第8話 震える手

 日南を見送ったあと、ドアのサムターンを回す手が震えて、急に力が入らなくなった。

(まただ……)

 抑えこもうとすればするほど、手の震えは大きくなる。

 フラグは、施錠をするのを諦めて、事務所に戻り、天を仰ぐように背中からソファに倒れ込んだ。


「それにしても、今回の依頼も、日曜日の昼間とは……」


 フラグは二人の関係を妄想する――

 彼氏は、日曜日に仕事をしているのか、忙しくて日南に会えないのだろう。

 日南を好きすぎるだけじゃなく、猜疑心が強く、日南と連絡が取れない時、彼女が浮気しているんじゃないかと疑ってしまうのだ。

 それくらいなら、恋に溺れた人間ならよくあることだが、日南の彼氏は、もっとハードな性癖を持っている。


 会えない時も、彼女を囲い込んで、逃げ出すことを許さない――外出を禁止し、日南を拘束しているのだ――


 それは、発情したタカアシガニのオスの行動と同じだった。


 タカアシガニ――日本近海の深海に生息する、長い脚を持つ巨大なカニ。

 タカアシガニのオスは、発情すると、長い脚で脱皮前のメスを包囲するかのように覆いかぶさる。そのメスを逃がさないように確保し、独り占めするのだ。


 手の震えがおさまってくると、フラグは、パソコンのキーを叩き、保存してあった画像を開く。


 覆いかぶさったオスの脚が、堅牢な檻のようになっていて、その中に、メスのカニが、小さく丸まっている。


「まぁ、あれだけの美人さんだから、ガッチリと捕まえておきたい気持ちもわからんではないけどさ」


 フラグは独り言を言いながら、壁にかかっていたバックレイクのヒップホルスターを取って、腰に巻いた。


「彼女のためになってんのかなぁ……はてさて……」


 続けて、デスクの一番下の引き出しを開ける。

 名刺や領収書でカムフラージュした箱を取り出して、デスクの上に置いた。

 そっと、その箱の蓋を開ける。


 箱の中には、H&K社のオートマチック拳銃『USP』があった。


 フラグは、弾倉を引き開け、パラベラム弾が装弾されていることを確認すると、USPをヒップホルスターに挿入し、ボタンを閉じた。

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