第17話

暫くしてバンサイを通して返した筈の借金が払われて居ないと王都の金融業者から連絡が来たのだ。

ロベルトと両親の眼の前でお金と魔法紙は廃棄されていた筈だった。なのに何故かバンサイの負債は払われて居るのにロベルトの負債は消えて居なかった。


方法は分からなかったが王都の金融業者には証文がある限りお金を払わねば成らなかった。踏み倒すような事をすれば王家に報告されて子爵家は取り潰されてしまう。


まんまとバンサイの計略に乗せられてミズーリ子爵家は大きな負債を持ってしまったのだ。バンサイやダンダン伯爵家に抗議したが知らぬ存ぜぬで取り合って貰えない。

お金を払わないとならない為に王都の金融業者と協議して分割返済にして貰った。だがその利率は高かった。返済はほぼ利子ばかりで元金を返済仕切るには長く掛かった。少しでも早く返済する為にミズーリ子爵領内の街や村に協力して貰い、税率を上げずに何とか金策を立てた。


するとダンダン伯爵家から税収の上乗せを要求されたのだ。理由は領内の公共の事業の為と言われ、断る事が出来ない。まるで、ミズーリ子爵家で対策した金策分を無下にするような金額だった。それがミリが夏休みで戻って来る直前の事だった。昨日、父親と母親が出掛けていたのはギルドに税率の変更を了承して貰う為だった。


母親は孤児院に行って孤児院への献金が少なくなることを告げ、ハンターギルドには賦課される税収を何とか増やせないか相談していたのだ。

父親は街長と新しい税目を作らざるを得ないと話し、狩人ギルドにも母親がしたのと同じお願いをしに行ったのだった。

その為に街の治安を維持する為の領騎士の数を減らし、家の食事の費用を削る事になった。それでも先細りする生活の為にミリの学費を削るしかないと苦渋の判断をしたのだと父親からミリは告白された。


ミリが悪い訳では無い。騙されたロベルトが悪い訳でもない。金策に手段を尽くした父親と母親が悪い訳でもない。全てダンダン伯爵家が悪かった。でも寄子である限り逆らうことは王家に逆らうようなものだ。ミズーリ子爵家が子爵家であることが悪い。


ミリは覚悟を決めた、お金の返済のために両親にミリのスキルの本当の事を話した。ミリのスキル『影』の力を使えば魔物を狩ったり、ミズーリ子爵領の森に点在する穴(ダンジョン)での武具の調達が可能だ。どれ程の金額が稼げるかは分からないが少なくても何もしなければミリは学園を去らなくてはならない。


優しいが気弱で内気なミリがここまで言うのならと父親と母親はミリに協力することにした。

「ごめんね、ミリちゃん。私達が出来る事は出来るだけ力になること。だから、ハンターギルドと狩人ギルドに話をつけるわ。」

「きつい生活になるぞ。だから無理をするな。お前が学園を卒業出来るまで何とかしてくれればわたしたちが後は何とかする。良いな。」


お父様もお母様もあたしを信じてくれる。こんな運命を強制されるスキル『影』なんて嫌いだ。でもこのスキル『影』があたしの人生を開いてくれる唯一の鍵なんだと信じたい。

学園が始まるまでの一ヶ月間出来るだけ稼ぐしかない。その後は王都で休みに稼ぐ。

あ〜、学園が始まったらリリスお姉ちゃんになんて言おう。もちろん学園の先生やクロエ達友人には内緒だな。


その日の夜、たまらなくお母様のベッドに入りたくてお願いした。お母様は快く引き受けてくれたお陰で途轍もない不安が少しは抑えられ、眠る事が出来た。


翌日、お父様は伝手を使って何とかしてみるとミズーリ子爵領を出た。間に合えばあたしの夏休み中に戻れるらしい。

お母様とあたしは朝食の後にハンターギルドに向かった。


ハンターギルドは森を背にした街のほぼ中央にあった。尚、領主であるミズーリ子爵邸は街から離れた小高い丘の上にある。馬車を使って行けば大勢の他人に知られてしまうからあたしのスキル『影』で“影の世界“を通って行くことにした。初めてお母様を連れて来たがお母様は全然怖がらなかった。あたしの手を離したら死んでしまうかも知れないのに微笑んでいてくれた。聞けば「ミリがわたしを危険な目に合わせる訳がないもの」と言ってくれた。お母様は“影の世界“を堪能して凄く不思議がった。


ハンターギルドの裏口で現実世界に戻り、裏口からハンターギルドに入った。秘密を要する場合は此処から入るのだと慣れた風に言われてお母様も案外お転婆だったのかと思った。

この際だったのでお母様のスキルを聞くと『共感』だったと言った。でも今は『懐柔』に変化していると言う。スキルが変化するなんて初めて聞いたが良くあることらしい。スキルが『共感』ならばエリザのスキルも派生したり、変化したりするのだろうかと栓のない事を思ってしまった。魔法属性は『水』であたしと同じだった。


