第14話

「先に小石を“影の世界“の自分の影に戻して、ぷかぷか浮いているケーキの乗ったお皿を戻したの。それからお皿を持って戻ったんだよ」


ミリがもう一度ケーキの乗ったお皿を影の世界に戻す。

「影の世界じゃあ、そのケーキの乗ったお皿はどう見えるの?」

「えっとね、ぷかぷか浮いている時は影みたいに見えるけどミリが手にするとこっちで見えるのと同じに見えるよ」

「じゃあ、影の世界に持ち込んだ物をミリちゃんが影の世界で手にして普通に食べられるんだね」

「うん、そうだよ」


これで大体影の世界と現実の世界で物がどう見えるのか分かった。後は生き物がどうなるかだ。

リリスはミリを連れて森の入口に近付いた。リリスは何をするのだろうとミリが見ている。

「ミリちゃん、見ててね」


リリスがミリに声を掛けてから森に向かってスキルを使う。

「お友達、いらっしゃい」


チチチ、キュキュキュと小動物の鳴き声がして森のあちこちから集まって来た。少鼠(ハムスター)、栗鼠、兎などである。

びっくりしてミリはリリスを見た。

「えっ?リリスお姉ちゃんのスキルは『妖精』だよね?なんで動物が集まるの?」

「これはねぇ、派生スキルって言って『呼び掛け』のスキルなのよ。」


スキルは習熟すると関連した派生スキルを覚える事があるのだ。更にリリスか手を差し伸ばすと栗鼠の一匹が手に乗った。他の動物達は森に戻っていく。手の中でチョロチョロ動く栗鼠をリリスがそっと撫でる。何度か撫でるとコテンと転がってしまう。

ミリが驚いて口に手を当てて言う。

「ええっ、どうなってるの?」


ミリが驚く姿を見てリリスがにっこりする。

「これも派生スキルで『誘引』と言うのよ。お友達の妖精や小動物限定だけどわたしの思うようにして貰えるの。今はちょっとお休みしてもらったのよ。それでこの子をミリちゃんが手で抱えてスキル『影』を使ってみて貰いたいの」


リリスの提案にミリは怯えた。以前、影の世界へ生き物を連れ込んだ時には生き物が影のようになって固まって死んでしまったからだ。だからリリスから渡された眠っているこの栗鼠にも同じことが起きるのでは無いかと考えた。

ミリの怯え方は本当に生き物の死を受け入れられない事から来るものらしく、目を見開き口を半開きにして、動悸も早くなるほどのものだ。


リリスはそのままミリを抱きしめる。

何も言わないがそんな生き物の生を大切にするミリを受け容れる意味を持つハグだった。

「大丈夫、わたしが責任を持つわ。この子がどんなことになろうともわたしのせいだから、ミリちゃんのせいじゃ無いから。だから大丈夫。」


リリスがハグを解くとちょっとだけミリは淋しそうに半歩近付いた。リリスは栗鼠を抱くミリの手を自分の手で包み、言った。

「それにね多分、ミリちゃんがこの子を抱いていれば死んだりしない筈だわ」

「ほんとに?」


疑わしく見るのでなく信じたいという気持ちでミリはリリスに問いかけた。

「ええ、絶対によ」


曖昧な言葉ではミリは何もしようとしなかったろう。でも、リリスのミリのスキルを理解しての言葉はミリに行動する勇気を与えた。

「分かった、リリスお姉ちゃんを信じる。」


決断したミリの行動は早かった。そのままミリはスキル『影』を使用したのだ。ミリの姿がミリの影に沈んで暫くして、再びミリが姿を表した。ミリは笑顔だった。

「リリスお姉ちゃんの言う通りだったよ!ちゃんと“影の世界“でもこの子は生きていて、とくんとくんって言っていた!」


ミリが興奮して身体を揺らしたせいだろう、栗鼠は起き出して、ミリの手から逃げ出した。トトンと地上に降りて、リリスを見上げた後に森に帰って行く。リリスとミリはそれを見送った。


