第7話 日南の依頼は、いつも日曜

――日南は、やましいことはしていないと言った。であれば、それを伝えた方がいいのではないかとアドバイスしたのだが、彼女は首を縦に振らなかった。

「そもそも、勝手に出かけることを認めてもらえてないんです」と言う。

 フラグはその告白に驚き、彼氏からのDVを疑ったが、日南の口調は、淡々としていた。

「問題は、そこじゃないの」

 彼氏の拘束があることは受け入れているようだった。それを前提に、話を続ける。

「どうしても出かけないといけなかったアリバイが欲しいんです。その上で、その時の証拠写真が必要なんです」

 そうしないと、彼氏が納得しないと、日南は言った――



「今回も、出かけないといけなかった理由と、証拠写真が必要だということね」

「はい、そうです」


 彼氏とどんな関係なのか、なぜ、そんなに拘束されているのか、フラグは知りたかった。

 前回の依頼の時、真相がわかれば、アリバイ作り以外にも、手伝えることがあるはずだと、説得したが、教えてもらえなかった。だから、きっと、今回も同じだろう。


 フラグは、目の前にいる華奢な美女を救えないことを歯痒く思いながら、今回の依頼内容をメモしていた。


「先生、これって、何かの脳神経ですよね?」


 日南が立ち上がって、ドリーの水槽を眺めていた。


「よく、わかるね。学生の時、親父からもらったんだよ。ボクへの誕生日プレゼントとしてね」


「え? 先生にも、お父様がおられるのですか?」

 日南は、キョトンとした顔をフラグに向けた。


「当たり前でしょ」

「じゃ、じゃあ、お母様も?」

「当然いるよ。ボクをなんだと思ってるんだい? ちゃんとボクを生んでくれた両親がいるし、今も健在だよ」

「すみません、変なことを聞いちゃって。いつも一人でおられるんで……。そ、そりゃ、そうですよね。ははは」


 フラグは、依頼内容をメモしながら、まだアリバイが必要な日時を聞いていないことに気付く。


「ご兄弟は? 何人おられるのですか?」


 顔を上げると日南と目が合い、先に質問された。

「あ、はい……きょ、兄妹はいないよ。残念ながら、ボクは一人っ子です」

「そうなんですね……。じゃあ、ご両親にも、可愛がられていたでしょうね」


「そ、それは、どうだかね……。親父は仕事で、家にほとんどいなかったし、お袋も、ボクが物心ついたときには、パートに出て、顔を合わせることも少なかったからね」


 日南は、また、壁の棚にあるドリーの水槽の方を向く。

「でも、このサンプルは、普通じゃ、手に入らないものですよ。こんなものを、プレゼントしてくれるなんて……」


 確かに、液浸標本えきしんひょうほん(ホルマリン漬け)は、不気味で需要が無いので、市場には出回っていない。ましてや、水槽の中のものは、クローン羊のドリーの脳下垂体なので、その関係者じゃないと、入手できない代物である。


「気色悪い趣味だと思っているでしょ? けど、ボクはそれが好きだし、親父も、そういうのが趣味だったんだろうね。入手するのに、大して苦労はしていないと思うよ」


「苦労していない? お父様は、研究機関か、どこかにお勤めなんですか?」

「ま……まあ、そんなところかな……。それより、日南さん、アリバイが必要な日時を教えてくれない? まだ、聞けてなかったみたいで」


「あ、あ……そうでしたっけ? ゴメンなさい、忘れてて」

 日南は慌てたようにソファに戻り、手帳を広げた。


「あ、そうですね。先週の日曜の昼です。11時から午後3時までのアリバイをお願いします」


 また、日曜の昼だった。

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