第3話 アリバイ工作、いただきました。

 芽衣は、顔が火照ってきて、さすがにフラグの指から、顔を避けた。

 乙女の唇を、なんだと心得ているのか。デリカシーの欠片も無い男である。


 フラグは、動物よりも先に、人間性の方に関心を持って、自身を改善しないといけない。

 そんな説教をしたくなる衝動を抑えて、芽衣は、服の詰まった袋を持って立ち上がった。


「別になめてなんか、いません。すごいなって、マジメに思っていますよ。今回は、段取りしてもらって、ありがとうございました」


「とんでもない。これが、お仕事ですから」


「いや、だとしても、ぬかりなくて、完璧で、さすがです」

 芽衣は出口に向かって歩きながら、本当にそう思っていた。人間性はともかくとして、仕事は出来る男だと、フラグのことを認めざるを得ない。


「あ、ちょっと待って芽衣さん。まだ、が飲んでいたバーの情報を伝えて無いよ」


 芽衣は、フラグに呼び止められ「あ、そっか、確かに」と振り返る。

 フラグは、ジーンズの後ろポケットから、雑に畳まれた紙を取り出して、渡してきた。紙はしっとりとしていて、ヨレヨレである。


「明日にでもその服を着て、そこに書いてあるバーに行ってみてね。警察に聞かれても、淀みなく答えられるようにしておいてください」


 芽衣がヨレっとした紙を、破れないように、慎重に広げると、そこには、”X-BEAMエックスビーム”というバーの名前と周辺の地図が印刷されていた。最寄り駅は、桜田門駅らしく、駅からバーまでの道順を赤いサインペンで引いてある。赤い線の途中には、そこを通過する時間まで記載してあった。


「書き込んである時間は、防犯カメラにが映った時間なので、大体でいいので、頭に入れておいてください」


「なるほど……。ありがとうございます。何から、なにまで準備してくださって」


「いえいえ、これくらいのことは、アリバイ屋を名乗るなら当たり前のことです。偽装するなら、絶対にバレてもらったら困りますから」


「そ、そんなに、私のことを気遣ってくれるなんて……」


「いえ、あなたを気遣ったんじゃないです。けっして」

 フラグは、両方の鼻の穴を大きく開く。


「は? なによ、それ? どういう意味?」


「ボクの商売のためです。一度でもミスったりしたら、信頼が失墜して、誰も依頼してこなくなりますから。ボクが、この仕事を続けるためには、あなたには、完璧にアリバイを作ってもらわないといけないんですよ。警察を上手く騙せたら、また、教えてくださいね」


 フラグは、右手を挙げて、ニッと口を開けて笑った。インプラントかと思うほど綺麗に並んだ歯は、不気味なほど白い。

 キツネ目だけど、大きな涙袋と右目の下にあるホクロが、顔全体の印象を愛嬌あるものに変えている。


 別れ際、手を振ってくれているのかと思ったけど、よく見るとフラグの挙げた右手は、細かく震えているようだった。


 芽衣は、軽く会釈をして、フラグの事務所を出た。



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