第38話 秘策
そのころから、
砂浜は濃い霧に包まれだした。そして、大粒の雨、猛烈な風。
「はん?」
鳥仮面メルクリオが振り返ったが、しかしとくに何もない。
もう一度進行方向へ向き直ろうとして、思い直してもう一度海のほうを見た。
「ははん? これはなんだ?」
霧と豪雨で見づらいが、周囲に巨大な柱が、一本、二本、三本……、計八本?
そう思っているうちに、うしろでずどんと音がした。振り返ると、
「はひ?」
メルクリオの作ったコンブのモンスターの上部が、数十メートル先にどおんと落ちた。
「な、なにが起こってる?」
動かなくなったモンスターの下半分へ近づこうとしたとき、
「ふんぬっ!」
何か巨大なものに横から腹をつかまれ、空中に持ち上げられた。
「はひ? ま、ま、待ってくれ、これは、なんだー!?」
叫びながら、その巨大なものの口腔の中へ飲み込まれていった。
そこからさらに東の沖合い、
とてつもなく巨大なものが、浮上しようとしていた。
それは、直径数キロ。
遠方から見ると平べったいかたちをしているが、中央部は三階建てほどの厚さはあるだろうか。
そして、周囲の海水を大きく波打たせながら、海上約数十メートルまで浮上すると、空中に浮いたまま、ゆっくりと陸の方向へ移動し始めた。
しかし、
陸上ですでに目標が達成されているのを確認すると、その巨大な平べったい存在は着水し、すごすごと元の海中へ沈んでいった。
そのころ、砦内の緊張感が最高潮に達していた。
屋外は豪雨のため、砦一階にある食堂が臨時の防衛本部になっていた。
「敵は北、西、南と固めてきておる。完全包囲せずに一方向だけ開けておき、こちらを逃げの心理に陥りやすくさせる、という攻城戦のセオリーどおりの布陣だ」
そこには、マルヴィナ、ヨエル、モモ、ニコラ、ミシェル、クルト、エンゾ、エマド。そして重装歩兵隊、軽装歩兵隊、旧百人隊、騎馬隊、弓隊、東西南北門隊の各班長、本部担当、救護班、補給班、調理班などなど、二十名以上が集合していた。
「敵の動きに対応して、北門はモモ殿、西門はミシェル殿、南門はニコラ殿、マルヴィナ様、ヨエル殿、クルト殿は予備、エンゾ殿は本部付き……、北門のアイアンゴーレムの再配置は完了しておるでござるか!?」
グアンの問いに、
「はいっ完了しておりますであります!」
担当者の一人が即座に答える。
「今の状況から鑑みて、このあとすぐに敵の攻城戦が開始される。弓隊の射撃で敵の数を減らしつつ、まずは充分敵を引きつけるでござるが……」
グアンが説明を続ける。
「敵が城壁にある程度取り付いた時点で、拙者が木人を起動する!」
おお、すごいでござる、と周囲がどよめいた。
「おそらく敵方は、いったん大混乱に陥るでござるよ」
グアンはみなの顔を眺め、
「そこで、拙者がひとり、馬を駆って打って出るでござる!」
「なんと!?」
「一騎で!?」
「ただ一騎で、敵将の首をとる!」
「グアン殿、おぬし、もしや死ぬ気ではござらんか?」
ニコラが心配になって問うた。
「わらわはそのようなことは許しませぬ」
とマルヴィナ。みな緊張のあまり、言葉遣いがふだんと異なってきた。
「いや、拙者死ぬ気ではござらん。それとも、みなの衆は、拙者の実力を疑っておいででござるか? もし拙者がしくじるようなことがあれば……」
グアンは懐から銀のナイフをとりだした。
「拙者、こうして腹をかき切ってくれる!」
と、銀のナイフで切腹するしぐさをする。
「いかん! グアン殿、はやまってはならぬぞ!」
慌ててミシェルとエンゾが止めに入る。
「わかった」
そこでクルトが手を挙げた。
「おれも行こう」
クルトの言葉に、周囲も少し冷静さを取り戻した。
「どっちみち、おれは守るのが苦手だ。おれがグアンと一緒に行けば、確実性が増すだろう」
「本当に大丈夫かしら? 今のあなたは、消えかけのろうそくの火のように、儚くもろく見えるわ」
