第37話 監禁

 ホテル暮らしの三日目、ユウカは、コンビニから戻ってきた時田にバスタオルを投げつけた。


「いったい、いつまで、こんなとこにいさせるつもりなのよっ! この先、どうするつもりなのか、教えてよ!」


 時田は、買って来たコンビニ弁当の入った袋をベッドの上に置き、床に胡坐をかく。

「いや、その……。実家に帰って、金の無心をしようとしたんだけど、帰ってくるなって、怒られちゃってさ……」

「なんなの、それ? それで、どうするつもりなのよ。うちをさらってまで、何がしたかったの? ちょっと、無計画すぎるんじゃないの!?」

「あ、うん……ゴメン。ユウカちゃんに、苦労させるつもりは無かったんだ、本当に……。まとまったお金が手に入ったら、二人でお店を開きたいなって思ってたんだけど……」


「なによ、その妄想! もう、勘弁してよ。これ、外してよっ! もうっ!」

 ユウカは、右手をぶんぶんと振り回した。その手首には手錠がはめられ、ベッドに繋がれている。


「だめだよ、外せないよ。外したら、ユウカちゃん、逃げ出しちゃうだろ?」


「当たり前じゃん。未来の無いあなたに付き合ってられないわ、もう」

「いや、ちょっと、騒がないで。これからどうするか、真剣に考えるからさ」


 時田が、肩を掴んで、壁に押し付けてきた。


「お金も無いのに、何ができるのよっ!? 人殺しでも強盗でもなんでもいいから、お金をゲットしてきてよ。せめて、もっとマシな生活をさせてよね」


「ご、強盗って、そんな……」

「なによ? 強盗もできないの? だいたい、フラグに復讐しに行くっていう話は、どうなったのよ? お金だけじゃなくて、意気地も無くなったのっ!?」

 ユウカは、時田の鼻先で、ヒステリックな声をあげた。


「そ、そうだ、こんなはずじゃなかったんだ……。オレをこんなふうにしたのは、あいつのせいなんだ……。あの井出フラグとかいう……」

 時田に押さえつけられているせいか、左腕の傷が痛みだした。苦痛で顔を歪めながら、時田に食って掛かる。


「うちの分まで、仕返し、してきなさいよ。あなたには、じっとしている暇は無いはずよ。お金をゲットして、フラグに復讐して、そして……」


 ユウカが言い終える前に、ユウカは時田にベッドに押し倒され、口の中に何かを押し込められた。

 必死に抵抗したが、声を上げることができず、時田に服を脱がされ、スカートの中に手を入れられた。



 ビジネスホテル四日目の朝は、薄暗かった。外は、雨が降っているらしい。

 時田は、床でいびきをかいて寝ている。


 何か話題を見つけて会話をしていないと、また犯されそうで、ユウカは、リモコンを手に取り、テレビをつけた。


 交通事故の映像や、アイドルのスキャンダル、映画や舞台の宣伝に、街中で流行しているファッションの紹介。どれだけチャンネルを回しても、ユウカが興味を魅かれるものは無い。


「あれ? そこ、オレ、出張で行ったことがあるぞ。上海だろ?」

 いつの間にか時田が目を覚ましていて、テレビを見ながら言った。

 朝にしては、マジメな番組のようだが、ユウカは、そのチャンネルのままリモコンを置く。


「そうみたいね。あなた、海外出張もしたことあるんだ?」

「当たり前じゃん。これでもオレは、かつては、出世街道に乗ってたんだ」


 番組は、上海に住む富裕層に密着した取材だった。

 急速な経済発展の波に乗って勝ち組となった中国の富裕層は、我が子らへの教育にずいぶんと投資しているらしかった。

 毎日、家庭教師をつけ、エリートに育て上げるべく、英才教育をしている。


「ユウカちゃんは、海外旅行とか、行ったことないの?」

「そんなの、あるわけないじゃん」


 海外どころか、国内でもまともに旅行なんかしたことが無かった。両親が離婚し、母親は、昼はパート、夜は水商売までして、ユウカと佐知を育ててくれたが、貧しさから解放されたことなど一度も無い。


 社会科で日本が先進国だと知った時は、この国に生まれてよかったと思ったけど、給食費すら払えずにいじめられた時、何かが違うと気付いた。

 日本に生まれても、みんなが幸せになれるわけじゃない。みんなが、先進国の暮らしを満喫できるわけじゃないのだ。


「へえ。中国人の金持ちは、子供の教育に、すっげえ金をつぎ込んでるんだな。半端ないな」


 テレビの中で家庭教師に教わっている男子は、目が輝き、生き生きとしていた。将来の夢を聞かれても、はっきりと「中国共産党の幹部」と答えている。


 ユウカは、同年代の頃の自分と比較して、恵まれすぎている男子が憎たらしく見えてきた。

 自分も、これだけの教育を受けさせてもらえていたなら、こんな世界で暮らすことは無かったのにと、奥歯を噛みしめる。


「どうしたの、ユウカちゃん。怖い顔して、テレビを睨みつけちゃってさ」


「いや、別に。なんでもないわよ」


 チャンネルを変えようと、リモコンに手を伸ばした時、左腕に激痛が走った。そっと、さわってみると、上腕がパンパンに腫れあがっている。

「ユウカちゃん、大丈夫? なんだか、汗だくだし、顔色も真っ青だよ」

 ユウカは、痛みに耐えきれず、ベッドに倒れ込んだ。

「も、もう……。あなたのせいだからね。何もしてくれない、あなたが、いけないのよ」

 ユウカは、肩で息をしながら、時田を睨みつける。


「左腕のキズが、悪化したんだね? 病院に行けるようにしてあげるから、もうちょっと、辛抱してよ」

「もうちょっとって、どれくらいよ? いったい、いつまで待てばいいの?」

「あと、ちょっと……。オレが、井出フラグを仕留めるまで」

「はぁ? どういうこと?」


「オ、オレ、決めたんだ……。オレの人生を無茶苦茶にして、ユウカちゃんの体をこんなふうにした、井出フラグを、絶対に許さない。だからオレ、あいつを殺すって決めた。ユウカちゃんの恨みの分まで、オレが果たしてきてあげるから」

「……うん……。それで?」


「そのあと、自首する。そして、ユウカちゃんをこの部屋に監禁していることも自白するから、それまで、待って。あいつを殺すまで、オレは捕まるわけにはいかないからさ。な?」

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