第30話 久しぶりの連絡

    ♰


 雨上がりの朝、スマートフォンが震えたので、芽衣が確認すると、立花佐知からの着信だった。

 最初に取材してから、連絡を取っていないから、ひと月ぶりだろうか。JSRAに関して、何か重大なことを思い出したのかもと期待して出たけど、違った。


 特ダネを買ってくれないかと、持ち掛けてきたのである。

 立花は電話の向こうで声を潜め、まだ、明るみになっていない発砲事件があると言った。


「立花さん、残念だけど、そういう事件は、犯人か被害者が有名人じゃないと、世間の興味をひけないから、お金は払えないわ」

「なんで? でも、未解決事件なんだよ? あなた、そういうのに、興味があるんじゃないの?」


「ただの発砲事件ですよね? 暴力団や反社集団なんかの事件だったら、そっちの裏付け取材をすることの方が厄介で、記事にしてまとめるのが大変なんです。しかも、たとえ記事に出来たって、話題にもならないだろうし」

 しかも、芽衣が所属するサイエンス班の範疇でもない。


「そ、そんな、ものなの? 難しいね。マスコミって、何に興味があるのか、私には、ぜんっぜん、わかんないわ……」


「ごめんなさいね、他に何もなければ、切りますけど?」

「ちょっ、ちょっと待って。切らないで。他にも、ネタがあるから……」

 慌てた様子の立花だったけど、芽衣は、期待もしないで、スマートフォンを持ち変える。


「世間で話題の、あの謎の天才数学者の写真を持ってるんだけど、いらない?」

「えっ? なになになに?」

 芽衣は、聞き間違えてはいまいかと、スマートフォンを耳に押し付ける。

「だ・か・ら、JSRAにいる、謎の数学者の写真よ」

「う、うそっ!? そ、それって、ミス・ハナのこと? あなた、彼女の写真を持ってるの?」

 芽衣の班が追っているわけではないけど、それが貴重な情報だというのは知っていた。

 手に入れば、スクープになる。日南は、きっと喜ぶだろう。

 疑惑が晴れた日南は、芽衣の中で、元の憧れの先輩に戻っていた。

「そうだよ。欲しい? あげてもいいけど、お金じゃ売らないよ。条件があるんだけど」



 芽衣は、電車を乗り継いで、立花に指定されたアパートに向かっていた。

 ミス・ハナの写真と引き換えに、未解決の発砲事件について、話を聞いてほしいと言われたからである。


 築何十年も経っていそうなオンボロの二階建てアパートの前に、立花がいた。スエットの上下を着て、化粧っ気もない。

「お久しぶり」

「ごめんねー、呼び出しちゃって。でも、来てくれて、ホント、うれしいよ」


 立花は、笑っていたけど、少し、顔がひきつっているようにも見えた。

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