第4話 ウル視線
今日も作業に没頭する。一体いつになったら終わるのだろうか。名前を口にするのも
いつから始めたかも忘れるぐらい遥か昔から延々と…同じ作業の繰り返しだ。
“新たな世界を産み出す”
広々とした空間に浮かぶ両手を広げたぐらいの球体が所狭しと規則正しく並んでいる。これは所謂“箱庭”だ。色々な星を産み出すための実験場。星を作り出すのはそれほど難しい事ではない。何百万分の1ぐらいだ。だがしかし、そこに新しい生命が生み出される確率は天文学的な数字となる。
そんな天文学的な確率で生み出された何千、何万、何百万もの星が誕生したにも関わらず御方の御眼鏡に叶う“新たな世界”はまだ誕生していない。それでも私たちはその作業を延々と続ける。時間だけは永遠にあるのだから…
いつものように悠久の作業を行っている時、我々の空間範囲外から急に異様な気配を感じた。今まで感じた事のないような…なんというか…言葉で言い表せない不快な感覚だ。私はその気配を探って駆け付けた。
するとそこには、小さな球形が浮かんでいた。
…この空間は無だ。全ての存在を否定する無の空間なのだ。そのような場所にいきなり…私に気配を察せずにいきなり現れた。まるで無から産み出されたかのように、そこに存在していたのだ。
「これは驚いた。こんな事がありうるのか?」
だから思わずつぶやいてしまった。するとその小さな球体からわずかに反応が見られた。何か…こう…意思があるような。だから全神経を集中してその声を拾おとすると球体の考えが読み取れた。球体も混乱しているかのような慌てふためいた反応だったのだ。
「嘘だろう…自我まで芽生えてるのか。」
その気配は本当に目の前から発せられているのかどうか、球体の反応を見たかったので私は、右手で空間ごと打ち払った。普通ならば空間を丸ごと消す事が出来るのだが、その球体は何事もなかったかのように微動だにもせず浮かんでいた。
軽く払ったとはいえ…この私が消せない? しばらくするとまた球体から声が伝わって来る。いちいち質疑応答をするのも面倒なので読み取らせてもらう事にする。出来るかどうかは半々だったのだが、私が手をかざすと球体の思念が流れ込んできた。
ほうほう、(地球)(日本)なるほど、(異世界転生)(ラノベ)(ハーレム許さない)なんと! 実に興味深い! こんな小さな球体にこれほどまでの情報が詰め込まれているとは。日本人の聖人(まさと)として過ごした一生がまるで本当に実在していたかのように記憶が私に流れこんでくる。
まぁ…そのすべてが情報の羅列にしか過ぎない疑似記憶ばかりだったがな。こんなものはこの球体ではなく、他所からいくらでも埋め込む事の出来る簡素な文字列でしかない。せっかくレアな存在に巡り会えたかと少しは喜んだのだが…がっかりだ。
だが念のために私の管理している情報のみならず、トバルやルルなど他の者達の管理記憶にアクセスして探ってはみたが、やはりどこにも太陽系惑星地球と呼んでいた星や、それに近しい当てはまりそうな星の生命体の情報などは無かった。
そして私がこの球体の情報が疑似記憶と断定した要素の1つに、球体が主張する“命素”なる物質が私には認識できなかった事だ。球体が言うには、今現在もこの空間に存在しているという。それはおかしい…なぜならこの空間には何も存在していない、無の空間なのだから。
逆に、もしこのマサトの言っている事が本当だとしたら…あの御方と同じ…いや、それはありえない話だ。あるわけがない。一瞬でもそう考えてしまった自分の不敬を恥じる。
だからこの小さな存在を消す事にした。
トバルなら面白がって我々の実験を後回しにしてでも、この球体を徹底的に解析してくのだろうが…私にとっては御方が最優先なのだ。いくら珍しい現象だとしても、このような不確定要素な事案に付き合っている暇などはない。さっさと潰して自分の仕事に専念するべきだ。
いろいろな雑音が球体から流れ込んでくるが、私は気にせず球体の目の前で拳を握りしめ圧縮して潰し、この空間から完全に消した。
ぼふっ
「はっ?」
球体を圧縮して消した瞬間、奴の意識が途切れたと思うのと同時だった。何か音がして、私の左横を空気のようなものがかすめていった感覚があったので、ふと見ると…左腕の肘から下と、左足の膝から下が無くなっていた。
…………………………どういう事だ?
攻撃された形跡など無かったのに…。私はこの不思議な現象に何万年ぶりかに冷や汗をかいた。しかし恐怖を感じたことよりもまだ私に人間らしい感情が残っていた事に逆に喜びが湧いた。
しばらく喜びにひたり気を落ち着けた後に、残された左腕と右足の部分を左右に振り、欠損部分を元に戻す。元に戻った部位の可動を確認して、何事も無かったように持ち場に戻った。
持ち場に戻ると箱庭である球体から異常を知らせる光、明滅が…しかもこれまで順調に育て上げてきた惑星の箱庭が6つも明滅している。すぐに近寄り観察すると…急激に星が…まるで早送りしているように衰退していくところをだった。
おかしい。今までこんな現象は一度も起こった事などなかった。星が死に至る事はもちろん多々あるのだが…普通は何十年、何百年と時間を掛けて衰退していくのが当たり前なのだ。それがこんなに急激に…しかも6つも同時ともなると何か神の意志のようなものを感じる。
私は死に向かう星に対して、対処を施すには遅すぎたのでそれをただ呆然と滅んでいく様を見続けるしかなかった。
この時私は、異常を知らせるシステムにも反応せず6つの死する星にまぎれて、急激に惑星が誕生した箱庭に気づくことはなかった。
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