをそっと降ろすとマタギさんが言った。

「ここは俺の狩り小屋だ。落ち着くまで休んで行くと良い」


小屋は小さかった。あたしにでは無く、マタギさんにである。壁には弓やナタや山刀やらが掛けられ、隅には桶があり、矢が沢山入れられて居た。

中央には石で囲まれた熾火が熱を放っていて、四方から伸びた太い木の先には鍋が掛けられていい匂いが漂って居た。何も無い壁側には皮が山積みされて、何か作業をしていた跡のようだった。

そこにマタギさんがどつかりと座る。

「狭いが座れ、横になっても良いぞ」


「ここは?」

「俺の狩り小屋だと言ったろ。・・・そっか、初心者だったな。」

マタギさんが説明してくれる。

狩人は狩りをした獲物をそのまま持って帰ることは無く、殆どの場合加工して革にしたり、素材をある程度集めてからギルドに納めるそうだ。鳥などや肉が取れる動物は自分の家の食料とするが多く取れた場合のみギルドに持ち込むらしい。

そういった加工をする場所が狩り小屋なんだそうだ。確かに家と森の往復には時間が掛かり、無駄を減らす工夫なのだろう。


考え込んでいたみたいで差し出された物を見て驚く。

「これを食って落ち着け」


差し出されたのは木の椀に入った煮物だった。椀の中からいい匂いが漂ってくる。受け取って見ると肉や根菜類や茸が入っていた。

スプーンも渡してくれたのでふうふう冷ましてスプーンで掬って口に入れるととても優しい味がした。食堂などで食べる食事より味付けが薄く感じたが、肉に野趣溢れる味がしてとても美味しかった。温かい食事のせいか、マタギさんの心遣いのせいか気持ちが落ち着いて来た。


「好きなだけ休んでいて良いぞ、俺はまた狩りに出る」

そう言って立ち上がったマタギさんにあたしは思わず声を掛けていた。


「あの!出来たら、出来たらで、良いんですけど狩りの事を教えて頂けませんか?!」

思わず図々しいお願いをしてしまった。それだけ自分には狩りの事、動物の事を知らない。スキルという力任せの乱獲を安全地帯からしていただけなのだと痛感したのだ。


マタギさんは無視もしないであたしの勝手な言葉を聞いていてくれた。暫くして声が聞こえた。

「まぁ偶にだな、俺がここで休んで居るときなら良いぞ」


許可して貰えるとは思って居なかったので思わず立ち上がって頭を下げた。

「ありがとうございます!」

お椀とスプーンを持ったままだった。


マタギさんは狩り小屋を出て行ったがあたしは煮物が美味しかったのでもう一杯貰って、ゆっくり考えながら食べた。

取り敢えず、狩人ギルドの受付兼ギルドマスターの黒狐族のアルメラさんに文句を言いに行こうと決めた。


狩人ギルドには誰も居なかった。アルメラさんは何処に行ったんだろう。ギルドの仕事は良いんだろうか。

仕方ないので、家に素直に帰る。もちろん、スキルを使って誰にも見つからないようにだ。


マタギさんの煮物は少し早い昼食になったが足りなかったので部屋で“影の世界“からサンドイッチを取り出して食べる。自分のベッドに寝転びながら今日の出来事について考える。

グレイウルフがあんなに賢くて仲間と連携していたのはとても驚きだった。考えて見れば森ねずみにしても一角うさぎにしても動きがそんなに早くない。逃げ足は早いけどこちらに向かって来る事は無かった。


狩人が狩る動物もあたしが考えているよりずっと賢いに違いない。で無ければ誰だって狩人になれる筈だ。森に住む生き物についてもっと知識が必要だ。狩人についても知らないことが多すぎる。

あたしはベッドから降りて、お母様が仕事をしている執務室に話を聞くべく向かった。でも、お母様は居なかった。


そう言えば昨晩の夕ご飯の時に視察がどうのと執事長と話していた気がする。視察からまだ戻られて居ないのだろう。

仕方ないので屋敷の図書室に向う。


図書室に入るのは久しぶりな気がする。小さい頃はここから出たくなくて泣いて随分とお母様やお父様を困らせていた事を思い出す。何があって来なくなったのだろう。人見知りで他人と話すのが怖かったから執事やメイドでさえ新しい人は怖かった。執事やメイド達もあたしには手を焼いただろうと思うのだがそれほど厳しくされなかった気もする。

大きくは無い図書室だが小さい頃は大きな世界だった。あちこちにある本だけでなく領の資料や古い巻物などを読めもしないのに一生懸命に眺めていた。宝の山の様な気がしていたのは確かだった。

文字を覚え、本の内容を理解するようになると少しづつ他の人たちへの興味を覚えた。そして、恋愛小説や冒険物語に胸を時めかせた。本があたしの友達で先生だったのだ。


背表紙を眺めながらつらつらと文字を追うと気になる本があった。『森の生態系』これなら動物も魔物も知ることが出来るかも知れない。少し黄ばんでいて裏表紙を見るとお母様の名前が書いてあった。すると、これはお母様の本なのかも知れない。


ふと、後ろから視線を感じて振り返る。あたしの視線の先には図書室の本棚の奥に向けられていた。そこには黒い影があった。人の形にも異形にも見える。少し頭が大きいかも知れない。影が揺らめいて何か言った。何も聞こえなかったが何かが頭に響いた気がしたとそれを意識した途端に大音響に変わる。頭がクラクラしてあたしはそのまま崩れ落ちた。


気がつくとあたしは寝間着でベッドに寝ていた。目を覚まして周りを見る。窓の外は暗かった。ドアを開けてメイドが入って来た。そしてあたしを見るなり叫び声を上げてドアから逃げていった。

なんで?

メイドはうちに居るいつものメイドであたしの世話を焼く事は多いのに、何故だ?


考えて居るとドタドタ足音がして部屋にお母様と先程のメイドが入って来た。薄暗い灯りをメイドが明るくするとお母様があたしに抱きついた。

「ミリちゃん!」

「お母様?」


不思議に思い声に出すとお母様が教えてくれた。

「ミリちゃんは図書室で倒れていたのよ。物音がしたから通り掛かったメイドが気付いて部屋に連れて来たの。あなたは気絶したまま一向に起きないし、お医者様を呼ぼうかと一度メイドに様子を見に行かせたら叫び声を上げて逃げてくるし」


お母様が壁に立っているメイドを見る。メイドが言い訳をする。

「いえ、その、あの。・・・ミリ様を見詰めている黒い影が居たので怖くて!」


あたしはメイドに聞く。

「影?どんな影?」














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