第39話 闇の屍道士
ルッジエロの選択は裏目に出た。
ついさっき、突然あらわれた騎馬隊、その対応に人数を割き過ぎたのだ。
だが、飛び込んできた刺客は二人。
「おまえたち、やってしまえ!」
だが、さきほどグアンのポールソードでひとり吹き飛ばされたのを見ていた護衛数人。
「ひるむな!」
こういった場面で、動揺せずにしっかり声を張って命じることができる。どうだ、といった顔で部下のほうを見たが、
「ひ、ひいい!」
護衛の部下全員が逃げ出した。
「な、何のためにこれまで厳しい訓練をしてやったのか……」
そんなルッジエロを、襲ってきた二人が可哀そうな目で見ている。
「しかたない、わたしが直接稽古をつけてあげよう……」
そういって、ルッジエロは腰に差していた剣を抜く。それは長く細身の剣だった。
そこに、無言で急接近してポールソードを突き入れるグアン、
「ぶおん!」
みぞおちあたりを突かれて吹っ飛んでいくルッジエロ。勝負あったかに見えたが、
「お、驚いたぞ」
泥と土にまみれながらもルッジエロは立ち上がった。
「こ、こいつ……」
もういちど距離を詰めつつ斜めに袈裟切りを放つグアン。
だが、ルッジエロはそれを腕で受け止めた。
金属音とともに、固いものを打った感触。
「アイアンスキン。アイアンスキンは、刃物による刺突や斬撃を受け付けない」
ルッジエロの反撃だ。
「ふんふんふんっ」
細身の剣でグアンを連続で攻撃する。グアンはポールソードでそれを受けつつ、ところどころ切られ、下がり続ける。
「はいはいはい!」
剣裁きが早すぎて、クルトも横からの攻撃の糸口が掴めない。
「ほいさ!」
グアンの隙をついて、腕をつかんで足を払った。巨体が回転してとっさに受け身をとるグアン。
「すぐ立つすぐ立つ、すぐに立つ!」
挑発の声に苛立ちながらも、転がりながら立ち上がって、武器を構えなおすグアン。だが、そのポールソードを立てて地面を突いた。
「おう?」
地面から木の根が生えルッジエロに絡みつき、左右から木が倒れ込んだ。しかし、
「植物は無駄!」
ルッジエロが叫んだとたん、木の根や木の幹が次々と切り刻まれ、木片と化した。
「ぐぬぬ」
グアンが思わず呻いた時、
「おーりゃ!」
クルトが走ってきてジャンプし、棒を叩き込む。
「おう?」
クルトの棒による上下からの連続攻撃を、細身の剣ですべていなすルッジエロ。
「ほいさ!」
気合いとともに、クルトの棒が剣にからまり、数メートル向こうに弾き飛ばされた。顔が青ざめるクルト。
「終わりだな」
ルッジエロが踏み込んで、とどめを刺しにいく。
「わあっ!」
ルッジエロの渾身の突きを、なんとか腕だけで防ぎつつ後方宙返りを打つクルト。その時それが起こった。
「何をした!?」
ルッジエロの剣がない。炭のようなものが地面にぽとぽと落ちている。
「機会到来!」
グアンが踏み込んで薙いだ。がつんという衝撃音、アイアンスキンでダメージは通らないものの、ルッジエロは吹き飛んで転がった。
クルトは急いで棒を拾いなおし、ルッジエロに近づく。クルトが踏み込んで棒を叩き込もうとした瞬間、
「え!?」
クルトの棒が再び飛ばされた。
よく見ると、ルッジエロの両腕から先が、銀色に光る刃物に変わっている。
「アームウェポン。わたしは手足を武器に変えられる……」
そう言うと、ルッジエロは丸腰のクルトに両腕で襲い掛かった。
「うわあっ!」
後方宙返りも打てずに今度こそ悲鳴をあげるクルト。しかし次の瞬間、
「な、だから、何をした!?」
ルッジエロの攻撃は通らず、なぜか両腕の先が無くなっている。
「うおお! ならば、レッグウェポン!」
ルッジエロが両足のブーツを脱いで蹴りかかる。その瞬間、右足が刃物と化すが、クルトに触れる瞬間に、明らかに溶けた。
「なんの!」
空中で体を切り返して、もう片方の足を振り下ろすが、同じ結果となった。
そのまま地面に落ち、もがいて仰向けになるのがやっとのルッジエロ。
「クルト、それはおまえの力だ」
ルッジエロに近づいて見下ろしながら、そう言い切ったグアン。
「お、おれの力?」
自分の両手を眺めながら、不思議そうな顔のクルト。
「わ、わたしを殺せ!」
両手両足を失って動けなくなったルッジエロが叫んだ。
しかし、
