第18話

朝食をお母様と食べ、服を着替える。服は昨日、お母様と街の防具屋で革の簡易鎧を買い揃えた。魔物革で出来た初心者用の防具だ。武器は短剣を用意した。それから家にあった魔物を象ったお面をする。


お母様はあたしの様子をじっと椅子に座って見ていた。準備が出来たあたしに近付いてギュッと抱き締める。

「決して無理をしちゃ駄目よ」


心配そうな声は少し震えていたように思える。お母様の優しさがあたしに勇気を与えてくれる。

「分かりました、お母様」


そう言ってお母様の眼の前でスキル『影』で影の世界に行く。そして森へ飛んで行った。


まずは現実世界で動物を探す。

あまり森に入らずに彷徨っているとうさぎが見えた。こんな可愛い動物を殺すのか?あたしはうさぎを眼の前に躊躇した。あたしに殺気が無いからかうさぎはぴょんぴょん跳ねて何故が近付いて来る。

リリスお姉ちゃんのスキルならいざ知らず、嬉しそうに近付かれるのが分からない。あたしがしゃがむとあたしの腕の中に飛び込んで来た。思わず抱きしめてしまう。


少し野生の臭いがするが温かい。毛並みも悪くない。キュキュと臭いを嗅ぎながらあちこちを見回す仕草がとても可愛い。頭を撫でても嫌がらずむしろ目を瞑ってこちらに擦り付けて来る。この子を狩るなんて出来ない。

生きていくためにはと思っても涙が止まらない。そっとうさぎを下ろすとあたしを振り返り振り返り草原の中に消えていった。駄目だった。動物は駄目だった。


暫くそのまま気持ちを落ち着かせる。姿が分かるからだめなのかも知れない。そう思ってあたしはスキル『影』で“影の世界“へ入った。世界が闇に包まれたようになり、影が落ちるべき部分に光で出来た影が落ちる。


木々や蔦が生い茂る森の中を真っ直ぐに進んでいくと1mくらいの大きな角を持った魔物が草を食んでいた。

あれは『一角うさぎ』だろう。形は分かるが顔も分からない。あたしが近付いても逃げることなく少しづつ移動しながら草を食んでいる。あたしは光っている影に触れ、影の世界に引き込んだ。

一角うさぎは何が起きたのかわからないまま黒く塗り潰された影になった。何をしたのかは理解しているが心に響かない。もっと苦しむと思っていたのでホッとした。


あたしの近くの空中にぷかぷか浮かぶ一角うさぎの影をそのままに他の魔物を探す。一角うさぎにもテリトリーがあるのか近くには同じ一角うさぎは居なかったが今度は長い尻尾を持つ『森ネズミ』を見つけた。

身体の大きさは一角うさぎの半分ぐらいだが尻尾が倍以上に長い。森ネズミは影から草場の影へ移動しながら餌を探しているようだ。“影の世界“では光る影から影に移動するのが容易なので直ぐに捕まえて“影の世界“に引き込んだ。森ネズミは丸くなって影になった。


そうしてあたしは一角うさぎを5羽と森ネズミ7匹を捕まえた。一度現実世界に戻ると昼近かったので“影の世界“を通ってハンターギルドの隣の倉庫に向かった。


ハンターギルドの倉庫に入ると受付嬢の制服を着た一人の女性とオーバーオールを着た如何にも作業員といった風情の身体が太い男性が作業をしていた。あたしに気付くと女性が声を掛けて来た。

「あなたがギルマスの言っていた、訳アリちゃんね。あたしはリネットよ。でこっちの、太っちょがガルドよ。彼が魔物を捌いてくれるわ。」


声を出してバレたくないのであたしは頷いて魔物を全部床に出した。一角うさぎを5羽と森ネズミ7匹はそれなりに場所を取ったが倉庫はかなり大きいので問題無さそうだった。

何も無いところからいきなり魔物が現れたので2人が息を呑む。

「へ〜、そ、そうなんだ。さすが訳アリちゃんね」


何がだろうと思いながらあたしは黙ってハンターギルド証を出して渡す。少しビビりながらリネットはハンター証を壁際にあった魔導具に翳すと機械が光った。リネットさんが頷くとガルドさんが黙々と一角うさぎと森ネズミを倉庫奥の台の上に載せた。リネットさんが再び魔導具を操作すると魔導具に何か表示されて、光が収まった。あたしのハンター証を取り上げてあたしにリネットさんが返してくる。

「これで訳アリちゃん、いえミリオネアさんの成果が登録出来たわ。査定だと金貨5枚ちょっとなのでギルド分と税金を引いて37100エソになるわ。」


そこであたしは持ってきた紙を渡す。不思議そうな顔をして紙を受け取ったリネットさんは読んでから頷いた。

「じゃあ金貨3枚は所定の口座に入れて端数の7100エソは孤児院に届けるわ。あなたが届けた方が良くなくて?」


あたしは首を横に降った。あたしが出せる金額なんて高が知れている。気休め程度なのだ。

「じゃあ、またよろしくね。あッそうだ。ミリオネアさんは初心者だから言っておくね。森ネズミは一月に100匹、一角うさぎは100羽程度までにしてね。狩りすぎても生態系を崩して思い掛けない魔物の増殖や氾濫を起こすの。この調子じゃあミリオネアさんはあっという間に狩り尽くしそうだから言っておくわ」


