第34話 母はどこに?
フラグを優先的に施術すると言う父は、あの時と、同じ目をしていた。
「親父が研究所長だから、ボクには、特権があるということか?」
フラグが聞くと、父は呆れたような顔をして、口を開く。
「そうだ。患者を選ぶのは、私だ。誰を選ぼうとかまわない。私には決定権がある」
「なんだよ、それ。公私混同じゃないか。そんな特権、いらねえよ……」
フラグは、父から目を逸らし、吐き捨てるように言った。
エゴイストの権化のような父のことは、昔から好きでは無かった。
だから、家を出て、一人暮らしを始めた。
父のことが嫌い過ぎて、なぜ、エゴが生まれるのか、動物学的な観点から調べはじめた日のことが懐かしい。
結論は出ている。
人間より、日本人、日本人より家族……助けたいと思う気持ちは、血のつながりが濃いほど強くなる。
だから、根本的にあるところは、ある意味、当然のことだった。
ただ、父は、個性として、それが強すぎるだけなのだ。
「生意気な口をきくな。私を誰だと思っているんだ? JSRAの所長だぞ。私が、ここまで成果を出し続けて、JSRAを大きくしてきたんだ。私だから、国からの助成金もあれだけの額が出ているんだ。その私が、自分の患者を選んで、何が悪い」
父の鼻息が荒くなった。目つきは、さらに険しくなっている。
その時、事務所のドアを叩く音が鳴った。
「失礼しまーす! 所長、中におられますか?」
父は、事務所の方に振り返って、「おう、江頭くん、こっちだ。こっちにいるよ」と、訪問者を手招きした。
寝室に現れたのは、黒いスーツを着て、マッシュルームのような髪型をした男だった。足が悪いのか、杖をついている。
「こいつが、せがれのフラグだ。じゃあ、江頭くん、よろしく頼むよ」
「承知しました。あとは、我々に任せてください」
江頭と言う男に続いて、若い男が二人、担架を持って入ってきた。どちらもJSRAの作業着を着ている。
「ちょ、ちょっと待ってくれ、親父!」
フラグは、作業員たちと入れ替わりで出て行こうとする父を呼び止めた。
「なんだ、どうした? 手術が怖くなったのか? オマエらしくないな。オマエは、そういう恐怖とかの感情を持ち合わせていないのかと思っていたんだが」
「ちがう。聞きたいことがあるんだ」
フラグは、担架に乗せようとする作業員の手を跳ねのけ、ベッドの淵に座る。
「おふくろは、今、どこに住んでるんだ?」
フラグの中にずっとあった、モヤモヤとした疑問だった。
「ん? どういう意味だ?」
父の顔が引きつった。警戒心が宿っているように見える。
「今でも、親父は、おふくろと一緒に住んでいるのか? こないだ、マンションに帰ったけど、誰もいなかったんだ」
フラグの母は、パートを辞め、専業主婦になっている。だから、普段は家にいるはずだった。
「しかも、テーブルにほこりが被ってた。あれは、二、三日で積もるような量じゃない。何週間も、誰も住んでいなかったように思えた……」
この時、父の目が泳ぐのを、フラグは見逃さなかった。
やましいことが無ければ、そんなことにはならない。
「ああ……ブレミアの発表前で、忙しかったから、私が研究所に泊まり込んでたんだ。あいつにも、お願いして、研究所に来て、食事を作ってもらったりしてた。それが、どうかしたのか?」
「おふくろが、研究所に? 本当か? 今も、いるのか?」
フラグは、母のことが心配になった。
いくら研究が忙しくて、家に帰れないからといって、普通、奥さんを呼び寄せて身の回りの世話をさせたりするだろうか? しかも、一日や二日ではなく、数カ月以上も、そんなことを続けさせるだろうか?
常識的に考えて、そんなことはありえない。
だとしたら、母は、一体……。
マッシュルームの前髪を揺らして、江頭が顔を近づけてきた。
「フラグさん、所長の言っていることは、本当だよ。私も所内で見たんだから、間違いない。さ、担架にのってください」
江頭に口を挟まれているうちに、父の姿は見えなくなっていた。
右ひじの関節が、再び痛みはじめた。
フラグは、父に、何かを隠されているような気がした。
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