マルヴィナが冷水を浴びせかけるが、
「今回攻めてきているやつらは、南の大陸から渡ってきたんだろ? もしそうなら、おれがやる。おれがやらなければならない」
クルトの真剣な表情に、モモがなにか尋ねようとしたとき、
「申し上げたてまつりまする!」
伝令がひとり走り込んできた。
「申せ!」
「敵が攻城戦を開始しましたであります!」
「わかった。各員、行動開始!」
「よし!」
「了解!」
それぞれの方向へ分かれていった。
豪雨の下の砦、全体が喧騒に包まれる中、
西門城壁の上にミシェルとグアンとクルト。状況を観察していたグアン、敵兵がはしごやロープで城壁をのぼり始めたのを見て、
「ようし、そろそろ頃合いだぞ」
木を模すように構えた。
「いくぞ! すべての草木よ、植物よ、わしに力を貸してくれ! 木人顕現!」
グアンが叫びながら両手を天に突き上げると、はるか上空で二、三度稲妻が走った。
すると、
ぎぎぎ、と音を立てながら、人の倍から三倍に育っていた砦の周囲の木々すべてが、根を引き抜いて立ち上がった。動きは遅いが、周囲の敵兵に襲いかかる。
敵兵は驚き、対応に追われ始める。
「よし、行こう!」
ミシェルと目を合わせてうなずくと、グアンとクルトが城壁の階段を飛び降りて、下に止めていた馬にそれぞれ飛び乗った。
そのまま砦内を駆け抜け、東門へ向かう。
タイミングを合わせて東門が開き、そしてすぐに閉じた。
「いったん東へ出て、北まわりで向かう!」
二騎は東へ駆け出した。
周囲に敵兵が見えなくなったとき、馬を北に向けたグアンとクルト。
砦から少し離れると、雨がやや弱まった。
クルトがグアンに尋ねた。
「グアン、敵将の位置はわかっているのか?」
「もちろんだ。この雨でも、虫たちが教えてくれる」
「だが、本当に二人で敵将に接近できるのか?」
グアンはニヤリと笑った。
「もう少しいけばわかる。味方にも話していない、秘策だ」
「秘策?」
よくわからないまま、クルトも馬を操ってグアンについていく。
北へ走り、今度は西へ、敵の後方をまわるように荒地をしばらく駆けると、荒地の中に忽然と林があった。
そこへ近づくと、
「騎馬隊!?」
林の中に、騎馬隊が隠れている。パッと見ても、その数、二百騎はくだらない。
「ダニエラ殿!」
「グアン、それにクルトか。準備はできている」
それは西方騎馬民族の女王。馬も女王も、青い戦闘装束に身を包んでいた。
「ダニエラが助太刀してくれるのか! しかし、どうしておれたちを助ける?」
「助太刀? 違う。彼らは、ここ十数年、我らが戦ってきた相手だ。我らが闘うのは当然だ」
なるほど、と納得したクルト。
「敵将は砦の西方、丘のうえにあり! いざいかん!」
女王が進むさきを指さした。
「王に遅れるな!」
騎馬隊が進発した。
いったん弱まっていた雨脚は、再び強さを増し、
騎馬隊の疾駆を隠した。
荒地の、ほとんど川になったようなところや、池になったようなところを泥しぶきをあげながら進む。激しい雨音で、馬脚の音もほとんど気にならない。
丘が近づいてきた。
「おまえたちはさらに西へまわって敵将を狙え! われらは突撃をかける。敵衆をさんざんに蹴散らす!」
「わかった!」
騎馬隊は、いったん紡錘陣に組み直すと、女王を先頭に突撃していった。
それを尻目に、丘の上の敵陣の裏へ回り込むグアンとクルト。敵陣は豪雨の中の敵襲に、混乱を始めた。
敵陣裏にたどり着くと、そこは布の陣幕が張り巡らされていた。
「そこだ!」
グアンが叫ぶと、手前の大きな木が、陣幕へ倒れこんだ。馬を降り、木を伝って中へ躍り込む。
「なにやつ!」
グアンは手に持ったポールソードを横に薙ぎ、ひとりが吹き飛んだ。
「いた!」
クルトが叫んだとおり、鳥仮面の男、そして護衛が数人。
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