第36話 大軍襲来
不気味な嵐が近づいていた。
そこは深夜の海岸。
「ヒーヒッヒ、もっと大きくしてやろう、前回よりも、もうっと大きくしてやろう。このメルクリオ様にかかれば、どんな藻屑も凶悪なモンスターとなある」
海岸で、たった一人でなにやら作業をしている。その人物は、背は高いが痩せ細り、鳥のようなくちばしがついた仮面を付けていた。
「ようし、だいぶ集まってきたぞ。では、かたちを作っていこう。今回はどんなかたちにしてやろうかな」
メルクリオは、呪文を唱えた。
海中のゴミが徐々に集まり始め、そして、それは海中から徐々に首をもちあげて、姿を現わした。
「うーむ、少し違う」
その巨大なものは再び海に沈んだ。
「今回は、深海の巨大コンブがたくさん打ち上げられたようだな。これをうまく使ってやろう、ヒーヒッヒ」
そうやって、メルクリオは何度か試したあげく、
「よし、これだ、出来た! いや、あとは小さな腕だけ付けてやろう」
いったんその巨大な塊を海に沈め、そしてもう一度ゆっくりと立ち上がらせた。
「ううむ、我ながらいい出来だ。よし、時間が来るまで海に沈んでいなさい」
その巨大なものが海に沈んでいき、そしてメルクリオもどこかへ去っていった。
そのころには、空はすでに白さを増していた。
ローレシア大陸の最南端、
そこに、百人乗りの揚陸船が、二十隻乗り上げた。
「上陸ー!」
波しぶきをかきわけながら、大量の兵士が砂浜を走っていく。
「目標地点に向けて、出発ー!」
合計二千人ほどの、武装して食料や水の入ったバックパックを背負った兵士が、ある方向へ向かって歩いていく。
その最後尾。
「フハハハハ! このルッジエロ様にやっと運が巡ってきたわ!」
他の兵士と同じように、体格の良い鍛え上げられた肉体に、鳥の仮面。
「副官、今日は百キロ移動させろ」
「はっ」
ルッジエロは近くの者に命じた。
「敵は小砦に立てこもる数百人! これはもはや訓練! おまえたち、気合を入れろ!」
本人は長い鞭を振って、馬に乗っていた。
「イゴル様は、いなくなったサンテリの代わりに、このわたしに主力を任せてくださった。ついに四天王になれたのだ。このチャンスを逃すわけにはいかん」
ルッジエロは馬を走らせた。
「そこ! 隊列を乱すな! 歩調を合わせろ! みぎぃ、みぎぃ、ひだりみぎぃ!」
百人隊隊長がいるのもかまわずに、自ら号令をかけだした。
二千人の兵士が上陸した海岸付近、
そこをさらに西へ進む三艘の大型船。その船の甲板上で、
「我々はもう少し先で上陸する!」
そう叫ぶのは、髪はとても短いが女性だった。背も周囲の男性と変わらず、そしてとても筋肉質だった。
鳥の仮面を首に下げている。かぶっているのが苦手なようだ。
「ヴァイ・フォウ様、上陸後の隊の動きですが」
さっき上陸した二千人の部隊と異なり、この隊は服装などもふくめてくだけた雰囲気があった。
「予定どおり敵拠点から数キロ離して布陣する。今回われらは後方支援だからな」
甲板上、背もたれを倒した椅子から起き上がりもせずにこたえるヴァイ。
「ただし、おれはメルクリオが動きだしたら、いったん単独で敵拠点へ向かう。ひと仕事してくる。そのときおまえたちはそのまま後方陣にいろ。」
「はっ、わかりました」
「今回は新しい鳥仮面級、ルッジエロを見極める作戦だ。気楽にいけ……」
実際に、その隊は必要なことを済ませばそれ以外、一切無駄なことはやらない方針だった。
だが。
だが、なんだ?