なるほど一角うさぎと森ネズミだけだと金貨9枚が限界ということなのね。ギルド分と税金を引かれると目標金額は月に金貨20枚だから他のもっと強い魔物を狩らないといけないんだ。あたしはリネットさんに頷いてギルド倉庫を出て直ぐに“影の世界“に移動した。

影と影を飛んで移動して屋敷に戻る。普通に“影の世界“で移動すると現実世界では影が移動して見えるから見つからないように注意しないといけない。リリスお姉ちゃんと検証した事を思い出して何だが嬉しくもあり、悲しくもなった。


部屋に戻りクリーンの魔法で埃を払い、着替えてワンピースになり、お父様の執務室に向う。お父様が不在の間はお母様が代行をしているのだ。

ノックをして入室を問うとどうぞと声がした。ドアを引いて入るとお母様が執務机で書類と格闘していた。あたしの姿を見ると作業を止めてあたしを抱き締める。

「お帰りなさい、ミリちゃん。無事で良かったわ。それでどうだったの。」


お母様に半日の仕事で金貨3枚となった事を報告する。お母様の顔が晴れる。

「まぁまぁ、凄いわミリちゃん!頑張り過ぎて危険な事はしないでね。お母さんは心配よ」


お母様の笑顔が見れるならこれくらい大丈夫だ。頑張れる。

このあとは学園の課題を少しづつ進めて行こうと思う。


次の日も次の日も同じ様に狩りは続いた。5日目になるとさすがに森の浅い部分での森ネズミや一角うさぎの姿はほとんど見なくなった。その代わり森の周辺で薬草を摘んでいる人の姿が多くなっていることに気がついた。

ハンターギルドの倉庫で魔物を卸して居るとリネットさんから言葉を掛けられた。

「ミリオネアさんのお陰で不足していた薬草の採集が安全に出来るようになったわ。薬草の採集をしている子達はまだ初心者で魔物と戦う力もスキルも無い低年齢の子供たちだから。」


なるほど、ハンターギルドは薬草も採集しているんだ。ミリは自分の行為が自分だけの利益でなく他の人の利益に繋がっている事に喜びを覚えた。“影の世界“は不思議な世界だが浸り切ると危険な感覚だ。心が沈静化するだけでなく落ち込み易くなる気がしていた。

そろそろ森の深いところの違う魔物を狩らないといけないだろう。リネットさんにアドバイスを貰おう。


予め書いてあった紙をリネットさんに渡す。リネットさんは笑いながら教えてくれた。

「そうね、そろそろグレイウルフあたりが獲物が無くて出てくるかもだから、この辺が狙い目ね。ただし、グレイウルフは5匹以上で群れて狩りをする魔物だから注意が必要よ。リーダーになると頭も良いから敵わないと分かれば逃げるし。臭いを覚えて逃げ回ったり、逆に仲間を殺られたと復讐に現れる個体も居るわ。

それからゴブリン、コボルト、オーク辺りかしら。ゴブリンは殺したら耳を削いで他は燃やしてね。使い物にならないから。コボルトも安いわ、オークは豚ちゃんも猪ちゃんもOKよ。高く買い取れるわ。

また、10日くらいしたら森ネズミや一角うさぎも狩ってちょうだい。そうすれば増えすぎないし、お願いしたいわ。」


やっぱりパーティを組んで戦う相手のようだ。あたしが戦える訳がないので無理である。


あたしはハンター証を受け取って今度は狩人ギルドに向う。最初に行ってから半月ほど行っていないから顔だけでも出さないといけないかと思ったからだけど・・・誰も居なかった。受付の黒狐族のマスター兼受付のアルメラさんも居ない。仕方がないので家に帰ることにした。


家ではまだお母様が仕事をしていたので手伝いをする。書類の内容などは判らないので終わった書類の宛先毎の分類やこれから確認する書類の表題毎の分類など、お母様が仕事をやり易くするためのお手伝いである。熱中していたらメイドが夕食の時間だと知らせて来た。


お母様も仕事を止めてあたしと一緒に食堂に行く。お父様もお兄様も居ないけどお母様が居るから大丈夫だ。食事の後お母様におねだりしてお風呂に一緒に入った。

リリスお姉ちゃんと入る楽しいお風呂とも違いゆったりとした安心感がある。

夢も見なで深く眠れた。


次の日、あたしはいつもの森では無くもっと奥に入っていった。獣道のように微かに通れる道を歩いて魔物を探す。これくらい深く森に入ると黒い穴を見掛ける。ダンジョンと呼ばれる物だがまだ、怖くてあたしは入れない。じっと見ていると引き込まれるような気がするのでなるべく見ないで避けて歩いて行く。

すると少し先に何かの姿を見た。身体を屈めて見つからないように近付いて行くと狼が居た。グレイウルフと言われる魔物だ。集団の筈なのに一匹しかいない。あちこちを見ながら臭いを嗅いでいるように見えた。














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