第35話 ミス・ハナの写真
♰
畳敷きの部屋には、よく日が差し込んできていた。窓が閉まっているので、外よりもかなり暑くなっていて、湿度も高い。
そんな部屋の中、銃弾で焦げた畳の穴を眺めたまま、芽衣は固まっていた。額から噴き出る汗が止まらない。
「……い、井出フラグって……いま、そう言った?」
思わず聞き返した言葉に、立花が頷く。
芽衣は、秋葉原駅に向かっている時のフラグとのやり取りを思い出す。
あの時、アリバイ屋を暴くという芽衣の冗談に、フラグは語気を強め、邪魔する者は排除すると言った。
あのフラグが、この部屋で、立花の姉を撃ったというのか。
その事実は、案外すっと入ってくるのだけど、一歩間違えば、自分が被害者になっていたかもしれないと、背筋に冷たいものが走る。
「ねえ、お願い。お姉ちゃんを助けてよ。発砲事件を暴露する記事を書いてくれないかな」
見ると、立花は瞳に涙を浮かべていた。
「そ、そんな……だって……」
あの時、芽衣に向けられたフラグの顔は、まるで凶悪犯のようだった。
フラグの犯行を記事にすれば、フラグが警察に捕まる前に、芽衣は襲われるだろう。なぜなら、芽衣の個人情報は、フラグに知られてしまっているのだ。
そして、逃げても、きっと居場所を突き止められる。フラグの情報網は、恐ろしいほど緻密で広い。
やはり、立花の望みを叶えてあげることはできない。
「ゴメンなさい、立花さん……。やっぱり、無理だわ。私には、それはできないよ」
可哀そうだけど、命を懸けてまで助けてあげる義理もない。
「そ、そう……そうなんだ……。やっぱり、ダメなのね……」
立花は俯き、スマートフォンを触り始めた。頬に、一筋、涙が伝っている。
憐れに思いながら立ち尽くしていると、ポケットに入れていた芽衣のスマートフォンが震えた。
「約束だったから……それが、数学者の写真よ……」
立花は、そう言って顔を手で覆う。
芽衣は、はたと閃くように、立花の言った意味を理解した。そして、スマートフォンをポケットから取り出してみると、案の定、立花からのメールが届いている。どうやら、立花はミス・ハナの写真を送ってくれたらしい。
協力してあげられないから、もらえないものと諦めていたのに、立花は約束を守ってくれた。
メールには、二つの画像が添付されていた。淡々と、一枚目の画像を開く。
JSRAの食堂なのか、テーブルの上に、ビールの瓶や大皿が並び、清掃のスタッフがそれらを片付けている。
周りに立っている男たちは、皆赤ら顔で、何か懇親会のようなものがお開きになった直後と思われる。
その写真の中心に、こっちを向いている、ショートボブの女がいた。
JSRAの研究者の中で、女性と思われるのはその女だけだったので、おそらくそれがミス・ハナなのだろうけど、画像が小さく、ピントも合ってない。
二枚目を開く。
こちらは、同じショートボブの女のアップだった。
「えっ!? な、なんだコレ!? ど、どういうことっ!?」
芽衣は、思わず声を上げていた。
そして、そのまま呼吸をするのを忘れて、息が詰まりそうになる。
なにがどうなっているのか、思考が止まってしまって、全身が震え出す。それが抑えられず、ついには、握力まで奪われて、スマートフォンを落としてしまった。
畳の上に落ちた芽衣のスマートフォンの画面に、フラグと瓜二つの女が映っていた。
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