第34話 再会

 その日の乗馬の訓練を終えたマルヴィナとヨエルは、グアンの部屋に呼ばれた。


「おぬしたちは、虫の知らせというのを知っとるか?」

グアンは、長いひげの手入れをしながら尋ねた。

「おじいちゃんが死んだときに来るやつかな?」

「たいてい後付けでしょ」

二人とも、乗馬の訓練で体のいろいろなところが痛くて、はやく部屋で休憩したかった。

「ここからさらに西方の小国で、錬金術師のモモとその仲間たちがテント生活をしているという話には興味がないかな?」

「え? モモが近くにいるの? 生きているの?」

「さらに、神聖屍道士のマルヴィナを探している」

「ど、どうしてわかったの?」

その時、一匹のカナブンが窓から飛んできて、グアンの肩にとまった。

「なになに? ヘンリクがまたサボっとる? まあ放っておけ、いつものことだ」

すると、またもう一匹、今度は小さなてんとう虫だ。

「なになに? ヘンリクはサネルマのことが好き? そりゃもう知っとるよ」

カナブンとてんとう虫はまた飛んで行った。

「へえ、すごいね。虫が教えてくれるんだ!」

すると、これを見よ、とグアンが立ち上がってマントの内側を見せた。

「え?」

「わっ、なにこれ」

そこには、さまざまな甲虫がとまっていた。グアンは、どうだ、と言わんばかりの顔をしている。だが、

「いえ、そんなに興味ないです」

という二人の言葉に、少しがっかりした顔で座り直した。


 その翌日、マルヴィナ、ヨエルとグアンの三人は、

バシュタ神殿の神官ヘンリク、修道女サネルマにいったん別れを告げ、馬に乗って半日ほどかけて、西方の小国を訪れていた。

その国の人々は、大草原にテントを設営して暮らしているようだ。

テントから出てきた領主は、美人だがたくましい女性だった。

「わたしはこの国の王、ダニエラだ。おまえたちの仲間は、あの山を越えたむこうで暮らしている」

女はそう言って北の方角を指さした。

礼を言ってたちさろうとする三人、

「少し待て」

女はそういうと、馬に飛び乗り西へ駆け出した。三十分ほどでもどってくると、小脇に長いものを抱えている。槍に似た武器のようだ。

「そこの大きいの、おまえはこれが使えるか?」

そういって、それを投げてよこした。

グアンが片手でそれを受け止める。

「青龍がからみついたポールソード……」

馬上でグアンはそれを、風車のようにクルクルと回し、そして構えてみせた。

「ははは! 気に入った! 持ってみろ」

グアンはそれをヨエルに投げてよこした。

「うわあ、なにこれ、お、重い!」

二十キロはありそうだ。

「持っていけ!」

女はそういうと、またテントに戻って行った。

その後ろ姿に礼をいいながら、三人は北の山をめざす。


 そこには二十ほどの大きなテントがあり、モモはすぐに見つかった。

「砦のみんなは、奇跡的にほぼ全員助かったよ」

うれしそうにモモが話すが、すぐ深刻な顔で、

「ニコラと軽装歩兵隊が全員捕まった。彼らは僕らを逃すために、敵を引き寄せてくれたんだ」

テントのひとつに四人で入った。

「こちらは新しいメンバー、いや、新しいゾンビって言ったほうがいいかしら、グアン将軍よ」

「わしは軍事の天才、青龍将軍のグアンだ」

「やあ、僕は錬金術師のモモ。頼もしいね」

握手をかわしたあと、囲炉裏の周囲に座り込んだ。

「まず、状況を教えてほしいわ」

「ここに来る間にも、人数が増えて今は二百人ほどいるんだ」

そこでモモはいったん姿勢を正して、

「マルヴィナ、みんなは、教国に帰らされることを恐れている。ぜひみんなのために、もう一度立ち上がってほしい」

「で、でも……」

マルヴィナもなんとなくそうしたいと思っていたのだが、砦は取られたし、これからどうしたらいいのか、あまり良いアイデアは無かった。

「グアン将軍、あなたからも何か提案していただきたい」

モモはグアンのほうを見て言った。

「うむ。今戦闘に参加できる人数はどれぐらいかな?」

「今は百人ほどだよ」

「できれば三百人はほしい。そうすれば、わしの作戦により君たちの仲間を助け出し、そして砦を取り戻せる」

「本当に?」

そしてモモはマルヴィナのほうに向いた。

「マルヴィナ、やろうよ、僕たちの場所を取り戻すんだ」

「で、でも……。みんな、本当に賛成してくれるかしら?」

「いや、その点は大丈夫だよ」

そう言いながら、モモは立ち上がってテントの外に出た。

「おい、みんな、マルヴィナがやってくれるぞ!」

なんと、テントの外には砦の元住人たちと、そのあと増えた住人の二百人あまりがすべて集まっていたのだ。

「やったあ! おれたちの砦を取り返せるぞ!」

ミシェル、クルト、エンゾ、それにエマドの顔も見える。

