第40話 建国
最初に気付いたのは二コラだった。
南門を他の者に任せて、西門の城壁階段を登っていく。
「ミシェル!」
「どうした二コラ?」
西門は敵の数が最も多く、戦闘開始時は外壁を登ってくる敵兵の対応に忙しかったが、そのころにはだいぶ攻撃も散発的なものになっていた。
「何かまずいのが近づいている」
その二コラの言葉に、城壁うえから目を凝らすが、ミシェルにはわからない。
「すぐみんなを集めよう」
わからないが、近くの者を本部へ向かわせる。
そして、すぐに主要なメンバーが西門城壁うえに集まった。
もともといたミシェルとニコラに加え、北門からモモ、本部からマルヴィナ、ヨエル、エンゾ、エマド。グアンとクルトはまだ戻っていない。
「僕が見たのは五人、剣士風、大きな体の戦士、弓使い、魔法使い、そして黒い屍道士、そのうち四人はおそらくゾンビ、それも通常のものではなくかなりの手練れ……」
それぞれの対応を即断で決めていく、
「エマドは北門隊と南門隊に打って出るように伝えてくれ。ただし、くれぐれも強力な相手に正面から当たらずに……」
「わかった!」
エマドが城壁階段を駆け下りていく。
「おそらくもうすぐ西門前まで来るだろう。すぐ配置につこう!」
というニコラの言葉がスタートの合図となった。
それからまもなく、西門が敵の攻撃により開門した。砦内で待ち構えているのは、エンゾ、ヨエル、ミシェル、そして重装歩兵隊。
最初に入ってきたのは、明らかに生者ではない青黒い顔の剣士。
「さあこいゾンビ剣士!」
片手剣と大きな盾を持ったエンゾが、腹のそこから大きな声を出した。
「おれが相手してやる!」
右手に持った剣を突きつける。そして、ゾンビ剣士が歩を進めるごとに、絶妙の間合いを確保する。
「さあさあどうした! かかってこないならこちらからいくぞ!」
下がりながら気合いを入れるエンゾ。
「おまえの相手はこっちだ!」
今度は横から片手剣と大盾を持ったヨエル。ゾンビ剣士がそちらを振り返ると、すぐに間合いをとる。
二人がうまく間合いをとっているうちに、徐々に重装歩兵がゾンビ剣士を取り囲むかたちになってきた。
続いて西門に入ってきた屍道士とゾンビ魔法使い。
「制圧せよ」
闇の屍道士イゴルがそう言いかけたとき、
「こっちよ!」
声のしたほうに、ゾンビ魔法使いが火球を発したが、その声の主の姿が見えない。そして、火球の前に氷の壁が出現し、それに直撃して消失する火球。
同時に地面が広範囲に白色化し、その直後に凍りつく地面。
「ふん、氷結系の魔法使いがいるか……」
そんなものは関係ないと前に進もうとした屍道士イゴル。その前にたちはだかるもの。
「あんたの相手はあたしだよ」
革鎧に皮の手袋、なんと、ミシェルは武器を持っていない。
「ふはは、面白い!」
イゴルは掌を前に出し、握る動作をした。
「うぐっぅ」
ミシェルが胸を抑え、動きを止めた。
「人間とは、もろいものだ……」
「あれ?」
ところが、ミシェルがなぜか不思議そうな顔をしている。
「なんともないぞ?」
「なぜだ? こやつ、もしや苦痛耐性か?」
足が止まったように見えたイゴルの懐に肘から飛び込むミシェル。すんでのところで腰を切ってかわすイゴル。
「はっ!」
そのまま双掌をイゴルの腹に叩き込むミシェル、カウンターで左フックをかますイゴル。相討ちとなって両者が数メートル吹き飛んだ。
巨大戦斧と盾を持った巨体のゾンビ戦士がゾンビ魔法使いとイゴルの背後を守りながら西門をくぐろうとしたとき、矢がその背中に数本刺さった。
「おまえの相手は僕だ、こっちへこい」
いつの間にか城壁を飛び降りて敵の背後に廻っていたニコラ。
挑発に乗った巨体ゾンビがニコラを追って西門の外に出た。
「それそれ!」
どんどん矢を射掛けて、次々と命中する。しかし、巨体ゾンビはかまわずニコラに迫る。戦斧の攻撃をバックステップでかわしつつ、矢を射るニコラ。矢が尽きたところで、腰から剣を抜いた。
周囲はいつのまにか軽装歩兵隊が現れ、ニコラを支援する構え。
「いくぞ!」
剣をかまえて回り込んだものの、戦斧のリーチが長くて思ったように踏み込めない。
西門城壁上では、
弓使いゾンビをモモが捕捉していた。
「やっぱり高所に上がってくると思ったよ」
背中の鞄をおろして開き、呪文を詠唱すると、小型の鉄の人形が立ち上がり、モモと一緒に黒い弓使いに接近する。
弓使いは声も立てずに城壁を走って距離を取り、モモに弓を射掛ける。
構わず前に出てさらに距離をつめるモモ。
弓使いは、今度は反転し、腰の剣を抜いてモモに切り掛かった。
モモはそれをなんと素手で受け、衝撃音と、文字通り火花が散った。