裏口から入った部屋にはソファが置いてありそこにあたしを座らせるとお母様が備え付けの紅茶道具で紅茶を入れてくれた。お母様と一緒に待っていると内側のドアが開いて巨漢が入って来た。

怯えるあたしを宥めてこの人がハンターギルド長ブルマント•ワイトだと教えてくれた。騎士爵を持って居るので名字がある。スキル『探知』魔法属性『風』で今もハンターの現役だという。

ブルマントさんはあたしをギロリと見て、お母様ににっこりと微笑んだ。

「昨日の今日で、今日はどのようなご要件でしょうか、奥様。」


見た目より声が優しい。あたしがハンター登録し、魔物を狩って来るので秘密裏に対応して欲しいとお母様が説明するとあたしを上から下まで舐め回すように見て言った。

「ほんとに?このお嬢さんが?」


それもそうだろう。見た目は12歳で学園に通い始めた小さな子供である。ブルマントさんの疑問をスルーしてお母様が場所を用意して欲しいと言うと自分の疑問を飲み込んで対応してくれる事になった。

偽名はミリオネアで登録し、顔はお面で隠し、ハンターギルドの隣の倉庫に直接魔物を入荷するように言われる。あたしは魔物を狩って来ることは出来るが血抜きとかは出来ないと言うとそのままでも問題ないと言われた。


ブルマントさんが部屋を出て少し待って居ると手に何かを持って来た。ハンター証らしい。縦3cm横7cmほどの四角い板の真ん中に丸い窪みがあり、そこに右親指を押してミリオネアの名前を言えと言うのでおっかなびっくりで言われた通りにするとハンター証が薄く光った。これでハンター証に登録出来たと言う。礼を言って紅茶を飲み干し、お母様とハンター証を持ったあたしはハンターギルドを出た。


ハンター証を胸のポケットにしまい、お母様が手を繋いで来る。

「次は狩人ギルドね。また、お願い」


お母様のお願いなら何でも聞いちゃう。あたしはスキル『影』で“影の世界“に入り、お母様と今度は狩人ギルドに向かった。

狩人ギルドの建物は街の外れ、森の近くにあった。街の煉瓦作りの建物と違い、木造の土壁で出来ていてとても風変わりなものだった。

ハンターギルドと違い正面のドアから普通に入ると受付に獣人のお姉さんが居た。こちらに気付いて声を掛けられる。

「狩人ギルドへようこそ・・・あら、奥様如何されましたのじゃ?」


昨日は領主が来て、今日は領主の妻が来たのだ。なんだろうと思うだろう。そのままお母様はブルマントさんにしたような話をする。あたしは受付のお姉さんに言ってどうするんだろうと思って居ると獣人のお姉さんが受付机の下から一辺が4cmほどの三角の形をした板を出した。真ん中に窪みがあるのはハンター証と同じで同じ事をするように獣人のお姉さんに言われる。右の親指を当ててミリオネアと言うと微かに光った。お姉さんが、三角形の板を受け取り、受付の机の下の何かに当てると「ミリオネア」と声がした。どうやら狩人ギルドのギルド証の読み取り機の魔導具で確認したらしい。

「これで完了です。今日からあなたも狩人です。」


そう、獣人のお姉さんに言われた。ギルドの中には誰も居ないからあたしが狩人登録したなんて受付のお姉さんしか知らないが良いのだろうか。

お母様にギルド長にご挨拶しなくて良いのですかと聞くとにっこりされて、目の前のお姉さんを指し示した。

「え?このお姉さんがギルド長なの?」


あたしの疑問に受付のお姉さんが答えてくれた。

「狩人ギルド長のアルメラじゃ。黒狐族の獣人なのじゃ、よろしくな。ミリオネア。」


受付嬢とギルド長では言葉遣いを変えるらしい。


自分の身分をバレたくないけど大丈夫なのかと聞くと笑われた。

「狩人はな、朝か夜しかここに来ないのじゃ。だから昼間ここに来てわしに言ってくれれば大丈夫じゃ。狩人は獣人族が多いから匂いでバレて秘密なんて持てないのじゃ。まぁ、互いに不干渉秘密主義だからバレても問題ないのじゃ」


う〜ん、狩人ギルド長が言うんだからあたしが心配しても仕方ないか。お母様はあたしがびっくりするのが楽しいのかニコニコしていた。


予定を消化した頃にはお昼寝になったので普通に狩人ギルドから出て、街に戻りお母様とお父様が良く食事をするというレストランで初めて食事をした。あたしが引き篭もりで外に出られなかったからこうして食事が出来るのが嬉しいとお母様は涙を溜めた。


あたしのせいでお母様を泣かせてしまった。だからこれからは偶にでもお母様やお父様と街で食事や買い物をしようと心に誓った。

お母様との食事は楽しくてリリスお姉ちゃんの話を沢山した。それからお母様若い頃の話も。


それから明日からの狩りの方針もどうする予定なのかしっかりと話しておく。何しろあたしは初心者なのだから。そして、魔物の種類や生息地の話はお母様の方が詳しかった。















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