ヴァイ・フォウは何かが引っかかっていた。いつになく、霊感が働きだしていた。
ゴンドワナ大陸最北端のある町。
「ふむ、その者は確かにアセンデッドマスターと申したか」
「はい、いえ、グスタボ様の報告ではそのようになっています」
「そうか、わかった」
フードつきのローブを着た男は、その衣装の上からでも分厚い胸板、太い筋肉で覆われていることが推測できた。
「よし、その砦には我々も向かおう。屍闘士四人も連れて行く」
「イゴル様、作戦のほうはどういたしましょう」
「ゴンドワナ大陸もあと少しで完了だ。そのまま継続せよ。我らが必要なところだけ保留しておけ」
男は立ち上がった。
「高速艇はあるか?」
「はい、すでに港に」
部屋の隅の椅子に腰掛けていた、異様に顔色の悪い四名もゆらりと立ち上がった。
そして、イゴルと呼ばれた男のあとに従って、部屋を出た。
ローレシア大陸とゴンドワナ大陸の中間地点の海洋上、
大小百隻近い船が北へ進んでいた。
「司令長官、前方に嵐が見えます!」
「ほっほっほ、そんなものではびくともしませんよ」
かなり太った、司令長官と呼ばれた男は答えた。
「このまま進みますか?」
「嵐は友達、帰宅するまでが海戦ですよ」
その男が言う通り、嵐はその艦隊と同じ方向へ進んでいるようだった。
「いいですか、砲撃は、必ずネシュポルが仕掛けたあとに開始するのです。いいですね?」
そういって、司令長官は体をゆすって笑った。
艦橋に翻る旗が晴天のもと、
この艦隊の進む先に敵などいない、と謳っているように見えた。
かわってここはグラネロ砦、
二階の東南端にある居室、そこにグアンがいた。
砦を奪還してから、すでに二日が経過していた。
その居室には窓があり、ひっきりなしに大きな甲虫から小さな羽虫まで、出入りしていた。
部屋には虫が好きなお香が焚かれている。
「ふむふむ、二千人ほどの陸戦隊がローレシア大陸に上陸したとな」
報告後、カナブンは去って行った。
「そうすると、あとこれぐらいで到着か……、攻城兵器しだいだが、これはなんとかなりそうだな」
砦の周囲は、いつのまにか非常に多くの木々で囲まれていた。
ゾウリムシが徒歩で入ってきて、机の上から話しかけてきた。
「ふむ、海岸にあやしげな男がいたと」
ゾウリムシは続けた。何か大きなものが海中に浮いている。
「それはあれだな、いつかモモ殿が話ていたやつか。アイアンゴーレムをお願いしたほうがよさそうだな。よしわかった。テストも含めて準備しておこう」
ゾウリムシに礼を言い、歩いて去っていく。
黄色いトンボが入ってきた。急ぎのようだ。
トンボは、濡れた体で少し疲れていたようだが、報告を始めた。
「ふむ、なんと! 艦隊が向かっていると……、それが例のアショフの正規軍だな」
トンボは大きな目でうなずいた。
「ふむ、乗員も合計おそらく二万から三万……。わかった、ありがとう」
トンボは、軒下でしばらく休ませてくれと言った。
「ふう、ようし、来たぞ来たぞ」
グアンは大きく息を吐いた。
「グアンよ、おまえなら絶対できる。数百の軍勢で、必ず数万の大軍を退けられる」
グアンは、自分自身に言い聞かせる。
「ようし、やるぞ!」
突然立ち上がったグアン。
「いったん砲撃を受けきってだな……、この砦ならそれができるはず。そのあとに艦隊が占領のために上陸してからがやはり勝負となるか……。ならば、闇ギルドの陸戦隊はそのまえに一掃する必要があるな……」
グアンは再び座り、机上の紙にペンで陣形や数値を細かく書き込みながら、作戦を練った。
窓の外には、昆虫たちの長い行列ができ始めていた。
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