第16話

街の様子は約半年前と変わらなく賑わって居るように見えた。と言っても家に籠もり気味だったミリにとってはメイドに連れられてこわごわ見ていたところだったのだが。


街の大通りに家が並び所々に衣料品を売る店がある。大勢の人が苦手なミリにとっては歩きづらさのあった場所だったが今はそんなことは無かった。知り合いが一緒で無い寂しさはあるが店頭に飾られた色々な服飾を自由に見て回れる楽しさがあった。

もっと賑やかな場所も行けるかも知れないとメイドと買い物を一度だけしたことのある市場に行って見ることにした。市場はあまり大きくは無いが取引で人が沢山出ている場所である。領主の娘が出歩けば危険な筈だがミリにはスキル『影』がある。いざとなれば逃げる事が出来ると分かっていた。


通りの両脇には簡易雨避けの天幕が張られ、様々な食材や見たことのない魔導具などや小物が売られていた。店の前では声高に商品の取引をする者達が沢山いた。誰も彼も言われた値段で買っては居ない。値引き交渉をして少しでも安く買おうとし、少しでも高く売ろうとしている。


おばさんが小物を売る店に綺麗な石で出来たブローチがあった。茶色の流れるような模様をしたクリーム色の石で丁寧に細かな模様が刻まれていた。

ミリは石だと思ったがおばさんに聞くと石では無くて魔物の硬い皮膚の一部のなのだと教えて貰った。値段は銀貨一枚、ミリの小遣いからすると高い買い物ではあるがリリスへのお土産に良いかもと思った。迷いに迷って帰りにまだ売れて居なかったら買いますとおばさんに告げると笑っておばさんはお願いねと言ってくれた。


ミリはとても嬉しかった。自分が他の人と話を出来る事や怯えること無く沢山の人がいる場所に出歩ける。これも学園で友人となってくれたクロエ達のお陰だと思った。


市場を端から端まで歩き、ミリが買ったのはリンガひとつだった。リンガ1つは少し傷んでいたが銅貨一枚で買えたのだ。リンガをポケットに入れる振りをして影に落とす。その足でミリは決めかねていたブローチを売っているおばさんの店に向かった。


突然誰かが泥棒!と叫んだ。声はブローチを売っていたおばさんの店の方だった。何故かブローチが盗まれたのだと思い込んたミリはスキル『影』を使って“影の世界“に飛び込んだ。


黒い影の人々の間をすり抜けて行く小さな影があった。

ミリは真っ直ぐにその影に向かって飛んだ。そして足を掴み転ばせ、現実の世界に戻る。

市場を外れた建物と建物の間の路地でその泥棒は転んでいた。手にはやっぱりあのブローチが握られていた。


泥棒はまだミリよりも小さな男の子だった。服のあちこちが擦り切れ、髪の毛はボサボサで薄汚れていた。浮浪者だった。

「畜生!」

その子が叫んでミリと反対方向に逃げようとするがミリが手を掴んで逃さない。

「返しなさい、そのブローチ!」


浮浪者の子供は暴れ、持っていたブローチをミリ越しに投げ捨てる。思わずブローチを拾うために手を離してしまった。

「糞馬鹿女!」


罵声を上げて浮浪者の男の子は市場の中に紛れて逃げた。暫くそれを見ていたがミリは投げ捨てられたブローチを拾って市場の小物を売っているおばさんの所へ戻った。


おばさんに泥棒が落して行ったと嘘を付いて銀貨一枚を払ってブローチを買った。おばさんには感謝されおまけをすると言われたけど断った。おばさんによればここ最近浮浪者が増えて、売り物が盗まれる事が多くなっているらしい。治安も以前より悪くなっているらしくミリも気を付けるんだよと心配された。


治安が悪くなっているという言葉が凄く気になったミリは家に早足で帰った。その後を小さな人影が付いていたのをミリは知らなかった。


まだ暗くは無かったが夕焼けに染まりかけていた時間だったがお父様もお母様も家に帰っていた。街を歩き回り、市場での出来事で埃だらけだったミリは魔法で汚れを落とし、服を着替えた。

『クリーン』と呼ばれる生活魔法は学園で最初に習う魔法だった。人によりその綺麗になる度合いは違うがほとんどの者が使えた。ちなみにエリザは何故か使えなかったのでエリザが従えていた者にさせていた。


