Case.13-2 気配
土曜日の朝、俺は何故か六時に目が覚め、顔を洗って身なりを整える。そして今度は部屋中を綺麗にするために掃除に取りかかった。
なんで?今、掃除?と自分でも思うのだが、何故か掃除をしなくてはいけないという気持ちになっているのだ。
その後、スーパーへ買い物に出かけようと家を出た俺は、自分でもわからないままなぜだか駅へと向かい、通勤時とは反対のホームに滑り込んで来た電車に飛び乗った。
吊り革を持ちながらまた、なんで?と思ってしまう。だが、体が勝手に動いている…、まさにそんな感じなのだからしょうがない。
結局、京王線の南大沢という駅で降りた俺は、改札を出ると有名なスーパーの方へと足を向けていた。
「どうぞ見て行って下さい。保護猫活動にご協力をお願いします。優しい里親さんを募集しています」
女性三名と男性二名がビラを配ったり、募金活動をしている。その足下には、ゲージが並んでいて、その中に四匹の猫がいた。
ある猫は爆睡中、ある猫はトイレシーツの上に転がった猫砂を可愛い手でつついて、脇目も振らず遊んでいる。
みんなリラックスしているように見えるが、どこかに捨てられていた猫達なのだ。彼らはこれからどうなるのだろうか?
俺は、無意識に近づくと、あるゲージの前にしゃがみ込んだ。
「麦!?」
それは、麦にそっくりの雄猫だった。
毛並み、色、いや、この表情…、全てが麦に瓜二つだ。
こんなことがあるのだろうか?俺は、唖然としながら、ゲージの中で一生懸命毛繕いをしている麦に似ている猫を観察する。
似ている、いや、似ているというよりも、麦そのものだ。本当にこんな事ってあるのだろうか?
「こんにちは。気になった猫ちゃん、いましたか?」
俺に声をかけてきてくれたのは、俺と同じ歳くらいで、長い髪を一つにまとめた可愛らしい女性だった。ちょっと太めのジーパンがとっても似合っている。
「いや、余りにも俺が前に飼っていた猫に似てたので、驚いてしまって…」
俺は、身振り手振り必死で言葉を紡ぐ。
「あ〜、もしかして、その猫ちゃん、亡くなってるんですか?」
「えっ?どうして?それが?」
「そっか…。実は、ここの会長さんから昔聞いた話なんですが、死んでしまった猫が余りに飼い主さんを好きで、そして心配していた時、その猫が次の相棒に巡り会わせる為に働くんだ、みたいな…」
「えっ、ま、まさか…」
その女性は、微笑みながら俺の顔を覗く。
「その猫ちゃんの写真、見せて貰えますか?」
俺は、頷くとスマホのアルバムを開いた。
ここには、麦の写真が数え切れないくらい入っている。
「に、似てます!似てるというか、そのまんまじゃないですかっ!」
彼女は唯でさえ大きな目をもっと大きくしながら驚いている。
「もうね、この子を見た時、言葉に出来ないくらい驚いたんです。そもそも、日ごろは俺、この駅には来ないんですよ。でも、今日は何故か体が勝手に動くような感じでここに来たんです」
「そうなんですかっ?えっと、ちょっと抱いてみますか?この子、先月の七日に保護されたんです。病院で一応最低限の検査と処置は済ましてるんで。ほら、
そういうと、彼女は、アルコール消毒をした後、ゲージから慎重に
「先月の七日?」
「はい。保護された日はここに書いているんですけど。えっと、やっぱり先月の七日ですね」
彼女は、ゲージの上に置いている保護観察ノートを見ている。
「あの、実は、その日って、麦が、俺の飼っていた猫が死んだ日なんです…」
「えっ!!!」
彼女は、俺のことを変な目では見ていない。だから、もう全てを打ち明けた方がいいだろう…。
「実は、ここ最近、麦が俺の部屋にいるんです。こんなこと言うとなんだか変な奴と思われるかもしれないけど、本当にいるんです。気配というか、それに、たまに音も鳴ったりするときもあるし…」
彼女はじっと俺を見つめる。
「麦ちゃんって言うんですね。わかりますよ。私もそうなったらいいなっていつも思ってるし。だから、本当にそんな事が起きているのって、とっても凄いことだし、何より羨ましいです!!」
彼女は、「ほら、
俺の手に小さな温もりが宿った。
「
「飼い主さんが決まるまでの名前なんですけど、この子、田んぼで見つかったんです。鴉に突かれているところを保護されたみたいで」
「だから、
俺は、久しぶりに笑っていた。
「にゃ〜」
「え〜〜!!!この子、今まで一度も鳴かなかったのに…!」
俺は、優しく、頭を撫でる。
すると、尻尾で二回、俺の手をポンポンと叩くではないか。
「あの、この子の里親になりたいんですが、どうすればいいですか?」
俺は、知らないうちに涙を流しながらその女性に尋ねていた。
「はい。もう、大歓迎です。こんなに優しい方だったら安心して
「あ、ありがとう」
俺は、その小さな温もりを抱えたまま、長机に座り、必要な書類に記入していく。
「あの、悟さん?ってお呼びしてもいいですか?」
「あっ、いいですよ。俺、親も友達もみんなその呼び方なんで」
「ありがとう…」、と彼女は小さく呟いた。
「あの、私、私が
さっきまであれだけ元気だった彼女がちょっとしおらしく頬を赤らめている。
「勿論いいですよ。じゃあ、俺の唯一自慢できる料理、大阪本場仕込みのお好み焼きをご馳走しますよ。そして、
心配そうに俺の方を見ていた彼女の顔がぱっと明るくなった。
「ほんとに!やった〜〜!!!」
彼女はとても幸せそうな顔をしている。
そんな彼女を見ていると俺もなんだか楽しくなってくる。
その時だった、右手に抱いていた
「ほら、この彼女を大事にしないと駄目だぞ。チャンスを活かさないと…」
子猫のはずなのになんとなく麦のドヤ顔に見える。って、考えすぎだろうか!?
でも確かにそんな感じに聞こえた。
なんだかとっても気持ちがいい。
これからの生活がとても楽しみに思えて仕方ないよ。
そんなことを思っていたら、
終わり
Case.13 気配
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