「アイアンスキン。アイアンスキンは、斬撃によるダメージをすべて防ぐ」
同時に、小型アイアンゴーレムが弓使いゾンビの背中に取り付いた。弓使いは立ったままもがくが、首を決められて簡単にはがせないでいる。そこを、西門隊がやってきて、取り囲みはじめた。
巨体ゾンビをニコラが攻めあぐねていたとき、
「ニコラ殿! 助太刀いたす!」
グアンが馬を駆って走ってきた。そして、馬から飛び降りてポールソードをかまえる。
「ダニエラも!」
続くのはすごい数の騎馬隊だ。
「われらは雑魚を片付ける、そっちは任せたぞ!」
いったんニコラの近くまで馬を操ってきたダニエラ、そう叫んで西方騎馬隊を展開させた。
すぐに巨体ゾンビにつっかかるグアン。
「どうだどうだ!」
グアンが素早くポールソードの突きを数回繰り出しては、いったん引くと別角度からニコラが仕掛ける。巨体ゾンビは戦斧を振り回すが、二人を捕まえることができない。
何度か繰り返しているうちに、巨体ゾンビは今度は戦斧ではなく腕でニコラに掴みかかった。不意をつかれて背中あたりを掴まれるニコラ。
「しまった!」
そう叫んでニコラが巨体ゾンビの腕を引き剥がそうと触れた瞬間、
バシリと嫌な音がして、巨体ゾンビの体が硬直した、
「今だ!」
グアンがポールソードを振り下ろし、戦斧を持っているほうの巨体ゾンビの腕を切り落とした。
「来い、植物たち!」
さらにグアンがポールソードを置き、草木のポーズで叫ぶと、地面から太い木の根が飛び出して巨体ゾンビの体に絡みついてぎゅうぎゅうに縛り上げた。
「よし、これでしばらく動けん。中を助けよう!」
その様子を確認すると、グアンとニコラが西門中へ駆け出した。
砦中央付近では、ゾンビ剣士により重装歩兵の何人かが救護班送りになっていた。
「どうするどうする!?」
まだかろうじて鬨の声をあげつつも、もはやエンゾとヨエルではどうすることもできなくなっていた。
そのとき、
「遅れてすまない!」
赤い道着がやってきて、棒でゾンビ剣士に躍りかかった。
「クルト!」
「よし、君たち、ちょっと見ていな!」
クルトはそう言いながらしばらくゾンビ剣士と打ちあっていたが、
「あれえ? おかなしいな……」
「クルトどうした!?」
様子のおかしいクルトにエンゾが声で応援する。
「必殺技が……」
「なんだって!?」
「必殺技が……、どうやるんだっけ……」
何か技がうまく出ないようだ。
そうこうしているうちに、ゾンビ剣士から連続で打ち込まれ、劣勢になるクルト。
一方、西門に走り込んだニコラとグアン。
闇の屍道士と殴り合いをしているミシェル。そして何か見えないものと戦っている敵のゾンビ魔法使い。
「ニコラ殿はミシェル殿の助太刀を頼む!」
「了解した!」
「マルヴィナ殿! いるなら、紫鞘の剣を貸してくれ! あるひとを目覚めさせる!」
わかったわ、とどこかから声がして、紫色の鞘の剣が空中に放り投げられ、それをキャッチしてそのまま走り抜けるグアン。
全力疾走で、クルトたちがゾンビ剣士と戦っている場所へ。ヨエルを見つけた。
「ヨエル殿、これを!」
紫色の剣をヨエルへ放り投げる。持っていた普通の剣と盾を捨て、グアンが投げてよこしたものを受け止める。
「こ、これは……」
「抜くのだ!」
「しかしこれは……」
「かまわん、わしを信じろ!」
「わ、わかった、信じるよ……」
ヨエルは両手で剣を掲げた。
砦全体が、時が止まったかのように一瞬静まり返る。
ヨエルはまだ剣を抜かない。
気を取られていたゾンビ剣士、思い出したかのようにクルトに襲い掛かった。
「わああ!」
同じように気を取られていたクルト、頭上に剣が迫るが、
「うわああ!」
目を開けると、ゾンビ剣士が切り下げているにもかかわらず、斬られていない。
ゾンビ剣士の剣の、束から先がなくなっていた。
「ほら、これだ!」
クルトが飛び上がって喜んだとき、
「もはや、貴様に勝つ術は残っておらん」
ゾンビ剣士のそばに立つ者。
紫の剣を手にした者、
「我が名はディートヘルム。妖剣ニグブルを手にしたわれに敵はいない。降伏せよ……」
ゾンビ剣士は飛び退いて腕を振った。どこに隠していたのか、ディートヘルムへ手のひらほどの大きさの小剣が飛ぶ。
それを、妖剣ニグブルではじく。弾かれた小剣は、クルトのほうへ飛んだ。
悲鳴をあげるクルト。
ゾンビ剣士は何度も腕を振り、足を振り、様々な武器がディートヘルムへ飛ぶが、それは全て弾かれ、そしてすべてクルトのほうへ飛び、そして消失した。
「私の負けだ」
ゾンビ剣士はあぐらをかいて座り込んだ。
