第26話 秋葉原インタビュー

 クローン人間を生成したという噂と、ミス・ハナの存在、それに、記者発表した『ブレミア』を使った人工脳技術が、それぞれどう絡み合っているのかを知りたい。


「ああ、ミス・ハナは、ただの研究所の所員だよ。まだケツの青い研究者だ」

 芽衣よりも先に、フラグが質問し、フラグの父は、それに答えていた。


「ただの? じゃあ、なんで世間が騒いでるんだ? マスコミが嗅ぎつけて、ボクのところにまで探りに来たんだけど」


 フラグの父が、芽衣の方を見てきた。

 フラグは、日南のことを言ったんだろうけど、フラグの父は、勘違いしているらしい。


「それは、ミス・ハナが、AIロボットじゃないかっていう、根も葉もない噂のことか? フラグは、あんなくだらないデマを信じているのか? オマエほどの男が」

「ボクは、信じちゃいない。ただ、こんなに騒がれてるし、その可能性はあると思っている」


 フラグの父は、ため息をついて、一口、コーヒーをすすった。

 アイスコーヒーに刺さったストローを回しながら、フラグは、父の様子を窺っている。


「なあ、フラグ。ミス・ハナが、何をしたのか、知ってて、言ってるのか?」


 芽衣は、テーブルの下で、スマートフォンをタップし、録音を開始した。

 許可を取っていないけど、それも含めて、いつものやり方だった。見つかって、怒られたら消去すればいいという、田宮からの直伝の方法である。


「九十年間も立証できていなかった数学の未解決問題を解いた。世界で初めて証明することに成功した」

 フラグが面倒くさそうに答えた。


「その通りだ。前例のないロジックで、証明したんだ。AIの技術で、それは不可能だよ。オマエも知っているだろうけど、AIは、前例をデータベース化したものから推測して、判断することしかできないんだ」

 フラグの父曰く、AIは、過去の事例から類推は出来ても、創造はできないということらしい。

 それに納得したのか、フラグは、頷きながら、アイスコーヒーを吸った。


「ミス・ハナは、正真正銘の人間だよ。人前にでるのが苦手な若手研究者だ。がんばって追いかけても、大した記事にはならない。ただの恥ずかしがり屋を、表にさらすだけで、誰も得しないから、やめておいたほうがいい」


 フラグの父は、芽衣の方を見てきていた。



 フラグの父との面会は、30分ほどで終了した。そのほとんどの時間は、一方的にフラグの父が熱く語った『ブレミア』に費やされた。


 喫茶店から出て、フラグの父にお礼を言って別れる。

 涼しい風が吹き抜けて、風に髪が揺れた。この頃は夕方になると暑さも和らいできていたが、今日は特に涼しく感じる。


「なんだ、キミ、あんなことを追っていたのか。暇だな。全く」

 芽衣がフラグの父の背中を見送っていると、フラグは、呆れたように口を開いた。


 フラグは、芽衣がフラグの父にインタビューした内容のことを言っているようである。

 『ブレミア』の話が落ち着いた後、芽衣は、研究所内で、クローン人間を作ったことが無いか訊ねていた。そんな疑惑があり、事実なら、倫理的にも問題ではないかと。


「なんで? どういう意味? 疑惑を追うのが、私達の仕事なんだから、当然でしょ?」


 ただ、その質問は、フラグの父にはぐらかされたと思っている。そんなことをするわけがなく、もし、あったとしても、ここで、言うわけがないと言われたのである。しかも、笑いながら。


「クローンは技術的には可能なんだ。倫理的にNGなだけだよ」


 フラグは、遠い目をして、歩き去る父の背中を見ていた。


「その倫理的NGをやってるかもしれないのよ。それは、追及しないと、いけないじゃない」


「倫理的な違反は、人を不快にするだけだ。知って、誰が得をするんだ。広告収入が入る、キミたち、メディアだけだろ。敢えて暴かないという手だってある」


 芽衣は、フラグの意見にイラっとした。ちょっと当たっていそうなのが、悔しい。

「あなたのことを暴こうとしたら、どうかしら。アリバイ屋だって、倫理的にNGの仕事よね?」

「やりたかったら、やればいいさ。キミの会社の収入になるんだろ? それは、自然の摂理だよ。ほとんどの動物は、自分さえよければ良いというモラルの中で生きているんだ」


 フラグは、駅に向かって歩き出した。芽衣も、ついていく。

「それを超越できたのが、人間であり、人間は、自分以外の他者を気遣うから、食物連鎖のピラミッドの頂点に立てたんだけどね」


 フラグが立ち止まって、芽衣の方に振り返った。イラついているのか、右手を激しく震わしている。


「ただ、覚えておくがいい。人間も含めて、動物には、自分の邪魔をするものを排除しようとする本能が備わっている。キミの動き次第で、ボクは、望んでいない行動をしてしまうかもしれない」


 フラグの顔は、切れ者の学者のようにも、冷血な凶悪犯のようにも見えた。

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