第14話 エピソードを売る人、買う人

 窓の向こう、遠くの方から、高架を走る電車の音が聴こえてくる。

 いつもは気にならないのに、今日は、街の喧噪も混ざって、不快な騒音として耳についた。


「なに、つっ立ってんだ? オマエも座ったら?」

 ラグの上で胡坐をかいたフラグは、眉尻を下げ、自分が家の主でもあるかのように、ユウカに言った。


 ユウカは、本当は、縁を切りたかった。

 フラグに付き合うと、体がもたない。いつか、死んでしまうかもしれないという、不安にも襲われる。

 今回も、車に飛び込めとか、二階から飛び降りろとか、そんな体を張らなければいけない依頼だったら、やりたくない。


 ……でも、きっと断れない。


 ウソか本当かは、わからないけど、フラグから、「人を殺したことがあるんだよ」と言われたことがあった。

 なんのためらいも無く、人を殺せるとも言われた。


 ユウカは、それが、フラグからの警告だと受け止めた。

 いつでも、オマエを殺せるんだという、絶対的な支配を宣言するような警告。


 ユウカは、そんな恐怖に縛られつつ、フラグの前に腰を下ろした。


「オマエ、先週の日曜の昼は、何してた?」

 ユウカが座ると、すぐに、フラグは質問をしてきた。

「なんか、嬉しかったこととか、悲しかったこととかが、起こらなかった?」


 ユウカは返事が出来ない。何を探ろうとしているのか、それが、今回の依頼とどんな関係があるのかがわからない。ただ、丸くなって黙ってしまった。


「そんな、おどおどした目でボクを見るなよ。ボクは、そんな目で見られるような、悪い男じゃない。オマエに仕事を斡旋してあげているんじゃないか。金がいるんだろ、オマエは」


 確かに、お金が欲しい。佐知の借金の完済までは、まだまだ足りていない。

 見透かされているのが、悔しいし、怖くもあるけど、どうせフラグから逃げられないのなら、依頼を受けて、報酬を得た方がいい。


「もう一度、聞くけど、先週の日曜の昼間、どこで、何をしてた?」

「そ、そうね、確か、日曜日は……」

 キッチンのゴミ入れから飛び出しているケーキの箱を見て、思い出した。


「そっか、日曜は、ケーキを買ってきたんだ。その前の日に、彼氏と喧嘩したから、むしゃくしゃして、ケーキを何個も……バク食いしてたわ」


「ほう。おもしろいね。いいじゃないか、それ。求めていたものと、とても近いよ」


 何かを思案してるのか、少しの間があいてから、フラグが続ける。

「そのエピソード、売ってもらってもいい?」

「へ? エピソードを売る? どういうこと?」

「いや、大したことじゃない。そのエピソードの一部を修正してもらうだけでいい。それが、今回の依頼なんだよ。報酬も出すから」

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