Case.8-1 ニーコと夕御飯

 私の家系は『ぽっちゃり系』だ。

 そういうタイプが好きな人も結構いるらしいが、私が好きになる人に限ってみんな細身の女性が好きだった…。


「ごめんね。気持ちは嬉しいよ。ありがとう。でも、う〜ん、好きって感じゃないんだよね。友達って感じなんだ。本当にごめん」


 大抵の人は優しく言葉を選んでくれるけど、私はその言葉を聞いている時、いつも『どうせ私がぽっちゃりだから嫌いなんでしょ?』と意地悪で言ってみたくなる。

 だけど、そんな勇気が有るわけない。だから、私は、必死で作り笑顔をしながらこう言うのだ。


「ありがとう。気にしないで。これからも友達でいてね」



- - - - - - -


「あー!!!また、振られちゃった〜!ニーコ〜!」


 ニーコはなんとも切ない表情で私を見ている。

 きっと彼女は、私がまた男性に振られたってわかってるのだと思う。

 だからだろうか…。こういう日は必ず窮屈なシングルベットに眠る私の胸にぴたりと寄り添って眠ってくれる。

 私はゆっくりとニーコの頭を撫でながら柔らかな毛の感触を楽しむ。そして、ずっと片思いしていた彼から言われた言葉を思い出す。


 私がもっと痩せていたとしたら何か変わったのだろうか?

 

 好きだった彼は、私が所属するサークルの同期で、入部時から「お前ら仲がいいな」と言われていた。

 彼は、私の体型について、揶揄したことは一度もないし、人を傷つけるような事を言う人ではなかった。

 二年生になっても私と彼は色々と会話が弾んだ。だから、私は彼も私の事を意をしているのだと勝手に勘違いしてしまっていたのだ…。


 だが、よく考えてみると彼がどんな娘をタイプかは知ることが出来たのだ。そう、彼は体が細くて髪が長い女の子が歩いていると無意識に視線を向けていたっけ。

 あー、そりゃ私が彼の心に入り込むなんて出来ないよね。そうか、私がもっと痩せたら…。彼は振り向いてくれたのだろうか?そんな事を思いながら私はいつの間にか寝落ちしていた。



「よし!ニーコ!私、ダイエットする!!!」


 翌朝、目が覚めたらニーコはもうベットから降りて、フローリングの床でまったりと寝転んでいた。そのニーコに向かって、私は決意を述べる。


「きっと私が痩せたら絶対に世界が変わるはずだよ。だから頑張る!これから、夕飯はダイエットジュースだけにする!!」


 私はA4の紙を机から引っ張り出すとそこに『ダイエット!頑張るぞ!雪子』と黒マジックで殴り書きして、カレンダーの横に画鋲で貼り付ける。そして、勢いよく階段を降りて行った。



「雪子、ダイエットなんて出来るの?お母さん、心配だわ」


 母は、そういうと、「だって、『雪』がぽっちゃりだなんていったらみんな太い子になってしまうわよ。考えすぎだってば」などとぶつぶつ言いながら朝食をテーブルに出す。

 テーブルには鮭の塩焼きや白菜のお味噌汁、ほうれん草のおひたし、納豆などが並ぶ。


 私がこうなったのは、きっと母のせいだと思う。だって、母は何より料理が好きな人だから、朝から『これ夕食じゃないの』と思う位のお皿が並ぶし、それに加えて美味しいとくれば、食べないなんてことはあり得ない。

 そういう生活を二十一年も過ごして来たのだからしょうがないかもしれないな…。


 朝と昼は今までより少し軽めにして…。そして、夜はダイエットジュースのみにすればきっと何かが変わるはず!

 あー、今朝も美味しいな、でも、ご飯はお代わりしないようにしないと…、なんて思いながら箸を動かしていた。



 その夜から、試練の日々が始まった。

 大学から家に帰ると美味しそうな匂いが漂って来る。『あっ、今日ハンバーグだ』そう思ったら、口につばが溜まるほどだ。だけど、初日から決めた事を破るわけにはいかない。


「お母さん、私夕御飯はしばらくいらないからね」というと、匂いから逃げるように二階へ上っていった。


 そして、次の日の夜は、なんとあろうことか私が一番好きなメニューである『豚の生姜焼き』だった。この香り…、これだけで白いご飯食べれるよなんて思いながらも私は階段を上って行く。

 

「雪〜。雪子〜!ちょっと来て〜」


 私が、ダイエットジュースをちびちび大事そうに飲んでいたとき、下から母が呼ぶ。


「なあに?どうしたの。私、生姜焼きの匂い、やばいんだけど」とちょっとイラッとしながら返事をすると、「あのさ、ニーコがご飯食べないんだけど体の調子とか悪いのかね」と言うではないか。


 ニーコのご飯用である水色の平皿を見ると、美味しそうな猫缶とカリカリのコラボに全く口を付けていない。

 まさか、ニーコ、なんで?病気?と思いつつも、スマホで『猫 ご飯 食べない』で検索すると、数え切れない程のページがヒットした。

 二、三、読むとどれも、『猫も食欲旺盛の時とそうでない時があります』と書いてあったので私は少し落ち着くと、「こういう例って沢山あるみたいよ。もう少し様子を見てみようか」と言って、ニーコの頭を撫でると、また二階へと上がっていった。


 だが、その日から、ニーコは夜のご飯を一切食べなくなってしまった…。


 

Case.8-2 ニーコと夕御飯へ続く…。

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