Case.15 世話が焼けるよ

「すず〜、ほらこっちにおいで」


 ちょっと大袈裟に尻尾を振りながらご主人様の方へゆっくりと歩いていく僕は、この家に来て九年になるもうすぐ十歳になる男子だ。


 とりあえず喉でも鳴らしておくか・・・。


「グルグルグルッ」


「ほら〜〜、すずって私には甘えてくるのよ〜!!」


 何とも嬉しそうなママを見ながら僕は、パパの方をじっと見る。いつものように「あー、そうだね」と一言つぶやくとまたスマホの画面に見入っている。


 最近、なんとも微妙な雰囲気がこの家に漂っている。

 昔はもっと笑い声が響いていて、僕からしたらちょっと騒がしいくらいだったのに、今は誰も見ていないテレビの音が空しく流れているのだ。


「ミャ〜ン」


「えっ?どうしたの?おやつ?駄目よ!!朝、食べたでしょ。三時のおやつにあげるからそれまで我慢ね!」


 ママは。そういうと僕の頭をゆっくりと撫でだした。

 ママの指の動きがとても気持ち良くて、いつの間にか僕は深い眠りについてしまった。


- - - - - - - - -


「行ってきます〜〜!!」

「行ってらっしゃい〜!携帯持った?サイフは?」

「もう、心配性なんだから。大丈夫だって、俺、もう二十二だよ」

「だって、そう言うけどいつも駅まで行っては、慌てて家に戻ってくるじゃない」

「まあ、そんなこともたまにはあるよ」

「たまにじゃないでしょっ!」

「はいはい。じゃぁ、行ってくるね」

「うん。気を付けて。行ってらっしゃい!」


 ドアを勢いよく閉めると、パパとママの一人息子の有希ゆうき君が大学に出かけていく。

 パパは食パンを食べながら玄関の方を見ると、「ほんと、あいつはいつまでたっても子どもだな」と笑っている。

 ママも、「本当にそうよね」と苦笑いしている。


 これが、我が家の朝の日課だったんだ。


 この家は、パパ、ママ、そして有希君の三人が楽しくおかしく、それでいて深く干渉はせず、それでいてちゃんとお互いを大事にしているという絶妙なバランスで成り立っていた。

 僕は、そんな三人に適度に絡み、適度に離れてという所謂ツンデレを実行しながら僕の人生を満喫していた。


 なのに…。


 ある日、有希君が放った一言で、急に凄くギクシャクしだしたんだ。


「俺さ、もう卒業まであと半年だし、そして就職も決まったから、ちょっと早いけど一人暮らしを始めようと思ってるんだ」

「う、うん。そ、それがいいよね。もう一人立ちしないとね」


 ママが不安を隠しながら必死で話をしている。だけど、パパは、「おー、いいな。もうそういう年齢だしな」と余裕の態度。

 

 さすが我が家の主だと思っていた。

 なのに、夜になってママに、「なんかさ、凄く寂しいよな」と呟くのを聞いたから、僕は無性にこれからの二人が心配になったんだ。


 それから有希君は、家を探し、家具を買い、引っ越し業者を決めるなどして、あっという間に家を出て行った。

 残された二人は、最初は寂しさを隠すように頑張ってハイテンションで過ごしていたけれど、一ヶ月も経たない内に少しずつギクシャクしていったんだ。


 有希君がいなくなって初めて分かった事がある。

 家族は全員揃ってこそなんだなと…。


 あれだけギクシャクしているのに、たまに有希君が夕御飯を食べにやってくると、一気にあの楽しい雰囲気に戻るんだ。

 だけど、有希君が帰ってしまうと、また二人はギクシャクしている…。


 あ〜、もう。ほんとに世話が焼ける!!!

 やっぱり、ここは僕が頑張るしかないよね。


「グゥ〜!ミャ〜ン」


 僕は、大きく叫ぶとキャットタワーから駆け下りると家中を走り回る。

 ちょっとメタボになってる僕にとって、走る事は結構きついのだけど、頑張るしかないじゃん!


「え〜、パパ〜〜!!見て見て!!!すずがなんか超走ってるよ〜」

「ど、どうしたんだ!!すず〜〜」


 パパが僕を追いかけてくるから、僕はさらにスピードを上げる。部屋に入っては上手くパパを巻いて次の部屋へ向かう。流石のパパも僕を捕まえられない。

 寝室に入ると、出窓に飛び乗り小休憩。足音を忍ばしてパパが来たから、勢いよくベットに向かってダイブして、ママがいるリンビングへと逃げて行く。

 

「ママ〜!!そっちに行ったよ!すずを捕まえて〜!」

「わかった!すず〜〜。もう夜なのよ。走ったら駄目だってば〜!」


 ぜぇぜぇぜぇ。流石にもう無理だ。

 僕は、ママの胸に向かってジャンプする。


「きゃぁ〜、すず〜〜!」


 ママはとっても嬉しそうな声を上げ、僕をキャッチするとソファーに倒れ込んだ。


「こらぁ〜!すず〜!一体どうしたんだよ〜」


 パパもリビングに来るとママの横に座り、僕の頭を撫でる。


「それにしても、過去最高にすずが走ったよね」

「ほんとだよな。すずってこんなに足が速いんだな」

「私もびっくりよ」

「俺、すずが出窓からベットにダイブしたのって初めて見たわ。凄かった!」

「ふふふ。すずって、なかなかのやんちゃさんだったのね」

「そうだな。ははは」


 僕は、二人をじっと見つめる。


「そういえば、なんか二人でこんなに笑ったの久しぶりだわ」

「そうだな。有希がいなくなって、なんか寂しいやらどうしたらいいやらでちょっとギクシャクしてたよな」

「そうね。でも、なんか…、とってもスッキリしたわ。これからは私とパパの二人で楽しくやっていきましょうよ」


 ようやく良い感じになってきた。


「ニャッ」


「そうだ。すずも忘れちゃ駄目だな」

「そうね。ふふふ。じゃぁ、私とパパとすずの三人で楽しく頑張っていきましょう!」

「りょーかい!」


 そういうと、パパはママにチュッと口づけをした。


 また楽しい時間を過ごしていければいいな…。

 いや、大丈夫。パパとママは本当はとっても仲がいいから、すぐに二人の空間を過ごす術を身につけるだろう。

 勿論、またこじれたら僕がきっちりと仕事をやっていくけどね。

 

 本当に、世話が焼けるよ…。

 でも、僕、パパとママのこと大好きだよ!



終わり

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