Case.5 捨てる神あれば拾う神あり

 私は今、駐車場にいる。


 草がぼうぼうに生えて、境界線のロープも腐って所々切れている。管理人さんはかなりの年齢だから、そういうところに気を配ることはもう出来ないらしい。


 だが、私にとってはそれが好都合。隠れるところは沢山あるし、食べ物となる虫さん達も沢山いる。少し寒いのがたまに傷だがしょうがない。

 でも、ずっとここにいる訳にはいかないから、ここを通る人にしっかりとアピールしていかないと…。



「おい、まだいたのか?」


 ぶっとい手をしたその中年の男性は、手と同様に図体も大きいから最初はびくついたけど、実は優しい人だという事を私は知っている。


「今朝、なんか嫌な予感がしたんだよ。で、エンジンルームを叩いたらさ、お前さんが急に飛び出てきたって訳さ。ほんとにびっくりしたぜ。あのまま俺がエンジンをかけてたらお前さん、あっという間におだぶつだっただろうな」


 そう言うと、その男性は、ズボンのポッケからラップにくるまれたものを私に差し出してくれた。きっと、私の為にお昼のお弁当のおにぎりを少し残してくれたのかもしれない。


「本当は、俺の家へといいたいところだが、ちょっと訳ありでな。すまんな」そう言いながら、私の頭を数回撫でると、「おい、絶対に車には入っちゃだめだぞ」と言って立ち去っていった。


 あの人、見かけによらずすごく優しい人なんだよな…。私、あの人の家だったら貰われても良かったのにな…。だけど、猫が飼えないのであればそれは仕方ない。まあ、次だな次。



「わー、子猫だ〜〜〜!!!」


 高校生だろうか?みんな髪の毛が栗色で爪にはピンクやブルーや沢山の色が付いている。しかも、こんなに寒いのにみんな短いスカートをはいている。


「この子、ちょっと不細工かも」

「え〜、酷っ〜〜。ちょっと顔見せて〜」

「あー、ほんとだ〜。これはもらい手がないよ〜。もう少し可愛かったら良かったのにね〜」

「でも、これから冬になるのに大丈夫かな」

「大丈夫だって、野生に生きる動物は強いんだよ。平気だって」

「そうだね。しかし、え〜〜。しっぽもなんかへんな形〜〜。うわぁ〜〜」

「私がもしも飼うなら、ペットショップで売っているブランド猫だなぁ〜。やっぱり可愛くないと嫌だもん」

「だよね〜」

「でも、凄く寒そうだけど…」

「あっ、ほら、急がないとカラオケの待ち合わせに遅刻しちゃうよ」

「げっー。早くいこっ。じゃあね〜。猫ちゃん、頑張ってね〜」

「ま、待って〜〜」


 騒ぐだけ騒ぐと、結局その子達は走って消えてしまった。

 何が野生は強いだよ。そんなの嘘に決まってるじゃないか。だって、ちゃんとしたご飯もないし水も泥水だしな。しかも、ノミやダニはうようよいるし、『お前、野良なのか?可哀想ー』と思ってもないことを言っては偉そうに吠える犬や、近頃は猫をいじめるのが好きな悪い人間も沢山いるんだ。あと、車っていう変なものが私を狙って凄いスピードで追いかけてくるし…。


 あ〜、日が暮れちゃった。

 今日は、もう、無理かな。ここは照明もないので夜は危ないからあまり人も通らないし…。


 しょうがないか…とはいえ、う〜ん、凄く寒いな。

 だとすると、朝方はもっともっと寒くなるんじゃないだろうか?噂によると私のような捨て猫はこの季節だと三日も持たずに死んでしまうらしい。あー、どうしよう。


 それにしても、私をここに置いたあのおばさん、少しくらいは後悔してないのだろうか?


「避妊なんて自然に逆らうようなことをこの子達にしたくないの」


 良く言ったよほんと。こうなることなんて誰の目にも明らかだったんだ。だから、あれほど周りの人がアドバイスをしたのに、全く聞く耳を持たなかったからこうなったんだよ。


 あの人が飼っていた猫たちが発情期となった際、あの人に隠れては重なり合っていたんだ。だから…、すぐにメス猫のお腹は大きくなった。


 あー、私と同時に生まれた残りの三匹はどうなったんだろう?せめて同じ場所に捨ててくれたら兄弟仲良く少しは楽しめたかもしれないのに。あのおばさん、確実に私達を死なせたかったのか一匹ずつ違う場所に捨てやがった。今度、もしも見つけたらあのすました顔を絶対に引っ掻いてやるからな。


 そんなことを考えながら、とぼとぼと草むらを歩いていた時だった。


「あっ、まだいた」


 それは、日が暮れる前に私を不細工と言っていた女子高生グループの内の一人だった。

 彼女は、ひょいと私を抱き上げると慣れた手つきで私の頭と喉を撫でる。


「さっき、みんなが貴方のことを不細工といって揶揄っている時、私、何も言えなかったんだ。ごめんね」


 私は、余りにも気持ちが良くて喉を慣らす。


「私がきっと違う事を言っていたら、すぐにグループからハミにされると思うんだ。だって、私、ただくっついているだけの金魚の糞みたいだからさ」


 彼女は、ちょっと泣いているようだ。

 私は、「ミヤ〜ン」と慰めてみる。


「なんでも本音で話あえる友達ってどうやって作るのかな。なんだか難しいよ…」


 彼女は、私を家から持って来たであろう大きなトートバックの中に入れる。私は余りに突然なことで驚いてしまい、小さく「ニヤン」と声を出した。


「貴方、私と友達になってくれる?」


『よいしょっ』と小声で呟くと彼女は、さっきより明るい顔で家路に向かう。


「ねぇ、寒くない?大丈夫?」


 彼女は、トートバックに手を差し込むと私の頭を何度も撫でる。


「うん。寒くないよ。ありがとう…」

「ふふふ。お父さんとお母さん、貴方を引き取りたいと言ったら怒るかな。でも、私、いつもいい子にしてるから許してくれるよね」

「そうだよ。大丈夫。もっと自信を持っていいんだよ」

「そっか〜。だよね。うん。もっと普通にしてたらいいんだよね」

「そうそう。私も、君だったから付いてきたんだよ。誰でも良いって訳ではないんだからね」

「ほんとうに〜!?ふふふ。寒いから誰でも良かったんじゃないの?」

「わかってないな〜ほんとに。私の鋼のような精神力を知らないな!?よし。これから私が君を鍛えていくから覚悟しておきなさい」

「え〜、お手柔らかにね。ふふふ」

「なんだよ、さっきから笑ってばかりだね」

「うん。凄く楽しいよ。本当にありがとう」

「いや、こちらこそ。新しい家へ招かれて嬉しい限りだよ」

「ねえ、仲良くしようね」

「だから、それ、さっきも言ったよね」

「え、言ったっけ?」

「言ったよ」

「え〜。そうかな…」

「そうだよ」


 ………………

 ………。


 彼女は、私に楽しそうに話しかけている。

 いつの間にか私は、トートバックの中で大きな寝息を立てていた。




Case.5 捨てる神あれば拾う神あり

終わり

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