知らない街の知らない路地裏
鷹津楓
*
どうしようもなくどこか知らない土地に旅立ちたくなる時がある。
いてもたってもいられずに身軽な格好に着替えて、ボディバックに必要最低限の荷物を詰め込み、最寄りの駅から鈍行列車に飛び込む。車窓を流れる景色を尻目に遠く、遠くへ。何度か乗り換えをして、しばらく電車に揺られて、意識が窓の外へ向かった時、さっと下車する。見たことも聞いたこともない駅だ。
駅舎を出てあたりを眺める。鄙びた町の小さな駅で人影はまばらで車通りも少ない。駅の周りの建物は半分がシャッターで閉ざされていた。目についた立ち食い蕎麦屋で腹を満たし、街へと繰り出した。
知らない街の真新しい風景が、心にあいた穴を満たしていく。胸のすく思いがした。
歩道のコンクリートを踏みしめる感触、車が風を切って通り過ぎていく様子、時折すれ違う地元の住民、ゴミ箱を漁るカラス、車が途切れた道を目にもとまらぬ速さで横断する野良猫、軽やかな小鳥のさえずり、頬をなでる温かな風。すべてを全身で感じながらただ歩く。
ずっと歩いていると、車道を挟んで反対側に、古びた民家と商店に押し込まれるようにひっそりと開いている路地が目に入った。なんとなく心惹かれて、横断歩道を渡って、そこへ入ってみた。
足を踏み入れた途端にぐっと胸を突かれた気がした。光が射さない真っ暗なその路地裏は、人々が行きかう大通りから隔絶された異世界へと続く入り口のような形相を呈していた。たった一歩踏み出しただけで釘で打ち付けられたように動けなくなってしまった。
この先に進めばもう帰ってこられなくなってしまう。そんな自分でも笑ってしまうほど常識から外れたおかしな考えが胸の底から噴き出してきて、心を埋めつくした。知らない街の知らない路地裏の入り口で、私はいつまでも、いつまでも立ち尽くしていた。
知らない街の知らない路地裏 鷹津楓 @thenieceoftime-33
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