第15話 変貌、凶暴化
明るくなったフラグの表情から察するに、本当に、それが今回の依頼なのだろう。ユウカには、意味がわからなかったけど、簡単なことでお金がもらえそうで、ほっと胸を撫でおろした。
「そのケーキは、ある女が買って持ち込んだもので、その女は、オマエが彼氏と喧嘩したことを聞いて、居ても立っても居られずに、慰めにやってきたということにしてほしいんだ」
「女がやってきたことに? え? え? 誰が?」
「前回の案件で、病院に見舞いに来た女がいただろ? 覚えてるかい? あの女さ。柴田日南って言うんだけど、そいつは、ずっと前から、オマエの友達なんだよ。言ってる意味、わかるよね?」
「つまり、うちは、その日南って女と友達だったってことにするのね。で、先週の日曜は、その女といたってことにすればいいと」
「さすがだね。理解がはやい」
「そんなの、全然問題ないけど、うちが、誰かにそれを証言するわけ? そいつを騙せばいいってこと?」
「最悪はね。でも、オマエが証言しなきゃいけなくなるような状況にはさせないつもりだよ。その前に、タカアシガニを納得させる」
「タカアシガニ?」
「あ……。あぁ、それは、騙す相手のコードネームだ。関係ない、忘れてくれ。そいつがオマエのとこに押し掛ける前に、納得させるっていうことが言いたかったんだ」
「へえぇ……。どうやって、納得させるの?」
「そうだな……うーん……。なんか、柴田日南が来た、証拠になるものとかないのかな。慰めに来てるのに、記念写真を撮るのは違和感があるし……」
ユウカは、立ち上がって、キッチンに向かった。
「これは?」
ユウカが拾い上げたのは、ケーキの空き箱だった。製造日は先週の日曜になっている。
「その日南とかいう女が、ケーキの残りを持って帰って、家で食べたことにすれば? ここの近所のケーキ屋さんだし、証拠になるんじゃない?」
フラグが、パチンと指を鳴らした。
「なるほど、いいね。それ、もらって帰るよ」
前回に比べて、拍子抜けするほど、楽なミッションだった。
ケーキの箱を畳んで、紙袋に入れて渡すと、フラグは帰り支度を始めた。
「ちなみに、オマエのことだから、今、付き合ってる彼氏も金目当てなんだろ? なんで、そんな男と喧嘩して、むしゃくしゃしたんだ?」
「初めはそうだったけど、なんか、情が移っちゃったのかな……。そういえば、最近は普通のカップルみたいに、なってきたのかも」
「オマエらしくないな。オマエは、四六時中、詐欺師でいる方が、似合ってるのにな」。
(なにそれ)
「はい。今回の報酬」
フラグが、白い封筒を渡してきた。
一万円札が二枚入っていた。
「なに、その目? 少ない? 今回は、楽だったから、そんなもんでしょ? 次は、もっと危険なミッションを持ってきて、稼がせてあげるから、期待して待ってて」
ユウカの中に、不安がぶり返してきた。次回のミッションを想像したくもない。
「ねえ、今回限りにしてくれない? うち、もう、やりたくない」
「なに? なんで? お金に困ってるだろ? これまでも、たっぷりと報酬は渡してきたつもりだけど……」
「やりたくないの。人から金をだまし取るのに、体を張って、命の危険を冒してまでするは、うちの性に合ってない」
「なんだ、それ?」
フラグの目が、ナイフのような鋭い凶器に変わっていた。
「もう、これ以上は……」
ユウカが次の言葉を言いかけた時、フラグは、履きかけの靴を脱ぎ捨て、ユウカを押し倒した。
「ふざけたこと、言い出すんじゃねえ」
ユウカは、尻もちをついたが、さらに、両肩をつかまれて、床に押さえつけられる。
「やめたいだと? 詐欺を、か!? それとも、ボクと組むのを、か!?」
フラグは、鼻先にまで顔を近づけてきて、唾を飛ばしながら激高した。
「前者のわけがない。オマエは、この先、死ぬまで詐欺師だ! ボクにはわかる。ボクと、組むのを辞めたいのか? なぜだ? なぜ、ボクと組むのをそんなに、嫌がるんだ!?」
動揺してしまって、言い返せないユウカの頬に、ぽたりと、水滴が落ちた。
「彼氏を見つけ出して、オマエが詐欺師だってばらすぞ。オマエの妹にもばらすし、妹には、それ以上の仕打ちも……」
フラグは、瞳を潤ませていた。ただ、歯ぎしりする音が聴こえるほど、怒っている。
「やめてっ! わかったから、もう、わかったから!」
「なにが、わかったんだ!? オマエは、ボクのことを、なんにもわかっていない。わかろうともしてくれないくせに、ウソをつくな! この詐欺オンナ!」
ユウカは、肩を揺すられて、何度も何度も、床に頭をぶつけた。
意図してやられているとはじめは思ったけど、肩を掴んでいるフラグの手は、ガタガタと震えているようでもあった。
「もう、いいっ!」
フラグが上体を起こしたかと思うと、ユウカの額の真ん中に、ひんやりとしたものが当たった。
銃口が突きつけられていた。
「こ ろ す」と、かすかに聴こえた気がした。
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