お嬢様のゲーム

一陽吉

それは二人だけの秘密

「さて問題です。私はどこにいるでしょう? 同じN市にいるのは間違いないけど、端から端までというとけっこう距離があるよね。ふふ、私は優しいからヒントをあげる。いま私がいるところは人通りがよくて行きかう人がたくさんいるよ。背広姿の大人が中心かな。たぶんナンパされることはないと思うけど、気をつけないとね。可能な限り穏便にすませるけど、いざというときは伊藤から教わった護身術を使うわ。あ、そうそう。もちろん制服じゃないわよ。ちょっとお出かけするだけの私服。伊藤が似合ってるって褒めてくれたやつ。これは大ヒントね。私はこの辺りをウロウロするけど、日付が変わるまでに見つけられなかったら、私、本当に家出するんだから。じゃあね伊藤、がんばって」


「……」


 ──やれやれ、相変わらず悪戯好きで困ったお嬢様だ。


 一方的に語られ、通話が切れたスマホをしまうと警護の伊藤はネオンまぶしい夜の街へ向かって歩き出した。


 社長令嬢として名門女子高校の優等生として、誰もが思う理想の少女像を演じ続ける彼女。


 多感な時期を迎え、自分の好きにしていい時間があっても良いのではないかと考えたとき、彼女は気づいた。


 こっそり抜け出し自由とスリルを味わうのが、最高の娯楽ゲームであることを。


 それに付き合わされる伊藤だが、その顔は、三十歳という年齢と職務遂行の意欲をもったものではなく、妹のわがままを聞く兄のように優しいものだった。

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お嬢様のゲーム 一陽吉 @ninomae_youkich

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