第5話 日南とタカアシガニ

 席に着くと、日南と目があったが、「おはよう」とだけ言って、日南は服のことには触れてこなかった。芽衣がフラグのところに行ったことは知っているはずなので、それを察して、気を使ったのかもしれない。


 芽衣としては、日南には、昨日のやり取りを打ち明けて、フラグのことを話題にして盛り上がりたかったんだけど、声もかけづらいほど、日南は忙しくしていた。


 日南は、昨年、芽衣の所属するサイエンス部門を離れ、新設されたUMAウーマ(未確認動物)部門を任された。

 最近はイライラしていることも多く、今朝もそうなのかもしれない。デスクの上には、プリントアウトされたWEBサイトの記事が、乱雑に置かれている。


 日南が「取材したって、結局、UMAウーマなんていないから、記事が弱いのよね」と愚痴るのを、芽衣はよく聞いた。

 成果を出せずに焦っているようだったけど、芽衣から見れば、成果が出ないのは、日南のせいでは無く、そんなテーマの取材班を作った編集長の失敗にしか見えない。


 日南は、ノートパソコンのキーを叩く手が止まったかと思うと、誰かとウエブ会議を始めていた。

 日南の仕事の速さは、社内でも有名である。

 見目麗しいだけでなく、仕事も出来る日南を眺めていたら、芽衣はため息が出そうになり、それに気づいて、息を止めた。


「タカアシガニと一緒だね」


 脳の中が酸欠になりかけた時、突然、フラグの言葉が蘇った。


「飯島くん! キミ、今日までにやるって、言ったじゃない。自分で立てた計画なんだから、ちゃんと、守ってよね」

 ヘッドセットをつけた日南は、モニターの中にいる後輩の飯島に向かって、声を荒げていた。


(タカアシガニと同じって、どういうことだろう……)


 芽衣が日南を眺めていると、日南がタカアシガニに見えてきそうで、頬が緩む。


(ふふふ)


 カニだけに限定して例えるなら、確かに、毛ガニよりは、タカアシガニの方が、日南の印象にあっている。細くて長い手足は、モデルのようだと、ずっと憧れていたけど、カニに限定して当てはめれば、タカアシガニに違いない。


(ははは。いやいや、だからって……ふふふふ)


 笑っちゃいけないと思いながらも、これ以上見ているとこらえ切れなくなりそうで、椅子を回転させて、自分のノートパソコンに向かった。


(いやいや、見た目じゃなかったわよね)


 芽衣が思い返すと、フラグは、日南が相談してきたのことを例えて言っていた。

 タカアシガニと一緒だとしたのは、フラグがファイリングした、日南の案件の分析結果である。


 日南と誰かの愛の帰着が、タカアシガニの習性と一緒だと、フラグは言っていたように思う。


「わかった。飯島くん、じゃあ、来週まで待つわ。だから、家族構成とか、生い立ちとか、調べられるだけ、調べてきて」


 日南がモニターの向こうに指示を出していた。

 会社で働く日南のことしか知らない芽衣は、日南の恋愛事情を知らないし、想像もできない。


「大丈夫よ。UMAウーマの定義を広げたら、いいだけじゃない。編集長にも、許可を貰ってるんだから、これで行くのよ」

 日南は、ヘッドセットを外して、投げ捨てるようにデスクに置いた。そして、立ち上がって、化粧室の方に向かう。


 日南のデスクから、ひらりと、プリントが一枚落ちた。芽衣は、それを拾い上げ、デスクに戻す。

 見る気は無かったが、プリントされたニュースの表題は、自然と目についた。


『九十年前に提示された未解決問題を、謎の日本人女性が証明か!?』


 どこかのWEBサイトの記事みたいだが、芽衣は知らない。

 日南の興味の幅の広さには、毎度、敬服する。


(やっぱり、日南さんが、会社の外で、誰かと恋愛して、問題を抱えているなんて、とても考えられないわ)


 フラグが言った意味を知りたくて、芽衣が、『タカアシガニ 愛 習性』と検索ワード欄に打ち込んだ時、「おーい、芽衣ちゃん、会議、はじまってるぞ」と、田宮が呼びに来た。


 芽衣は、週一の定例会議に出るのを忘れていた。


 ノートパソコンを閉じ、会議室へと走った。

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