第10話 ローン人間と不倫人間
「最後にもう一つだけ、すみません。何でもいいので、気になるワードは聞かれませんでしたでしょうか?」
芽衣は、落胆した様子を見せないように気をつけて、最後の質問をした。そして、大した期待もせず、立花の回答を待った。
立花は、かゆいのか、首筋をかきながら、視線を上にあげる。
「そういえば……。あ、たしか、ローン人間がどうとかとは、しゃべってたよ」
「ローン人間?」
「うん、私も当時、ローンに苦しんでたから、一緒だなって、思った記憶があるもん。ま、ローンは、今でも残ってるけどね。ハハハ」
芽衣の脳裏を、鋭い閃光が横切る。記者の勘なのか、なにか、重大な手がかりが潜んでいるような気がした。
「そ、それは……。具体的には、どのような話だったんでしょうか? 覚えておられたら、教えてもらえませんか?」
「え? そのローン人間のこと? そんなのに、興味があるの? おもしろい人ね、あなた……」
芽衣は、黙って頷き、メモ帳の上に、ペン先をのせた。ジッと立花の瞳を見つめ、続きを話すように目で促す。
「ふふふ。たしか……ローン人間が、二十年経っても問題なく生きてるとか、そんなこと話してたかな。おかしいよね。ローンを組んだ人間は、早死にするとか、統計でも取ってたのかね? それなら、私、めっちゃ、早死にするじゃん」
芽衣は、立花の証言をしっかりと書き留め、取材協力金の入った封筒を渡して、礼を言った。
立花は、封筒の中身を確かめると、「本当に、こんなにくれるんだね! お金くれるなら、協力するから、いつでもおいでよ。じゃあね」と言って、従業員入口から中に入っていった。
芽衣は、書き留めたメモを読み返しながら、立花がトイレで聞いたのは、ローン人間では無く、クローン人間だったのではないかと推察した。
クローン研究でヒト胚を取り扱うことは、人間の尊厳という観点から問題視されており、ましてや、ヒト胚から実際にクローン人間を生成することは、規制法で禁止されているはずである。
(こ、これって、ものすごいスクープなんじゃない? す、すごいスキャンダル、掴んだかも)
立花が
メモ帳を閉じた芽衣は、胸が熱くなっていた。元々、胸の内にあったジャーナリスト魂が、荒々しく掻き立てられている。
(あなたは、今、どこにいるの? 研究所内で生かされているの? それとも、もう、この世に放たれているの? あなた自身は、クローンだという自覚を持っているの?)
スキャンダルの全容を解明してスクープにするという記者としての使命感に、好奇心からくるもっと知りたいという欲求が加わる。
(この件、絶対に、全容を解き明かしてやるわ)
芽衣は、感情を高ぶらせてラブホテルから出る……と、昼間のホテル街を一組のカップルが歩いていた。
見覚えのある二人に、芽衣は、思わず身を隠す。
(え、え、えーっ!? う、嘘っ!? あ、あ、あれって……)
田宮と日南が並んで歩いていた。
腕を組んだり、手を繋いだりはしていないけど、若干、速足になっていて、早くホテル街を抜けたいという思いが伝わってくる。
(田宮さんと、日南さんは、別々に取材に出かけたはずなのに……)
芽衣は、見てはいけないものを見てしまったと自覚しつつ、スマートフォンを取り出し、二人が並ぶ背中に照準を合わせ、そこに向けてシャッターを切った。
記者の性分である。
日南はフリーだが、田宮は妻子を持っている。
激写した光景は、紛れもなく、不倫の現場だった。しかも、平日の昼間、就業時間中に行われた情事で間違いない。
芽衣の中に、一つのキーワードが蘇ってきて、急いでスマートフォンに入力して検索する。
表示された検索結果から、一つの画像を選択して拡大した。
画面いっぱいに映し出されたのは、二匹のカニ。
海底で丸くなるメスの周りに、長い脚で牢屋を作るタカアシガニのオスが映し出されていた。
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