第五章 『ブレミア』

第22話 待ち望まれた医療技術

 文部科学省が管轄する戦略的研究機関JSRAジェイスラは、筑波学研都市にあった。東京ドーム三個分の広さがあるという敷地の南端に、全面ガラス張りの四号館があり、その一階ホールに、野崎芽衣は初めて入った。


 JSRAの最新の取り組みが記者発表されるということで、ホールにはパイプ椅子が並べられていた。

 普段は、材料メーカーや装置メーカーとの商談スペースになっている場所らしい。壁沿いに、JSRAの年表が掲げられ、その下に、各年代の代表的な成果物が展示されている。


 ナチュラルウッドを多く使って洗練されたデザインの空間は、研究所というよりは、オフィスという表現の方が近いのかもしれない。


 芽衣は、想像していたよりもカジュアルで、おしゃれな雰囲気に拍子抜けしていた。


「なんか、イマドキのショールームみたいだな。ここに、こんなに金をかけるんなら、一般開放してくれればいいのにな」

 隣に座った田宮は、芽衣の抱いた印象をそのまま言った。


「そうすれば、芽衣ちゃんの件も、不法侵入にならなかったのにな」

「ちょっ、ちょっと、やめてくださいよ。あれは、冤罪……いや、勘違いだったんですから」

 芽衣は、声を殺しながら、田宮の腕を引っ張った。


「ははは、ゴメンゴメン。編集長だったな、不法侵入の犯人は。よかったな、アリバイ工作が、上手くいって」


「ちょっとっ!」


 芽衣は、田宮の口を塞いだ。顔を避けようとする田宮の頬をしっかりと掴み、押し付けるようにして、鼻まで塞ぐ。


「うっ……うぐっ……ぐっ……」

 苦しそうにする田宮を見ていると、このまま殺したくなる。


 尊敬する先輩の日南をたぶらかして、愛人にしているのが許せない。

 しかも、DVの疑いまである。


「……うっ……うっ……。コラッ!」

 田宮が、芽衣の手を引きはがした。


「はぁ、はぁ、はあ……苦しいって、もう……。芽衣ちゃん、力入れすぎ」

 田宮は、眉を垂らして笑ってはいたが、口元は引きつっているようにも見えた。




 最後に会場に入ってきた総白髪の老紳士は、JSRAジェイスラの研究所長だと、自己紹介した。作業着を着ているが、話しぶりに知性が染み出している。


 その所長による記者発表が始まると、会場がどよめいた。

 痴呆症ちほうしょう、知的障害、脳梗塞や、脳出血の後遺症に対する画期的な治療方法を開発したというのである。

 臓器に対してその機能を補助したり、代行したりするものに人工臓器があるが、今回の発明は、脳を補助する人工脳じんこうのうであるという。


 人工脳施術じんこうのうせじゅつ――AI技術を応用して開発されたニューラル・チップセット『ブレミア』を頭蓋骨の内側に埋め込み、神経回路と繋いで、脳機能を補助する。

 三年後の施術許認可取得を目指し、近々、治験を開始するとのことで、この施術を応用すれば、将来的には、脳死に対しても、蘇生できる可能性があるという。


 会場がざわついたまま、記者発表は、あっという間に終わった。


JSRAジェイスラが、倫理的にヤバい研究をしているっていう噂になったのは、このことだったのか? めっちゃ、待ち望まれている医療技術じゃんか」


 放心している田宮の横で、芽衣はそんなはずはないと考えていた。

 それでは、JSRAの厳重な警備や、不法侵入に対する執拗な捜査の理由が説明できない。

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