逃げ出した事こそ証拠だろう。ミリが触っていれば“影の世界“に生き物が入っても死なずに戻って来られる事がわかったのだ。ならば人でも証明したい。

「分かったでしょ?」

「うん!」

「じゃあ、ミリちゃんの“影の世界“にわたしを招待してちょうだい!」


ミリの目が大きくなる。

「ええっ?」

「わたしの手を繋いだ状態でミリちゃんがスキル『影』を使うのよ」


リリスがミリの手を掴んで言うがミリは驚いて身体を捻って逃げようとしまった。

「絶対に大丈夫よ!あの子だって大丈夫だったでしょ?もし、わたしの様子が変だったら直ぐに戻ってみて!」


リリスの言葉にミリは落ち着きを取り戻した。さっきの栗鼠のようだったら、直ぐに戻れば大丈夫かも知れない。

「分かった。ちょっと怖いけどやってみる!」


ミリは決断が早い。その為逆にリリスの方がビビってしまった。そんな気持ちを切り替える時間も無く、リリスの視界が変化した。

眼の前にはミリがリリスの手を固く握って立って居るが世界は影が掛かっているかのように暗く見える。ミリが何か言うが聞こえない。周りを見渡すと・・・良く見ない内に元通りの景色になった。

「やった!出来たよ、リリスお姉ちゃん!やったぁ!」


ミリがリリスを連れて“影の世界“に行ったのだ。そして直ぐに

戻ったのだろう。

「わたし“影の世界“に行ったのね・・・」


リリスには余り実感が湧かなかった。

リリスが周りを見回すと森が見え、広場が見えた。そして太陽が高い位置に来ている事に気付いた。ミリとミリのスキル『影』の検証をしている内に随分と時間が経ったようだ。

不意に誰かのお腹が鳴った。


手を繋いでいたミリが恥ずかしそうに俯いていて誰のか直ぐに分かった。リリスはうふふと笑って言った。

「随分と頑張っちゃったわね。少し、食事をしながら休みましょう」


リリスは広場の中央までミリの手を引いて行き、持ってきた大きな敷布を広げた。周りには誰も居ない。リリスとミリの独占状態だ。

リリスがリュックを下ろし、中の食べ物を出す。朝食の円パンや紙包みのお菓子だ。ミリも同じように“影の世界“からサンドイッチやコップやピッチャーを出した。ちゃっかりこんなものまでとリリスが呆れているとミリがコップにピッチャーの中の水を入れて渡してくれた。礼を言って一口飲んでみたら、水では無かった。


「ミリちゃん、これは?」

「えへ、これはお家の食堂に置いてあるジュースなの」

確かに味はリンガを薄めたものだった。ミリのスキルの有能さを実証してるとリリスは思う。

ミリのお陰で楽しく食事をすると朝早かった為とお天気が良すぎるせいでミリがうとうとし始めた。リリスは膝を伸ばし、うとうとするミリを膝に乗せて寝かせる。そうして自分も背中を敷布に身を任せた。


暖かい日差しの中でリリスは考えた。ミリのスキルは有能過ぎる。“影の世界“は少ししか見ていないが影の中から見たこの世界だった。光が影になり、影が光になる逆転した世界。どのくらい広いのか分からないがおそらくこの世界と同じだろう。何故ミリと手を繋いでいれば“影の世界“で死なないで居られるのかは分からない。どれくらいの時間一緒に居られるのかも検証しないと分からないだろう。

ミリと手を繋いでいないで生き物を“影の世界“に引き入れれば死んてしまうと言う事実はミリは“影の世界“で無敵と言う事だ。そんな事をしない、そういう事をするのに忌避感を持つミリなら大丈夫だろうが周りの状況がミリに強制した時のことをリリスは考えてしまう。

ミリの忌避感はミリの心を締め付け、罅(ひび)を入れていずれは壊してしまうかも知れない。考え過ぎかも知れないがリリスは妹のように感じているミリの事を心配しないでは居られなかった。やがて、リリスもミリの眠気に誘われて目を瞑っていた。


離れた森の中から誰かがリリスとミリの様子を伺っていた事など知りもせずミリとリリスは仲良くお昼寝を続けていたのだった。





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