第4話 田宮の協力

 ホーホーホッホーと、どこかでキジバトが鳴く朝、芽衣の足取りは、いつになく軽かった。

 いつも通る通勤経路なのだけど、いつもと気分が違う。着ている服が違う。

 マネキンに着せた展示であっても、まず選ばないようなセンスだった。ただ、着る前は抵抗があったけど、上から下まで合わせて鏡の前に立つと、これはこれで有りかもしれないと思った。


 そして、商店街に並ぶ窓に映して確認するうち、最寄りの駅に着く頃には、すっかり気に入ってしまっていた。


「おっ、芽衣ちゃん、おはよう。なんだか、いつもと雰囲気違うね」


 会社に入るなり声を掛けてきたのは、同じ取材班の田宮いたるだった。田宮は、三十半ばの中堅社員で、最近は、芽衣とタッグを組んで取材活動をしている。


「そう? いつもと変わんないけど」

「いやいや。今日の芽衣ちゃんは、なんだか、大人っぽいよ。服のせい……かな? 服のセンスが、いつもと違うような気がするんだけど……」

 田宮の軽口に、芽衣の浮かれ気分はすっ飛んだ。今日一日が危険に晒され続けることを予感して、田宮を廊下の端に押しやった。


「なになになに? どうしたの、芽衣ちゃん? オレに愛の告白? まずいよ、それは」


 田宮は妻子持ちである。冗談なのか、本気なのか分からないこの手のコメントは、いつも、無視するようにしている。だから、当然、ここでも無視。


「田宮さん、この服、やっぱり似合わないかな? いや、似合うでしょ? いつも、こんな格好してるよね、私」

「え? 似合うかどうかは別にして、初めて見るんだけど、その服」

「いや、初めてじゃない。初めてじゃないと、思い込んでよ」

「は? 何それ?」


 芽衣は、昨晩訪れたアリバイ屋でのやりとりを田宮に伝え、この服がアリバイを成立させるポイントなのだと説明した。


「アリバイ屋? そこで、アリバイを作ってくれるように頼んだって? 昨日、そんなところにいったんだ? なんで?」


「田宮さんのところにも、警察、来たでしょ? 私達が取材しているJSRAジェイスラの件で」


 JSRAジェイスラとは、国の戦略的研究機関である。芽衣と田宮は、そこで倫理的に許されない研究が密かに行われているという噂の真相を掴もうとしていた。


「ああ、JSRAジェイスラにどこかのバカな記者が、不法侵入したとかいう件か? 確かに警官が来て、訊かれたな」


「あれ、私なのよ。ちょっと、勇み足をして、JSRAジェイスラの中に入っちゃったの」

「えっ? ウソっ!? マジでっ!?」


「マジよ、マジ。だから、アリバイ工作しようとしてるんじゃないの!」


「そ、そうだったんだ……。それで、アリバイ屋からもらったその服で、どこかの女とすり替わろうってことなの?」


「そうなの。私は、以前から、好んでこの服を着ていたことにしたいの。だから、協力して」


「協力?」


「出張とかで、たまに、この服を着ているのを見かけたとか、そういうことにして。周りが、否定しても、田宮さんは、私の味方をして。ね? お願い」


 もし、不法侵入で捕まったりしたら、会社をクビになって、路頭に迷ってしまう。人生を棒に振る。

 そう転ぶのも、好転するのも、今日一日にかかっている……いや、田宮にかかっていると言っても過言では無い。

 芽衣は、田宮の腕をつかみ、「お願い。ね?」と、甘えたような声で、もう一度言った。

 田宮が納得しているかどうかは、表情からは読み取れなかったけど、頷いてはくれた。

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