「こ、このゾンビ剣士、話せたのか……」
そう呟いたクルト。エンゾと重装歩兵たちにその場をまかせ、ディートヘルムのあとを追う。
西門入ったところでは、マルヴィナが優勢ながらもゾンビ魔法使いのとどめを刺すことができず、ミシェルは闇の屍道士との殴り合いにやや劣勢、ニコラもなかなか手がだせない。
「僕も加勢する!」
西門城壁からモモが降りてきた。
モモの声にゾンビ魔法使いが一瞬気をとられたとき、
「冥府に戻られよ」
背後から斬られた。傷口から炎が吹き出す。ゾンビ魔法使いは、声もたてずに体中から吹き出した炎を不思議そうに眺める。そのまま、全身が大きな炎に包まれていった。
ミシェルとの殴り合いを中断したイゴル。
「どうやらお前がそうらしいな」
ディートヘルムに人差し指をむけた。
「アセンデッドマスター。このわたしに、全ての力を見せよ!」
「かまわん」
「うおおお……」
イゴルが唸り声をあげると、上空に雨雲が発生、そして氷りつくような雨が降ってきた。
「ふるえるがよい、フリージングレイン!」
マルヴィナの氷結魔法とは比べものにならないレベルで周囲がどんどん凍結していく。
「いかん、下がれ、下がれ!」
生き残った者たちが屋根のある安全な場所へと走って逃げていく。
そんな中、
「惜しい、実に惜しい」
体から赤や黄、青や紫の様々な色の炎をちらつかせながら、剣を手に平気な顔でイゴルに歩み寄るディートヘルム。
イゴルは、手のひらを前へ突き出して握りこむが、
「この体に苦痛は通用せん」
ディートヘルムはなんともない。
「なるほどな……」
そこでイゴルは少し笑った。いったん脱力し、
「ふんぬっ」
突然イゴルから拳が突き出された。わずかにかわすディートヘルム。
「闇こそパワー!」
イゴルの体がさらに大きく、筋肉が肥大化して連続で殴りかかる。
だが、ディートヘルムはそのすべてを避け、打撃がいなされた瞬間に頭突きがはいった。
イゴルの巨体が吹っ飛んでいく。
「殴り合いならば勝てると思ったか?」
ディートヘルムはいつの間にか剣を鞘に納めていた。
立ち上がったイゴル、次は両手で掴みかかるが、イゴルの脇のしたあたりを一瞬突っ張ったディートヘルム、そのまま下に消えた。
ディートヘルムが潜り込んで足を蹴り上げると、そのまま宙を一回転するイゴル。背中から落ち、大の字に寝転がった。
天を見て言った。
「……わたしにもその力は具現化できるのか?」
力なく問う。
「フフ、誰にでも可能だ」
イゴルの前に立ったディートヘルム。
「わかった。さらばだ。わたしの魂はけして滅びぬ! また会おう!」
自分の喉の前でギュッと拳を握ると、
「ぎゃあああー!」
イゴルは断末魔をあげた。何か黒い影がイゴルの体から飛び出し、空へ昇っていく。黒い屍道士の体は、完全に動かなくなっていた。
それから数日後。
砦内がひととおり片付いたタイミングで、住民すべてを食堂に集めていた。投降兵なども含めてすでに八百人ほどに増え、あふれかえっていた。
そこでは、マルヴィナが今回の戦闘の論功行賞を行っていた。ひととおり褒め終わったあと、モモが話し始めた。
「マルヴィナ、実はみんな期待していることがあるんだ」
「はて、なにかしら?」
「実は、みんな、国を期待してるんだ」
「くに? くにとは……」
「防衛都市国家、グラネロだよ。みんなそうだよね?」
そうだそうだ、という声が湧き出して、食堂中に響いてしばらくなりやまない。
「わ、わかったわ」
なんとかいったん静めて、
「でも、国といっても、建国の理念とか、法とか制度とか、難しそうだし……」
「そういうのはおいおい考えていけばいいよ」
「まだ千人にも満たないし……」
「西方にも他の大陸にも、千人に満たない国はいっぱいあるよ」
「うーん、わかったわ。ものは試しだよね、やってみるか……」
どうせまだ砦ひとつだし、大きな国を治めるわけでもないし、やることはこれまでとあまり変わらないだろうし、ということでマルヴィナも少し乗り気になってきた。
「ようし、みんな、建国祭りだ!」
過酷な戦闘が終わり、ほっとしたこともあって、誰もがお祭り気分になりたいようだった。
その後、日を追うごとにグラネロ砦の人数が増えていった。
防衛ギルドから国家へ格上げされたこともひとつの要因だったが、最も大きな要因は、大国であるヤースケライネン教国の腐敗と衰退だった。
砦の人数が増えるほど、それは明確に教国の腐敗と衰退の進行を示していた。
それが、ついにある事件へとつながる。
完
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます