第31話 発砲事件
外階段を上り、二階の一番奥の部屋の前に着くと、立花はズボンのポケットから鍵を取り出して、鍵を開けた。
「ここは、私のお姉ちゃんの部屋なんだ。どうぞ、入って」
玄関のすぐ横がキッチンだった。設備は古いが、小綺麗にしてあるので、清潔感はある。
小さなキッチンの奥に、たたみの部屋があった。万年床のような布団は、ついさっきまで、誰かが寝ていたかのように、抜け殻の形をしている。
「ここ、ここ。ここを見て」
立花は、窓際の床を指さした。たたみに穴があいて、穴の周囲が焦げている。
「これが、発砲事件の証拠。お姉ちゃんが撃たれたの」
「えっ? あ、あなたのお姉さんが撃たれたの!? は、発砲事件って、そういうことだったの?」
「そうよ。びっくりした? ふふふ。でも、お姉ちゃんは有名人じゃないんだよね、残念ながら」
立花が、悲しそうに笑う。
芽衣は、事情も知らずに冷血な宣告をしてしまったことを後悔したけど、かといって、やはり自分の仕事の範疇でも無いし、話を聞いてあげることぐらいしか、できそうもない。
「そ、それで、お姉さんは? 大丈夫? どこにいらっしゃるの?」
「知らない。ここには、もういないよ。昨日の夜中に、連れて行かれちゃったんだ……」
「う、撃たれて、拉致されたってこと? しかも、発砲事件って、つい、数時間前にあったってこと?」
「ううん。撃たれたのは一週間も前」
芽衣は、混乱した。一週間前に撃たれて、昨日の夜中に連れ出されたというのは、どういうことなのか、想像もつかない。
「その間ずっとここで、銃撃犯に監禁されてたってこと?」
「ううん、違う。傷が浅かったから、お姉ちゃんは、この部屋で、静養してたの」
「撃たれて静養って……。病院には行かなかったの?」
「行ってないよ。私達姉妹は、貧乏だから、健康保険に加入してないの。いつも、自力で治すしかないんだよね」
立花は、さらりと言ったけど、芽衣は、日本の底辺に、そんな生活をする人がいるとは、信じられなかった。立花を見る目が、同情の色に変わっていく。
「そ、それで、静養中に、犯人が再び現れて、連れ去られたのね……」
言いながら、発砲事件のあとの警察の捜査がどうなっていたのか気になった。捜査の順位付けに、被害者の生活レベルが考慮されていたとしたなら、大問題である。
「違うよ」
「えっ?」
「お姉ちゃんを撃った人と、連れ出した人は、別の人よ。連れ出したのは、お姉ちゃんの、元お客さんみたい。前に、キャバクラで働いていたから」
一週間のうちに、たまたま、関連の無い二つの事件が、立花の姉の身に起こったということらしい。ついていないとしか言いようがなく、哀れむように立花を見やると、立花が話を続けた。
「なぜか、その人、精神がおかしくなったみたいに、取り乱してたらしくて、駆け落ちするって言って、眠っているところを連れ出されたみたいなの。だから、私、お姉ちゃんを助けたくて、取り戻したくて、あなたに連絡したのよ。あなたくらいしか、頼れそうな人、知らないからさ」
芽衣は、自分よりも、頼りになる機関のことが気になった。
「警察は? 警察の捜査はどうなってるの?」
「そんなの、言っても信じてもらえないだろうし、家出とかで処理されるだけだから、意味無いじゃん」
「違うわよ。撃たれた方のこと。警察には届けたんでしょ?」
「ううん、そっちも、届けて無いけど」
「な、なんでっ!? 拳銃で撃たれたんでしょ? そんなの、すぐに届けないと」
「私もそう思って、お姉ちゃんに言ったんだけど、仕返しが怖いから、嫌だって。撃ったのは、裏社会の人間らしくて、通報したら、妹の私にまで、被害が及ぶからって、黙ってたみたい」
やはり、発砲事件は、裏社会の人間が起こしていた。
「だから、マスコミが勝手に嗅ぎつけたことにして、暴露してほしいの」
「そ、そんな……私に頼られても……」
「マスコミが動けば、警察も動くでしょ。銃撃されていたって方が、センセーショナルだし、連れ出した男も、恐れをなして、お姉ちゃんを解放してくれるんじゃないかなって、思ってさ」
芽衣は、立花に同情しつつも、面倒なことに巻き込まれたとため息をつく。
どう考えてもサイエンス班のネタではないし、裏社会の取材は、危険なわりに、その記事がバズることも少なくて割に合わない。
ミス・ハナの写真は手に入れたいけど、立花の期待に応えられる気がしなくなった。
「で、その発砲した犯人の方は、裏社会の人間っていう以外に、なにか、情報はあるの?」
聞きながら、きっと、情報は持っていないだろうと踏んでいた。それを理由に、「取材のしようがない」と言って、依頼を断るつもりである。
「ああ、本名かどうかは知らないけど、お姉ちゃんが呼んでた名前ならわかる」
芽衣が顔を上げると、立花と目が合った。
「井出フラグっていうらしいわ」
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