「マナが回復すれば手足も元に戻せる。数日かかるだろうがな。それまで寝ていろ」
グアンがルッジエロにそう言い捨てると、
「すぐに戻ろう!」
陣の外にいた馬に飛び乗り、二騎がかけだした。
しかし、しばし駆けたのち、
「クルト殿! ひとりで砦に戻ってくれ!」
「わかった!」
「わしは西方騎馬隊と合流する!」
二騎は別れて駆けだした。
グラネロ砦の南西の海からさらに沖合い。
「艦隊司令長官殿、敵拠点が射程内に入りました!」
「ほっほっほ、まだ撃ってはいけませんよ」
「物見によりますと、ネシュポルの戦況はよくなく、まだ占領は済んでいません!」
「それはいけませんね」
司令長官は巨体を揺すった。
「ならば、方針を変えましょう。悪のギルドが占領後に正義の我々が鉄槌をくだす。タイミングが多少ずれても、あとでなんとでも状況を捏造できます」
さらに巨体を大きく揺すってひとしきり笑う司令長官。
「前方に何かおります!」
「なんですか?」
海上では、
たまたま通りかかったパリザダ。ピンクの円形のソファに乗って海上数メートル上を移動していた。雨に濡れるのも気にせず、寝そべっている。
「おやまあ、お祭りでもやっているのかな」
数百隻の船がこちらを向いている。
そして、砲弾が飛んできた。
標的が小さいからか、ソファは避けることもなく進み、弾は当たらない。
「おやまあ、賑やかなことで」
そのとき、海中から巨大な何かが浮上してきた。砲弾のいくつかがそれにも当たる。
「今日は遊び相手が多くてラッキーだね」
その巨大なものがいったん海に沈み、今度は艦隊のど真ん中に浮上しだす。
そうして、海中から顔を出したり沈んだり、鱗を飛ばしたりしているうちに、たくさんいた船もどんどん沈んでいく。
「司令長官、船が沈みます!」
「救命ボートを用意しなさい、はやく! 家に帰るまでが海戦ですよ! 僕はもうおうちに帰りたい、ああー!」
レヴィアタンが艦隊と遊んでいるのを横目に、
「ありゃ? あたしゃあ何か、気の毒なことをしてしまったかもしれん。……ま、いいか」
そういって、パリザダのソファはそのまま西方へ飛んで行った。
闇ギルドの後方支援拠点。
「ヴァイ・フォウ様、ルッジエロ率いる主力隊、苦戦しております!」
「だろうな」
赤いローブをまとった短髪の女性が答えた。仮面は外して首に掛けている。
「よし、我々は撤退する!」
撤退命令を出した。
「今回はイゴル様も動いていらっしゃるようですが?」
副官が問いかけるが、
「かまわん。今回はイゴルもおそらく負ける」
副官にそう告げたあと、
「アショフ首都に報告する必要があるな」
と独り言ちした。
いったん砦の西門を目ざしたクルト。
「やはりまだ敵影が見える……」
「南へまわろう。人影が薄い」
とそのとき、
はるか向こうに、異様な集団を見つけた。
「なんだあれは?」
少し小高い丘で馬を止める。
何か違和感を感じる。少なくとも、今は近づきたくない。
「新手かもしれん。回り込んで南門から入ろう!」
クルトは馬首を南へ向けた。
西門近く、
雨はほとんど止み、日が沈みかけていた。
「よし」
異様な姿の五人が、馬を降りた。
「だいぶ準備が出来ているな」
その中央にいる黒いローブの男。フードで表情は見えないが、分厚い胸板と太い腕。
他の四人は、それぞれ異なった出で立ちをしているが、異様に暗い顔、生きている者とは思えない。剣士風の者、巨体に大きな戦斧の者、魔法使い風の者、弓使い風の者。
「魔王アマートよ、わが契約に従え。死霊召喚!」
すでに絶命して倒れていた者たちが、立ち上がった。その数、二十を超える。その呪文を幾度か唱え、周囲に倒れている者はいなくなった。
「まずは邪魔な木を倒せ!」
再び動き出した死せる者、まだ生きている者、そして異様な雰囲気の四人が、働きはじめた。
特に、その中でも大きな剣を持った剣士が、木々を細切れにしていく。
「門を!」
その言葉が終わらぬうちに、顔色の悪い魔法使い姿のものが、詠唱を始めた。
巨大な火球が数個出現し、西門へ飛んでいき、直撃。
門は開いた。
そこに、すでに準備万端で構える者たち。
「フハハハハ! 面白い、待っていたか!」
最後の戦いが始まった。
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