家で来着ているようなお嬢様らしい服になったミリは食堂に向かった。食堂ではお父様とお母様がまだ食事の準備も出来ていないのに何やら真剣な話し合いをしていた。

街の様子についてお父様お母様に聞く積もりだったがそれどころでは無い雰囲気だった。ミリが食堂に入るとお父様とお母様が声を潜めたのだ。とても嫌な予感をがしていた。


食事を出されたがその内容もミリが学園に行く前よりも質素になっている感じがする。お父様とお母様と一緒の食事はミリが引き籠もりであった時でも心休まるものだった。

なのに今日の食事は重く暗いものだった。


食事の後、ミリが部屋に戻り辛くしているとお父様から話があった。

「ミリ、実はせっかく通い始めた学園だが一年で辞めて貰わなければならなくなるかも知れない。」


突然の話だった。

学園を辞める?それはミリにとっては引き籠もり以前に戻ることだった。

思い出す事さえ出来ない恐ろしい状態だった。無限の時をその状態でいたと知っているのにどんな状態なのか知らない。

ミリの身体は震えた。全身から熱が失われて行くのに汗が吹き出す。


ミリの父親はミリの尋常でない顔色と汗に焦りを感じ、妻を見た。ミリの母親もこんなミリを見たことが無かった。ミリに負担を掛けないように寄り添って育てた積もりだった。だから夫を見た。

「ど、どうした、ミリ!」

「ミリちゃん!しっかりして!」


お母様とお父様が声を掛け、自分を揺すっているのは分かったが返事が出来なかった。

ミリの気持ちはどんどん暗い世界に落ち込んで行くように感じ、どんどん心が冷たくなっていく。両親が声をかけ続けているのに自分でもどうしようも無かった。

「学園を辞め無ければならない」


その言葉はミリの心を縛り、奈落の底に引き落とした。

不意に誰かに抱かれた。温もりがミリの身体に伝わって来るとミリの感覚も戻って来た。心はどうしようも無く冷えてしまっていたが何とか声を出せるようになった。ミリの母親と父親が一生懸命に抱いていた。2人はそのまま話をした。

「お前には辛い話をしてしまったな」

「ごめんなさいね、ミリちゃん」


温もりにミリはやっと声が出た。

「どうして、どうしてもう学園に戻れないの?あたしが悪いの?」

「そんなことはないわ!」

「ミリが悪い訳がない!全て儂が悪いのだ!」


ミリから両親が離れ、2人はミリを見つめて話をしてくれた。

2人は涙をポロポロ流しながら話をする。



ミリの兄ロベルトが学園に入学した1年後にダンダン伯爵家の息子バンサイが入学した。年が近い事もあってバンサイは何かとロベルトとダンダン伯爵家で比べられていたらしい。伯爵家の者が子爵家の者に劣ってはならないと教育されていた故の事だった。

なのにロベルトは優秀だった。成績は常にトップで周りには伯爵以上の令嬢が集まり友人も王族に連なる者に信頼されていた。

その中にグリフォン伯爵家の一人娘のマリアンヌ様がいた。侯爵家の血筋で美人だった。バンサイはひとつ年上のマリアンヌに一目惚れをした。

バンサイにはマリアンヌ様にロベルトが付き纏って居るように見えた。本当は逆でマリアンヌ様がロベルトに惚れて近くに居たがっていただけだった。恋に盲目となっていたバンサイはロベルトには負けるもんかと頑張ってはいた。

成績も同学年の中では5指に常に入るほどの優秀さを見せたが常にトップのロベルトには敵わない。

しかもロベルトは『上級剣術』の持ち主で魔法属性も応用範囲の高い『風』だ。それに対してバンサイのスキルは『知略』という戦いには不向きで魔法属性も『土』だった。

どうしても敵わないことが分かってバンサイはロベルトを陥れる事を考えた。


契約をする場合には魔法紙という特別な改竄の出来ない紙を持って行う。バンサイは魔法紙に特殊な加工をして確実に損をする融資話をロベルトにしてきた。しかもロベルトが学園を卒業する間際にだ。

ロベルトが確認したところその魔法紙にはダンダン伯爵家の家印が押印されていた。家印は貴族家が責任を負う事を約束する王家から支給される魔法を受けつない押印だった。出資の額は貯めていた小遣いでも何とかなるものだったが真面目で賭け事などに興味のないロベルトは断った。だが、バンサイは伯爵家の申し出を拒否するなんて家がどうなっても良いのかと脅しを掛けて来た。寄り親である伯爵家が難題を出しても断り難いのが寄子である。


親に迷惑を掛けたくなくてロベルトは契約書にサインをして、損をしても良いつもりでお金を出した。そして卒業するとバンサイから出資話が失敗して負債を払って貰いたいとお金の請求を受けた。魔の悪い事にロベルトとマリアンヌ様との婚約が成立してからだ。

ロベルトが契約書を確認するとそこには最初に見た金額の10倍の金額が記載されていた。魔法紙は改竄など出来ない筈だったのにバンサイは己のスキルと魔法を使って変えたのだ。ロベルトは自分の力ではその返済は不可能と分かって父親と母親に告白した。

父親と母親はマリアンヌ様の実家に詳細を伏せ、借金をお願いした。そして、バンサイを通して返済し、グリフォン伯爵家に対して借金が残った。だが、グリフォン伯爵家では優秀なロベルトが婿に来ることを条件に借金を取り消してくれたのだ。


こうしてロベルトはミズーリ子爵家を出て、ミリが家を継がなくてはいけなくなった。









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