第35話 奪還作戦
数か月後。
グラネロ砦から西に数キロ、ある闇商人のテントの中。
「グスタボ様、本日も馬を一頭、お納めいただきたく」
「エンゾールよ、そちの働き、感謝しておるぞ。グッグッグ」
「グスタボ様のおかげで、我々の商売も大繁盛でございます」
「そちの情報もとても役に立っておる。うちのギルドは内部の競争が激しいでなあ」
「ところでグスタボ様、本日はご紹介させていただきたい方がおりまして……」
「ほう、どなたであろうか」
「教国の腐敗大臣、ムフ・ブハーリンの手の者でして……」
「ほう、それは朗報。しめしめ、これは手柄の臭いがするぞ」
「ほれエジャド、案内しなさい」
「へい、ただいま」
小間使いがテントを出て、
体の大きな、フードをかぶった者が入ってきた。手に長く重そうなポールソード。
「これは……」
すぐさま身の危険を感じたグスタボ。
「僕はちょっと急用を思い出した」
そう言って、低い姿勢ですり抜けてテントの外に出て、呪文を唱えた。
地鳴りがして、そして地面が割れた。潜り込もうとしたとたん、
「なんだこれは!? 根っこが絡んで……」
すると、さきほどの大きな男がのそっとテントから出てきた。
「根っこがどうした? 逃げられないか?」
「お、お、お、おまえは誰だ? こ、こ、こんなところでこの僕が……」
「案じるな、青龍雷斬!」
大男はなんの躊躇もなくポールソードを振り下ろした。
「グ、ス、タ、ボー!」
男の首が転がり、鳥のくちばしのようなものが付いた仮面が外れた。
「よし! グラネロ砦の守将、闇ギルド鳥仮面の一人、グスタボを討ち取ったぞ!」
フードを脱ぐと、それはグアン将軍だった。
「エンゾ、エマド、急いで戻ろう!」
三人は、馬に乗って駆けだした。
グラネロ砦から一キロ北。
そこには、
いつの間にか暗い林が広く出現しており、多くの所属不明の兵士がうごめいていた。
「時間だ。主力歩兵隊、主力槍隊、作戦開始!」
おう、と答えて歩兵隊五十名、槍隊同じく五十名が、グラネロ砦向けて歩き出した。
砦から見える位置で止まり、それぞれがやかましく武具や鐘を打ち鳴らしはじめた。しかし、その歩兵隊も槍隊も、体格から装備から見た目が貧相で、いかにも弱そうだ。
一方、砦内部では。
「副守将、北門に敵影です!」
「数は?」
「百ほどですが……」
「わかった。グスタボ様に報告する」
「そのグスタボ様ですが、姿が見当たりません」
「なんだと? グスタボ様がいない!?」
砦の副守将である黒装束の男が立ち上がり、北門へ向かった。
外の様子を城壁上から見て、
「百人隊を二隊出して追い払え!」
「はっ」
すぐさまグラネロ砦北門から、二百人ほどが溢れ出てきた。
林から現れた百人は、それでもかまわず挑発を続けていたが、黒装束の二百人が目前まで迫ったところで、ついに逃げ出した。
「追え! 追え!」
それを見て、黒装束軍団はさらに勢いづいて全力で追いかけはじめた。
そのとき、
「わあ!」
「なんだ!?」
黒装束軍団のまわりで、広範囲に地面が白く氷結した。その多くが足を取られている。
「いったん引け!」
「いや、前に出ろ!」
「どこかに術者がいるぞ! さがせ!」
混乱が始まると同時に、貧相な百人が逃げた方向から、忽然と弓兵が姿を現わした。
五十人ほどの弓兵が、間断なく矢を射込む。
さらには、林の中から今度は屈強そうな歩兵隊五十名、槍隊五十名が飛び出してきた。
「進め!」
歩兵隊を率いるのは、赤い衣装に棒を持った男。
「遅れるな!」
槍隊を率いるのは、プレートメイルを装備し、鉄製の兜でわかりづらいが、体格の良い女性。
真正面からの死闘が始まった。
一方こちらはグラネロ砦の南門付近。
数人が怪しげな行動をしていた。五十メートルほど手前で、枯れ草や枯れ枝を山のように積んでいる。
「これでよし、と。もし砦から誰か出てきたら、すぐ逃げよう」
それからしばらくして、北門で戦闘が始まった。それを告げに走ってくる者。
「よし、火を点けろ!」
火打ち石で火が点けられ、もくもくと煙が上がり出した。
北門では、手練れ同士の戦闘が十数分に及んでいた。
闇ギルドの百人隊隊長は、何度か砦に伝令を出して退却の指示か増援の判断を迫った。
しかし、砦から煙が上がったのを見て、不利を確信した。
「いったん砦内に退却する、引け! 引け!」
百人隊隊長の命令で、砦へ走り込もうと引いていく黒装束たち。
そこへ、
抜群のタイミングで、五十数騎の騎馬隊が現れた。
「突撃ー! 我は青龍将軍ぞ! わしと矛を交えたい者はいるか!」
