第32話 グラトニースライム

 「それはいったい…あなたが村人を…200人殺したのですか!」

 エルが声を荒げてリーダリアに詰め寄った時だった。


 「ぎゃああ」「うわっ」「たっ助け」


 私たちの後ろにいた隊の連中から悲鳴が上がった。


 「何だ?」

 後ろを振り向くと…ある者は足に、ある者は上半身に液体のようなものが纏わり付いていた。


 「あっ熱い!」「ふ、服が溶ける!」

 

 体の異変を訴える隊員の危険を察知し、急いで近寄って剣で液体を切りつける…が、完全に切り離す事は出来ずに、削ぎ残した液体は残ったままだ。そして小さくなった液体ももぞもぞとした動きを見せたと思ったら、すぐにひとつに集まり纏まって再度、隊員達を襲いだす。


 隊員達もただ黙ってやられた訳ではない。火魔法を使って応戦すると…液体が縮み攻撃が大人しくなり、思った以上の効果があったので、なるべく襲われた隊員を傷つけずに火魔法を液体に当てるようにする。


 しかし火魔法の効果によって徐々に液体が減って希望が見えたと多少安堵したのも束の間、ある一定にまで小さくなった液体は急にプルプルと小刻みに震え出したかと思うと…


 パンパンパーン


 大きな音を立てて勢いよく弾け飛んだと思ったら…最初の何倍も膨れ上がって飛び散った。


 それによって先ほどより、より多くの隊員が液体を被る事になって、どんどん被害が拡大してしまう。


 「まさか…グラトニースライムか。」

 「えっ、という事はキーフ村を襲ったのはこの魔物という事ですか?」


 エルが驚きの表情で聞き返す。グラトニースライムとは通称“大食らいの暗殺者” 音もなく忍び寄り、気づいた時には体全体を覆われて溶かされる。食っても食ってもお腹が満たされる事はなく、餌を求めてさまよう魔物。自由気ままに食べたい時に食べまくる性質だ。


 グラトニースライムの性質でもう一つ分かっている事は人によって消化速度が違うらしいという事だ。どうやら階位によって速度が変わると言われている。


 確かに、今回の捜索に加わった者達は階位が一階位〜三階位と高い方だから、火傷は負っても、すぐには消化されるような事はないだろう。しかし階位を持たない一般の者達は魔物に抗う術もなく、すぐに溶かされてしまう。


 キーフ村の村人達もたぶんこの魔物に…。

 

 いかん、その事はあとでゆっくり考えよう。今すべきことは目の前の魔物を倒す事だ。そしてグラトニースライムを倒す方法は…


「圧倒的な物量、あるいは魔法で再生するタイムラグを狙って消し去るのみ。」


 六階位の私ならばそれは造作もない事なのだが…隊員にすでに纏わり付いているので、力任せに一度に全部倒す…というのは正直難しい。


 かと言って1人1人、体に触れていない部分を徐々に削ぎ落としていては時間がかかりすぎてしまう…全員助けるまでには少なからず犠牲者が出てしまうだろう。


 どうする…いっぺんに、犠牲者を出さずにグラトニースライムをやっつける方法はあるのか?


 私がグラトニースライムの対処に悩んでいると背後から声がかかる。


 「お前達脆弱な虫けら共は、こんな四階位の魔物ごときも対処できんのか。…本当に役たたずばかりなのじゃ…はぁー」

 リーダリアが私たちの醜態をみて、ため息をつきながら悪態をつく。


 しかし、今はそれどころではない。


 「…スライムごときに対応する手がない虫ケラ共は下がっておれ。」

 私たちの横をすり抜け、スライムに纏わり付かれて振りほどこうと暴れている隊員達の方へと歩み出る。


 「まぁ、わしは貴様らが生きようが死のうが、どちらでも構わないからの、力なき弱者はこの世に生を返すのみじゃ」


 そう言ってリーダリアは天に向け人差し指を突き出した。するとすぐに光り出した。


 その光景を俺たちはただ黙って見つめる。こんな事が有りうるのか? リーダリアの指先にすごい量の魔力の集積が感じられる。常人の何倍の量だ? いくら階位が高かいと言ってもこれは…この量は人の域を超えている…やはりリーダリアというのは人ならざる者なのか…いかん止めなければ、


 「やめろ〜〜〜〜部下を殺すつもりか! こんな魔法を打たれてはここにいる全員が…」


 私がリーダリアの魔法を止めようと駆け寄ろうとしたら、彼女は整った綺麗な顔から口角をあげてクフフフと邪悪な笑みを浮かべ、術式を唱えた。


「第一魔法式“せん”」


 彼女が術式を口に出したとたんに指先に集まった光が、一瞬にして螺旋状に広がり周りを光で覆い尽くした。


 私たちの視界は光の洪水にさえぎられた。


 ババババババババーーーーーーー


 バリバリと轟音のような耳鳴りが襲った後は、目の前が真っ白な無音の空間に居るようだった。長く感じたが、たぶん数秒の事だったのであろう。


 私の視界が戻った時には、グラトニースライムにやられていた隊員達が全員地に伏せって、生きているか死んでいるかわからない状態だった。


 私は慌てて彼らに駆け寄って生存を確認すると…


 「うっ、うううう」


 生きている。どうやら全員気を失っているだけのようだった。


 「ふん、運のいい奴らよ。そこをどくのじゃ。」

 リーダリアは悪態をついて、とことこと前に歩いていく。そしてグラトニースライムが死んだと思われる場所に転がっていたキューブを拾い上げた。小さなリーダリアが両手で持つぐらいの大きさだった。


 「くくく、やっとありつけたのじゃ、まぁ四階位なぞこの程度のキューブだろうが…うまそうに肥え太っているようだからまぁ良しとするのじゃ。」


 そう言って彼女は大きな口を開けてキューブをパクリと口に入れた。


 キューブとは魔物を倒した跡に残される、長年何に使用するか不明な物質だったのだ。それをこの幼子は食べた。しばらくその様子を観察していたが、喉に詰まらせたとかお腹が痛くなるなどという症状は見受けられなかった。


 「リーダリア様、そのキューブは一体何なのですか?」

 エルが我らの長年の謎を代表して聞く。


 「ん、これか? お前達はキューブと呼んでいるのか? これはな…の為の食事だ。何物なにものにも代えがたい唯一無二のものじゃ。」

 「唯一無二 とは?」

 私も聞いてみた。


 「ふん、それを貴様ら人間に教えて我にどんな利があると言うのじゃ。面倒くさいから教えてやらんわい。」

 

 そっけなく断られた。


 「それより、リーガイア様。あなた様がキーフ村の200人殺したなどと疑い申し訳ありませんでした。そして我々を助けていただきお礼を申し上げます。ありがとうございました。」

「人間など下等な生物を我が食すわけないわ。我が人間を食す獣なら、とっくに貴様達は我の胃の中だ。もちろん何の抵抗も出来ずに、一瞬でな…クフフフフ。」


 そう言った幼子は言っている事は尊大なのだが、腕を組み背中を反らして発言する様は、聞いている我らをなぜかほっこりさせたのであった。

 


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