第33話 くっ殺談義
「それではリーダリア様行きましょうか。」
「は? どこへいくのじゃ?」
この幼子は危険だ。六階位の私がこのお方の前では赤子同然なのだから、このままガイゼル様の元へと連れて帰ったとしても誰も制御出来まい…。
しかしリーダリア様を野放しにする方が、この世界においては危険なのではないか…と私の特別警戒注意報がガンガンと鳴っていて、頭がクラクラするのだ。例え騙してでもなんとか領地に連れて帰らねばならん。その後の事は私より頭の良い奴らに丸投げだ。つまりノープラン!
「えっ? 我らの領地へと一緒に帰る約束しましたよね?」
「…何シレッと勝手に約束したのに、それを忘れていた我が悪いみたいな体(てい)で話しておるのじゃ…殺すぞ?」
「怖っ! 殺さないでください。じょ、冗談ですよ。上段の構え!」
上段の構えで剣を振り上げながら、目線で頭脳担当のエマにスルーパスをする。エマもこのお方を連れ帰る事の重要性をきっと理解しているだろうとの憶測のままぶん投げる。後はお前に任せた! つまり丸投げ!
「リーダリア様という神にも等しいお方が、この現世に降臨されたのです。これを祝わずに何を祝えというのですか!」
「それは…そうじゃのう。」
おお〜さすがエマだ。略して、刺すエマ! いや、刺してどうする。口に出して言わなくてもこちらの意図を理解している、さすが新婚ほやほや3ヶ月の空気の読めるいい女だ。よし、続けて畳み込むのだ!
「今我が領地では、もうすでにリーダリア様を迎える為の準備をしているのです。3日3晩続く歓喜の宴の準備を。我が国全土から集めた高級食材をふんだんに使用した豪華絢爛な料理や、収集家垂涎のワインなどリーダリア様の口に合うものを色々と取り揃えております。」
「いや、我は貴様達人間共が口にするような飲食物は摂取しないから、全く興味ないぞ。」
あれ? リーダリア様がすんっていう顔になってしまった。すんって。ど、どうするエマ?
「…だと思いまして、そんな豪華絢爛な料理やワインなどは全て豚の餌にしておきました。リーダリア様は今でもとても荘厳でお美しいお方ですが、さらに高みを、我々のファッションリーダーとなられるにふさわしい素質がありますので、今をときめくトップデザイナーのお召し物を用意いたしております。ですので、なにとぞ、我らの領地へと一緒に行っていただきたいのです。」
おっ、うまく方向転換したなエマ! えらいぞ、エマ! 略してえらエマ!
「ふむ…。」
リーダリア様は今自分が着ている粗末な布を見てしばし考える仕草を見せる。そういえば今着ている? 巻いているのは先ほどまで、泉に浮かんでいるリーダリア様をとりあえず応急処置の為に、その辺にあった布を巻いていただけなのだった。
「そうじゃな…よしエマ、お前脱げ。今すぐ脱げ!」
「………は?」
リーダリア様の言葉でエマが固まってしまった。そういえば私にはよくわからないが、女性が女性を好きになるという話を聞いた事があったな。そうか!
リーダリア様にもそういう性癖が…。
ここはわが国の為に何としてでもエマには頑張ってもらわないといかん。よし! 私も微力ながら後押しするぞエマ。
「リーダリア様、こちらのエマは19歳と歳若くして三階位まで上り詰めた器量好しでございます。ときおり口が悪く、人を罵る事もありますが…概ねどこに出しても恥ずかしくない器量好しでございます。
そして少し、少しだけ前髪切りすぎたのかな〜って思うかもしれませんが、決して切りすぎたわけではない器量好しでございます。どうかお納めください。」
そうフォローしながらエマを後ろから押し出して差し出す。
「なに勝手に差し出してるんだ! 私は新婚ホヤホヤの人妻なのだぞ!」
「この馬鹿者が! お前はガイゼル様に使える公人なのだぞ、それを人妻だからノーマルなんだと。ノーアブノーマルだなどと私情を挟むな!わかるなっ」
私はエマの肩に手を置き物理的にも精神的にも従えよな、と念を押す。
「な〜に、くっ殺せ! 略して“くっころ”っていうだけの簡単なお仕事だ。」
「ん? “くっころ”って? えっえっ何ですか“くっころ”って?」
エマは知らない単語を教えられて、混乱しているようだ。男ならみんな大好きなんだよ“くっころ”は。今の所気の強い女の人に言ってもらいたいランキングNo3なのだ(偵察隊男子50人調べ)。
ふと後ろに控えている男達をみると…皆冷静を装っているが息が荒い。“くっころ”に反応したのだろう。エマを脳内妄想で再生しているようだ。よし、後はエマを畳み掛けるのみだ!
「大丈夫だ、後の事は私に任せておけ。残されたお前の旦那は私が一生面倒を見てやるから、心置きなくリーダリア様に身も心も捧げるのだ!」
「いや、全然心置きまくりですけど! そんな言葉を聞いて安心する訳ないんですけど!」
エマも最後の悪あがきを見せるが、最後の一押しだ…いくぞおお
ばちいいいいん。後ろから叩(はた)かれた。
「やめ〜〜〜〜〜い! 誰が身も心を要求しておるのじゃ! いらんわ! ただ我はエマの着ている服をよこせといっておるのじゃ! あと“くっころ”って何じゃ?」
リーダリア様が憤慨していた。そうだったのか服を所望していただけだったのか。それならばもっと早く言って欲しかったのだ。
あっ、エマが私をめっちゃ睨んでいる…絶対許さないウーマンの顔をしてる。
誤解だ!エマ、確かに私はお前を差し出そうとした。それは間違いない。しかし、しかしだ! こちらの言い分も聞いてほしい! こちらにも言い分があるのだ!
「私はただ純粋に、子供のような無垢な心で“くっころ”が見たかっただけなのだ…すまん!」
私は泣いて謝った。その涙は謝罪に対する涙だったのか、“くっころ”が見られなかった事による残念な涙だったのか、今となっては分からない。
エマに頭を下げながら、ふと見ると男の隊員達も涙を流していた。私たちは今この瞬間心が一つになった。みんな無言でうなづきあった。今初めてチームが一丸となったのだった。
しかし、この出来事は、ただ単に私とエマとの間に修復不可能な深い傷を…禍根を残しただけであった…助けてリーダリア様!
せめて付いてきて! リーダリア様!
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