第四章 ミス・ハナの偶像

第16話 後輩の飯島

 野崎芽衣が事務所に戻ると、田宮の姿も、日南の姿も無かった。二人とも、まだ、取材に出かけていることになっているらしい。

 今日もどこかで逢引きしているのではないかと、芽衣は訝しんだ。


 事務所に居て、いやが上にも存在感を示しているのが、ぽっちゃりとした、編集長の置田だった。ITベンチャー企業からヘッドハンティングされたみたいだけど、今のところ、能ある鷹が持っているという爪は披露されていない。

 芽衣は、そんな置田のデスクの前に立った。


「編集長、今、少し、お時間をいただいてもよろしいですか? JSRAジェイスラの取材について、お話ししたいことがございまして」


 全身がまんじゅうのように丸みを帯びた編集長の置田は、芽衣の方に顔を向けることも無く、軽くあしらう。

「今? もうすぐ会議があるから、無理だよ。会議の後にしてくれる?」


 置田は、ノートとパソコンを重ねて脇に抱え、そそくさと棒立ちの芽衣の横を通りすぎる。不自然にも聴こえるバタついた足音は、忙しいことをアピールしているのだろう。


 芽衣は、クローン人間を生成して研究しているかもしれないという、センセーショナルな内容も報告したかったけど、それ以上に、確かめたいことは別にあった。


 以来、ずっとモヤモヤしている。

 ひょっとしたら、置田は、それを察知して逃げたのかもしれない。



 席に戻る間、芽衣は、舌打ちしたくなる衝動を抑えていたけど、憎々しく思う気持ちを顔に出してしまったらしい。

「芽衣さん、怒り心頭ですね。顔に出てますよ。大丈夫ですか?」

 UMA班の新人記者である飯島から、からかうように言われた。飯島は話し好きなので、気分転換をするには、丁度いい。

 芽衣は、飯島の隣のあいた席に腰かける。


「変なこと言わないでよ、飯島君。あなたこそ、なんか、疲れてそうだけど、大丈夫?」

 軽い気持ちで言ってみたら、意外にも、飯島の表情がどんよりと暗くなった。

「仕事の量が多すぎて、大変なんすよ」

 よく見ると、飯島は頬がこけ、やつれている。さらに、うっすらと無精ひげも生え、何日も着替えてないようなほど、着ている服はヨレヨレだった。


「彼女とかいるでしょ? 炊事とか、洗濯とかしてもらえばいいのに」

「えーっ!? そんなこと、本気で言ってます? そんなのいるわけないじゃないっすか。いたら、当然、その辺りの協力、お願いしてますよ。取材活動が、ピークですし」

 意外だった。仕事もそこそこできるし、顔もそこそこいい飯島には、当然、彼女がいると思っていた。


「そっか、それは、精神的にも、つらい状況ね。ふふふ」


「芽衣さん、いい女性ひといたら、紹介してくださいよ。ほんと、至急、欲しいっす。彼女」

「そ、そうねえ……」


 芽衣は、悩むふりをしつつ、少しイラっとする。

(私だって、彼氏募集中なのに……。っていうか、飯島君、私のことは、まるで眼中にないのね!)


 そんなことを考えていると、ふと、不倫する日南の顔が頭に浮かんだ。

 芽衣は、日南に不倫をやめさせたかった。不倫現場を目撃してから、芽衣の日南を見る目が変わってしまっている。できるなら、昔の、憧れの先輩に、また、戻ってほしい。


「そうだ。あなたの上司なんかは、どうなの? 日南さん。フリーのはずだけど」


 飯島がきっかけをつくれば、日南の目が覚めるかもしれないと期待した。

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