Case.8-2 ニーコと夕御飯

 母と動物病院にニーコを連れて行ってたが、「う〜ん、何も悪いところはないんだよね。毛の艶も目も正常だしね。ご飯は朝だけ?それもおかしいね。なんでだろう。もう少し様子を見るしかないね」と言われ、結局、栄養補給のサプリを処方してもらっただけで、二人トボトボと家に向かう。


『大丈夫なのだろうか?ニーコ、死なないよね』など胸の内から聞こえてくる不安な声が、私をより一層不安にさせた。母も同じなのだろうか、さっきから無口だ。


 原因がわからないってなんだろう。

 空を見上げると星も見えない暗い闇が広がっている。

 

 二人の靴音だけがただ響いていた…。




 ニーコが夜ご飯を食べなくなって二週間が過ぎた。


 私も夜ご飯をダイエットジュースにしてから丁度二週間が経つ。最初は面白いように一キロ体重が下がったものの、それ以降はずっと上がったり下がったりで正直目に見えた効果がでていない。もしかすると、夜食べない分、無意識に朝と昼に食べ過ぎているのかもしれない。


 う〜、なんでよ!!と言葉を吐いてベットに倒れ込む。

 なんで私はぽっちゃりなんだろう?なんでサークルの看板娘と言われている高野さんみたいに痩せてないんだろう?そう思うといつの間にか私は涙を流していた。


『ん?』


 気が付くと、頬をニーコがペロペロとなめてくれていた。

 ニーコの舌はざらざらとしていて、舐め続けられるとこそばさからちょっとヒリヒリに変わってきた。


「ニーコいいよ。いいよ。ありがとうね。ニーコ…」

「ニヤッ」


 ニーコは短い返事をする。きっと「泣かないで」なのかな?


 そうか、ニーコと出会ってもう五年になるんだ。


 私は、高校生の頃、女子特有のグループが苦手でずっと悩んでいた。その時、そんな私に声をかけてくれたのが、ちょっと派手な野村さんだった。

 彼女らのグループは、みんな髪を染め、爪にはネイルを施し、そして短いスカートを履いていた。私もなんとか野村さんのグループにいれるように頑張って彼女達と同じようにしたのだが、全く似合ってなかった。ただ、金魚の糞みたいに付いてまわる…。


 そういう学校生活をおくっていた時、初冬の寒い空気の中で震えるニーコを公園で見つけたのだ。

 野村さん達は、ニーコの器量を笑うと、そのまま公園に置いていった。私も彼女達と一緒にカラオケに行ったものの、どうしても気になってしまい、もう一度公園に向かった。 

 そして、なんとかニーコを見つけると、大きなトートバックに入れて連れて帰ったのだ。


 家路に向かう途中、絶対に家族に反対されるだろうなと思っていたが、拍子抜けするほど、みんなすぐにニーコを気に入った。

 私と母は、風呂場でニーコをごしごしと洗う。そして、ちょっと怯えているニーコを優しくタオルで拭きドライヤーをする。

 父は猫缶や猫用のミルクが置いてある二十四時間スーパーへ出かけ、猫のトイレグッズなど諸々を買ってきた。


 それからというものの、ニーコはみんなの人気者だった。みんなニーコが好きでいつも誰かがニーコを触っていた。最初はみずぼらしかったニーコだが、今はとても素敵なメス猫に成長している。

 ニーコは、拾われた恩義を感じているのか、家族全員に優しい声で鳴くとぐるぐると喉を鳴らしながら尻尾を絡ませた。その中でも私には最大限の感謝をしているような気がしていた。


 そのニーコが夕飯を食べない。しかも、私がダイエットをしだしてから…!?

 も、もしかして、ニーコは私に気を使っているのではないだろうか?『雪子が食べないんだったら私も食べないよ』なんて思っているのではないだろうか?


 昨日、再度、動物病院に連れて行ったら、ニーコの体重は六キロから五キロと一キロも減っていた。私と同じ一キロ…。あの小さな体で…。

 「流石に、急にちょっと痩せすぎかもな」と先生が呟くのを聞いて、私はこのままニーコが何も食べなくなって痩せ細っていくのではないかと怖くなった。


「ねぇ、ニーコ。もしかして、私がダイエットしているからニーコも食べないの?本当のこと言って?」

「ニヤッ」

「やっぱりそうなんだね」

「ニヤ〜」

「痩せた私とぽっちゃりの私、どっちが好き?」

「ニヤッニヤ〜」


 なんでだろう…。ニーコが言っていることが全て分かったような気がした。

 私は、階段を駆け下りると母に叫んだ。


「お母さん、今日の夜ってカレーだったでしょ?私、今日でダイエットやめる!カレーついで!!」


 母が、「ふふっ」と笑いながら、少し多めのご飯に母特製のキーマカレーをかけてくれる。このスパイスとヨーグルトの香りがたまらない!


 私は、いただきますもいわずに、スプーンを動かす。


「お、美味しい〜〜!やっぱりお母さんのカレーは最高だよ〜」

「雪ちゃん、ありがと」


 母も笑っている。

 するとどうだろう、二週間も夕飯を食べなかったニーコが自分の皿の上にあるカリカリをゆっくりと食べ出したのだ。

 半分くらい食べた後、私の方を振り返り、「ニヤッ」と鳴く。


「もう、無理なダイエットなんてしちゃ駄目だよ」と言われた気がした。



 翌日、三ヶ月に一度のサークルの飲み会が行われた。

 私は、振られた彼に会いたくないので欠席しようとしたのだが、友人の葵ちゃんに絶対に来てと言われてしまい、今テーブルに座っている。


「雪子ちゃん、ちょっといい?」


 葵ちゃんが私の隣に座り、耳元に口を近づける。


「あのね。宮里さんに頼まれたんだけど、雪ちゃんのライン知りたいんだって」

「えっ、はっ?宮里さん?」


 宮里さんは、私より一年上の大人しい男性だ。でも、このサークルの副部長としてとても人望がある人だ。自分は出しゃばらす、目立たず、だがこのサークルが平穏に続いてるのは宮里さんがいるからっていうくらい評判の人だ。

 本が凄く好きで、大学に来てもいつも図書館にいると言われている…。


「なんだか、宮里さん、自分で言う勇気がないらしくて、どうしても聞いて欲しいって」

「ほ、本当なの?でも、なんで葵ちゃんが?」

「ん?宮里さんって、私の従妹なの。ふふふ」


 私は自分の姿を思い返す。


「ねえ、葵ちゃん。私なんかでいいのかな」

「え〜、雪ちゃんってとっても可愛いいじゃない。自信持っていいって〜。ほらほら、もう、こっちをチラチラ見てるから、もう雪ちゃん、あっち行っちゃって!」


 葵ちゃんがぽんと押し出す形で、私は宮里さんの方へと歩いて行く。

 宮里さんは、真っ赤になっているような気がする。お酒のせいだろうか?それとも、私が近づいて行くからだろうか?


 私で赤くなってくれてたらいいな…。

 私がいいという人がいるんだ。嬉しいな…。


 家に帰ったら、ニーコにどうやって報告しようかな。

 きっとニーコは喜んでくれるだろうな。


 色んなことが浮かんでいく。

 今日、私は今までの私から変われるのかもしれない。



Case.8-2 ニーコと夕御飯

終わり

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