五十騎の先頭には、ポールソードを巧みに操る髭の将軍。
黒装束軍団が北門に逃げ入るどさくさに紛れて、騎馬隊が砦内に突入していった。
「守将を探せ! 守将を射止めよ!」
怒声が交錯する。
北門城壁の上では、
騎馬隊の突入を見た副守将が明らかに動揺していた。
ついさきほどまでは、自分が鳥仮面に昇格する妄想をしていたのだが……。
「よし、ここは任せる。おれはいったん撤退する……」
振り返って部下に伝えようとして、さっきまでいた部下がいない。
「どこに撤退するのかな?」
「お、おまえは、牢に捕らえられていたはずでは……」
青い装束の者たち数人に取り囲まれていた。
「ま、まだ百人隊が三隊ある!」
「下を見ろ、北門のアイアンゴーレムが動き出した。どっちの勢力が動かしているかわかるか?」
「なんだと?」
副守将は城壁から覗き込んで、そして両ひざをついてがっくりとうなだれた。
ポールソードを持ったグアンが数人を引き連れて北門城壁に登ってくると、すでに副守将は縛り上げられていた。
「おお、お主は二コラであろう。牢から脱出して守将を捕らえるとは……」
「虫の知らせをくれたのはあなただね」
「そうだ、わしはグアン将軍。よし、敵に投降を促せ! 我々の勝利だ!」
グアンが共の者に命じた。
「待て!」
縛られて座らされている副守将が吠えた。
「おまえたちはとんでもないことをしでかしている。わかっているのか!?」
「もちろんだ」
グアンが答えた。
「おれたちの後ろ盾は、新興国家アショフだぞ?」
「ほう、それはいいことを聞いた」
グアンが全く動じていないので、副守将は何か言おうとして黙ってしまった。
「よし、こいつを北門外に連れていって、縄を解け」
グアンが副守将を解き放つように命じ、共のひとりが副守将を立たせた。
「おい、いいのか?」
さすがに二コラが問いただしたが、
「問題ない。彼らに情報を与えるが、われわれはそれをさらに二手三手上回る」
「なるほど」
二コラはグアンの意図を理解して、ニヤリとした。グアンはさらなる奥の手を持っているのだ。
やがて、砦内でえいえい応と、勝どきが聞こえてきた。
その夜、
敵から取り返した砦内の食堂で、遅い時間に夕食を摂りながら作戦会議が始まった。それぞれが立った状態で、サンドイッチなどをかじりながら参加している。
「まず、二コラ。無事帰ってきてくれてありがとう。他の捕まっていた隊員も含めて、体調などは問題ないかしら?」
「ああ。看守を買収して以降はむしろ快適だったよ。それに、僕たちは一平米も広さがあれば鍛錬が可能だ」
確かに、二コラの顔色もよく、体格も最後に見た時よりむしろ大きくなったようにも見える。
「他のみんなも、今日はよくやってくれた」
マルヴィナがみんなを見渡し、
「ミシェルとクルト、あなたたちの実力と奮戦が無かったら、敵勢を砦に追い返せなかったわ」
「マルヴィナの氷結呪文も相当効いていたけどね」
クルトが返し、ミシェルもにっこりうなずいた。
「ヨエル、南門での工作、とてもいいタイミングだったよ」
いやあそれほどでも、とヨエル。
「モモ、北門のアイアンゴーレムで相手は降伏を決めたわ」
お安い御用と手で合図を返すモモ。
「エンゾとエマド。あなたたちのこの一か月の、闇商人としての働きがなかったら、今日の勝利は無かったわ」
わかってるね、とエマド。そして、なぜか涙目のエンゾ。
「そして青龍将軍グアン。ありがとう、あなたの軍事の実力をここにいる全員が認めたと思うわ」
どういたしまして、とマルヴィナに丁重なお辞儀を返すグアン。
「じゃあ次に、投降してきた闇ギルドのメンバーの処置について教えてくれる?」
「前科のある者は教国に連絡して、すでにほとんどが引き渡し済みだよ。それ以外の比較的最近雇われた者たちは、この砦のメンバーになってくれそうだ。百人ほど、実戦慣れした兵士が増える」
「ありがとう」
モモの即答に、マルヴィナも納得したようだ。
「じゃあ、あとはグアン、進めてくれる?」
「わかった」
テーブルに広げた、砦周辺の地図を前に立つグアン。
「このあと、敵は必ず大きな反撃に出てくる。こちらは、まず間違いなく相手より少ない人数で応戦することになる。その戦いに勝つための、秘策がある。まず砦の周囲に……」
このメンバーであれば、どんな困難でも乗り越えられる、
そういった空気が出来つつあるのを、そこにいる誰もが認めていた。
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