「マルヴィナ! マルヴィナ!」

名前が連呼され、ヨエルとグアンも外に出てきた。

「わしが新しく加わった、軍事の天才、グアン将軍だ。わしがマルヴィナ殿に加勢すれば、できないことはない!」

そのグアンの言葉に、さらに歓声が強くなる。


その時、

「しかし、このグアン将軍ってのは、実際、どれぐらいの実力があるのだろうか。どこの馬の骨とも……」

という言葉が響き渡った。エンゾだ。

エンゾは、喧噪の中で自分の声がまさかその場にそんなに大きく響くとは予想していなかったようで、顔を真っ赤にして、うつむきながら目をキョロヨロさせている。

急にその場が静まりかえってしまった。

「うむ……」

グアンの言葉に注目が集まった。

「わしの実力か……、そうだのう。しかたない。見せてやろう、青龍将軍の実力を!」

少しだけ、みんなの目に期待の色が浮かんだ。

「ただし、少しみんなの力を貸してほしい。マルヴィナ殿、雨乞いの呪文をお願いできないかな?」

「雨乞いの呪文?」

マルヴィナはさっそく、テントの中の自分の鞄から屍道書を出してきて、アクティベートした。声で、雨乞いの呪文のページを開く。

さっそくページが開いて、文字が黄色く光る。

「これかな? 唱えるよ……」

「アーウームー。我慈悲深き冥界神ニュンケに帰依し、雨の恵みに感謝する、あーまーごーいーわっしょい……」

しばらく待っていたが、空は晴天のままだ。

「いやいや、雨乞いの呪文はそれだけじゃダメなはずだ。もっと書いてあるはずだが……」

グアンも屍道書を覗き込んだ。

「あら、ほんとだ。なになに……、ねじりハチマキを巻いて、何か音を鳴らしながら、最後の部分を繰り返す。出来るだけ人数が多いほうがいい、だって」

ということで、その場にいた全員が、武具や食器、家具などの音のなりそうなものを持ってきた。

「よーし、いくよ!」

あーまーごーいーわっしょいわっしょい、

「もっとだ! 腹の底から声を出せ!」

グアンも、合いの手を入れてきた。同時に、みんなが鍋ややかんをカンカントントン打ち鳴らす。

わっしょいわっしょい、あまごいわっしょい、

「もーっともっと! 雨乞いもっとー!」

わっしょいわっしょい、あまごいわっしょい、草木よ生えろ、あまごいわっしょい、

「もーっともっと! 雨乞いもっとー! もーっともっと! 雨乞いもっとー!」

どこから取り出したのか、扇を振りつつ合いの手を入れる雨乞い将軍グアン。

すると、みるみるうちに雲が湧いてきて、ポツリポツリ。

「やったあ! 雨が降って来たよ」

そして、本降りになった。みんななぜか大喜びで、雨乞いの呪文を続ける。

「よし! 準備はできた。これでどうだ!」

グアンは、手のひらを上にして両手を地面の高さぐらいまで下げ、そして一気に立ち上がって手を天に伸ばした。その動作を続けていると、

「うわあ、木が生えてきた!」

あたりの地面から、スルスルとたくさんの木が伸びてきて、あっという間に人の背丈の倍ほどになった。

「そしてこうだ! 出でよ、木人!」

なんと、その木が枝を腕に、根を足にして、よっこらしょと立ち上がったのだ。

「うわあ!」

木人がそばに出現したため、驚いて尻餅をつく者もいた。

全ての木人が、おーんと吠えた。三十はいるだろうか。

「とどめはこれだ! イナヅマどっかーん!」

何か変なポーズを決めながら、グアンがそう叫んだ直後、カミナリが全ての木人に落ちた。


「きゃあ!」

さすがにグアン以外の全員が地面に伏せた。

「ちなみに実戦では、このカミナリは敵に落とすのだよ」

木が砕けて、ところどころ小さな炎を噴き出している。

そのころから空が再び晴れ渡った。

「すごい!」

グアンの実力を認め、立ち上がって賞賛し、拍手する人々。

「すごい! グアン将軍はすごい!」

グアンも鼻高々で、集まってきた人々の真ん中で、賞賛に答えた。誰かがテントから青龍ポールソードを持ってきてグアンに渡した。それを地面に突き立て、仁王立ちだ。

「すごい! もうグアン将軍ひとりで勝てる!」

「もうグアン将軍ひとりだけで勝てる! 俺たちが何もしなくても勝てる!」

グアンは少し苦い顔になってきた。

「ほら、みんなで砦を取り返すんだからね」

マルヴィナがなんとかその場を治めたとき、

国王のダニエラが馬に乗ってやってきた。

「それを、こっちでもやってくれ」

雨乞いを別の場所でもやってほしいようだ。

「木ではなく、草を生やしてくれ。馬が食べる草だ」

そう言って、全員を砂の荒れ地へ連れて行った。


日は傾き、空は少し夕闇が近づいていた。


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