第9話 清掃員の立花佐知
♰
野崎芽衣は、ラブホテルの小さなフロントで用件を伝えると、従業員用の出入り口に回り、ドアが開くのを待った。
トートバッグからメモ帳を取り出し、この一週間の成果を確かめる。
疑惑の渦中にある
ただ、清掃業者は、守秘義務を盾にして、
『立花佐知 二十一歳』
立花は、今は、このラブホテルで清掃員をしている。
「お待たせー。あなたが野崎とかいう人?」
従業員用出入り口のドアが開き、立花が出てきた。上下とも作業着のような服を着ているけど、メイクや髪はギャルめいている。
「はい、わたくし、野崎芽衣と言います。この度は、無理言って時間を取ってもらってすみません」
芽衣は、自己紹介をして名刺を渡しつつ、様子を窺った。
立花は、迷惑そうな顔をしていない。むしろ、少しにやけている。
事前に取材協力金のことは伝えてあるので、そのせいかもしれない。お金に困っていると聞いている。
「なぁなぁ。本当に、お金、くれるんだよね?」
芽衣は、頷きつつ、早速質問しようと、ペンを構えた。
従業員入口は、ホテル1Fの駐車場の奥にあり、昼間でも薄暗い。
そんな雰囲気にもお構いなく、立花はあっけらかんと質問に答えた。
「そうそう。たしか、研究所で一番大きな会議室の横にあるトイレだったんじゃないかな。掃除してたけど、男の人って、清掃員が見えてないみたいに、用を足すのよねー。そんで、先にしてた人が、隣り合った人に話しかけてたのよ」
「その会話の内容は、覚えておられますか? 臨床研究とか、臨床実験とか、そんな言葉は出てきていませんでしたか?」
芽衣は、
それは、動物の本能に関するもので、生後間もない赤ちゃんを使って、臨床実験を繰り返しているのではないかとの疑いである。
事実だとすれば、その実験は倫理違反になる。
1920年、ある心理学者が、赤ちゃんを使って行った実験は、「ベルモント・レポート」で非倫理的実験だったと指摘されているのだ。
「りんしょう? そんなワード、言ってたっけなぁ……。研究の話をしてたみたいで、長期試験とか、検証とかっていうワードは出てたけどね」
「そ、そうなんですね……」
芽衣は、唇を噛む。どんよりと気持ちが沈んだ。
臨床実験の証言を取りたかったのに、空振りに終わったらしい。
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