第22話 アスナル視点③

 「なっ、まさか…オーガだと! なぜこんな麓まで。」


 オーガなど今までこの森深くにも見かけた事がない魔物だ。今回のスタンピートの原因はコイツにより引き起こされたものだったのか…。オーガの出現によって他の三階位、二階位などの魔物や獣達が逃げ出して氾濫したようだ。


 しかもこのオーガの気配は…多分5階位か。遠く離れているから目の色はこちらからは確認できないが…圧倒的強者の気配を纏っているのだ。離れていても感じるプレッシャーで呼吸が荒くなる。


 くそっ!ただでさえ人型の魔物は強いというのに…五階位だと。三階位の自分では太刀打ちが出来ないだろう。大人と子供以上の差が…だが自分は領主だ。村民達を守る義務がある。例えオーガに敵わないと分かっていても逃げるわけにはいかない。


 せめて、せめて村人達が逃げる時間をかせがねば…。


 ふと見るとオーガが自分に狙いを定め、すごいスピードで迫ってきた。自分が避ければまだ後ろにいる村人達が犠牲になってしまう。


「こらえてくれよ、俺の体!」

 腕を前にクロスして地面を踏みしめ迎撃態勢をとる。


 ドガアアアアアアア

 「ぐっうううう…ああああああ」

 ズザザザザザアアア


 踏ん張ってみたが衝撃を吸収できずに吹き飛ばされてしまった。しかし予想の範囲だったので、すぐに起き上がってオーガに立ち向かう。


 対峙するオーガを見やる。やはり…目がスカイブルー、五階位の魔物だった。真正面から対峙するとあまりの実力差、強者の威圧でめまいがする。ちょっと気を抜くと膝から崩れ落ちてしまいそうだ。


 まだファーストコンタクトだというのに冷や汗が止まらない。しかし、やらねば…自分がやらなければ全滅だ!


 初撃で全力だ! 今の自分の最大魔法をぶつける! 体内の魔力を練り大き目の火球を3つ作り出す。狙いを定めて最大速度で打ち出す。


ゴオオオオオオ、ゴオオオオオオ、ゴオオオオオオ


 火球がうなりをあげてオーガ目掛けてまっすぐに突き進むも、オーガはそれを避けもせずに腕でガードするだけだ…音を立てて着弾する。しかし、ダメージどころか傷1つつきやしない!


 しかし、腕を上げたことにより脇腹が空いた。今がチャンス!ここに体重を乗せた一撃を…一撃を繰り出す………がっ


「ぐぐぐっ、くそ!」

 突き立てた剣はオーガの体に傷ひとつつける事ができなかった。か、硬すぎる。しかし諦めるわけにはいかん。


 自分の持てる全ての剣技をぶち込む! うりゃああああああああ何度も何度もオーガの体を切り刻む。何度も何度も同じ場所を一点集中! 最初は自分の攻撃を受け続けていたオーガは段々攻撃に慣れてきたのか、避けるようになってきた。


 そしてこちらの一瞬の隙をついて、オーガの力任せの一撃が避けた自分のガードをかすった。


「っがあああ」

 ほんの少し肩にかすっただけなのに…折れてやがる、くそ、今までの攻撃もまったく効いていない。ここはすぐに切り替えるしかない。


 素早く魔力を練り、水魔法に火魔法を合わせた火水ひみずという熱湯を浴びせる魔法だ。広範囲にばらまけるので時間稼ぎぐらいになってくれるだろう。


 「みんな逃げろー。こいつに勝つ事はできん! 少しでも俺が足止めをするからその間に逃げてくれ〜〜〜!」


 自分が叫ぶと一部逃げるのを躊躇していた村人達や、自分の護衛として周りに待機していた者達が一斉に逃げ出した。


 ふと横を見やると今まで気づかなかったが、逃げ遅れたのかセイが自分の一番近くで呆然と立ち尽くしていた。まずい早く逃がさなければ…


 「何をしているセイ、君もだ早く…。」

 ブオオオオオオオン!


 オーガの大振りパンチを無造作に繰り出してきやがった。あわてて右に飛んでかわす。オーガに隠れてセイが見えなくなってしまったが、自分が相手をしている今のうちに逃げ出していてくれ。


 再びオーガと対峙する。どうやら自分はここまでのようだが、このオーガには絶対に一矢報いてやる。自分はただでは死なんぞ!



 しかし、その自分の決意は良い意味で裏切られてしまう。



 


 セイという7歳にも満たない子供によって。





 オーガは自分と対峙して、次の攻撃のために角度をかえてしゃがんだ。その時オーガの向こう側、自分との対極にセイがいるのが見えた。まだ逃げていなかったのか! セイ危険だ!


 しかしセイはなぜか生活魔法程度の火をオーガに向かって発射した。遅い! しかもたとえ当たったところでオーガの体表は厚く、火魔法自体が効かないだろう。


「何しているセイ! 早く逃げるんだ! こいつに火魔法は効かない…………えっ?」


 自分が大声でセイにげるように促した瞬間、オーガの背中が一瞬で炎に包まれた。


 ボオオオオオオオオオ


 すごい音を立てて背中が燃えている事に気づいたオーガが、初めて焦る表情を見せた。手で払って炎を消そうとするも消えない。そしてその場で転がって背中を地面にこすりつけるも火が消えない。


 …どういう事だ。火魔法といえば着弾と共にダメージを与え、火はすぐに消えてしまう。これは体外に放出された魔素が着弾と共に空気中に散ってしまうからと考えられている。


 しかしセイの火魔法は…着弾しても消えない。


 これは…まさか…伝説の“”か…


 いや“黒炎”は字のごとく黒い炎との言い伝えだ。この炎は普通に赤い。それではこのセイの魔法は何だ? これは一体何なんだ?


 いろいろな考えが頭をめぐり目の前の現象にただただボー然としてしまった。


 しばらくするとオーガの背中の炎はふと消えた。これはオーガが消したというよりは燃える物が無くなって消えたような消え方だった。


 オーガは焼けただれた痛々しい背中をかばいながら、起き上がった。しかしよく見ると徐々にだが回復してきている。さすが魔物でも上位のオーガだ。耐久力、回復力が共に優れている。


 やられたオーガは、今度は自分に背を向け、セイに向かって咆哮をあげた。セイを敵と認めたようだ。咆哮を終えるとセイに向けて拳を振り上げて一撃を叩き込む動作を見せる。


 それに対してセイは木の棒をオーガに対して振り下ろした。


 …なんでもない動作。ただ棒を振り上げ、振り下ろす。ただそれだけの動作だったのに…


 ボゴオオオオオオオオ


 轟音を立てて木の棒はオーガの肩にめり込んだ。あれだけ自分の剣技がビクとしなかったのに…自分の全身全霊の攻撃が効かなかったのに…セイのなんでもない木の棒にオーガーは屈して片膝をつく。


 そしてセイは肩にめり込んだ木の棒を今度はオーガの腹目掛けて横薙ぎに振る。


 ドキャアアアアア


 ものすごい音を立ててオーガの体が、くの字に曲がって吹っ飛び、オーガは簡単に地面に突っ伏した。


  一体…今自分の目の前で起きているこれは…現実なのか? それとも夢なのか? 理解出来ずに、ただただ呆然とセイと見つめ合うだけであった。


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