第29話 強行偵察

 自分の呼吸する音だけが聞こえていた。


周囲は星明りなのか、目が慣れただけなのか、林の中だが視界は悪くなかった。

ついさっきのことだ。

マルヴィナたち一行は、闇ギルドの強行偵察を待ち伏せし、見事に討ち取ることができた。そして、そのまま今度は自分たちが相手の拠点へ強行偵察を行うため、徒歩で移動していた。

最後尾を歩くマルヴィナの姿は、孤独のマントの効力のおかげで、おそらく他の者からは見えていない。足音も極力殺している。

ほとんど走るのに近い速度で歩いているため、息が切れそうだ。その一方で、マントはその内側に風が送り込まれているかのように、とても快適だった。

すぐ前を見ると、ヨエルも黙々と歩いている。やや辛そうだが、ふだんから生活の中で重い荷物を持って長距離を歩いているからだろうか、こういう時にあまり弱音を吐かない。

マルヴィナには、ほんの少しだけ、自分だけが置いて行かれる恐怖感があった。


 暗い林の小道を二時間ほど歩いただろうか、いきなり視界が開けた。

「ここだ。巨大な駐屯地といったところだな」

クルトが立ち止まって言った。

煌々といくつもかがり火が焚かれ、多くの人たちが動いている気配、物音がする。

「ここで何が行われているの?」

フードをあげて言葉を発したマルヴィナ。彼女も気にする通り、こんな夜中の時間にこれほどのひとが動いているのだ。何のためだろうか。

「おそらくだけど、闇ギルドの活動に必要な物流をここで行っているんだ。例えば、資金集めに必要な商品だったり、活動で得た財宝だったり」

クルトはおだやかな言い方をしているが、おそらくその財宝、不当に入手されたものであろうことは容易に想像がついた。

「たしか、ここのすぐ北に大きな街道が走っているよね?」

モモの問いにうなずくクルト。

「おそらくこの拠点の内部へ、大きな貨物馬車がたくさん出入りしている。街道を利用して、大陸中にものを輸送しながら活動しているに違いない」

すると、左手のほう、拠点の西側から何か騒ぎが聞こえてきた。

「よし、始まったようだ」

何かの計画が予定通りに進んでいるようで、クルトの表情に少し余裕が戻った。

「あれ、なんか焦げ臭いぞ」

そしてその臭いに、ヨエルが最初に気付いたようだ。

「軽装歩兵が風上から火を放ってくれた。おれたちはこの混乱に乗じて潜入する。行こう!」


 林の暗闇から出て堂々と敷地へ近づく六人。

そこは急ごしらえの木の柵で囲まれていて、しかも所々に隙間もあり、簡単に出入りできそうだった。

「私たち、こんな簡単に入って行って、大丈夫かしら?」

フードもかぶって完全に姿を消していたマルヴィナ。すぐ隣でふいに声がしたため少しぎょっとするクルト。

「ここは闇ギルド以外の人間もたくさん出入りする。おれたちのような冒険者風の人間もたくさんいるから、たぶん大丈夫だ」

クルトは、どことなく声のする方向へ答えた。

確かにそこから敷地の中を眺めると、火災に対応するために西へ向かっている者もいる半面、残って積み込みや積み下ろしの作業を続ける業者風の者もたくさんいた。

「人気の少ないところから見ていこう、あっちだ」

穀物だろうか、屋根もないところに麻袋がたくさん無造作に積まれていて、その横をすり抜けていく。ある倉庫の手前に来た。

「金属の錠がついているな……」

どうしたものかと考える風のクルトだが、

「このタイプのなら開け方を知ってるよ」

ミシェルが持っていたこん棒を短く持ってゴンっと当てた。

「ほらね」

鍵が開いた、というよりは破損して落ちた。

扉を開けると、中には大小の箱に金銀財宝が詰まっていた。

「うわあすごいね」

みな歓声をあげた。

「ここを陥落させればこれがぜんぶ手に入るのか」

モモもやや興奮している。

「そうさ、そのための今回の強行偵察なんだ」

クルトの声もやや自慢げだ。

「ただ、今回は置いておこう。重さで動きが鈍っても困るからね」

やや惜しい気持ちを抑えて、次の倉庫へ向かう。

「これも扉に鍵がかかっているな」

どうしたものかとクルトがあごに手をあてると、

「ここは僕に任せてくれ」

二コラがとても細い金属の棒のようなもの二本を手に、鍵穴をいじりだした。そして数十秒で、鍵が開いた。

扉を開けると、そこにはなにやら様々な道具が、大小の箱に詰まっている。

「うん、これは魔法アーティファクトだね」

モモは、さっと眺めただけでわかったようだ。

よく見るタイプの魔法の杖、魔法の指輪や魔導書などもあるほか、ちょっと何に使うかわからない大きなもの、小さなものまで山積みされている。

「この倉庫は、下手するとさっきの財宝よりも価値があるかもしれない」

モモもやや興奮気味で話す。

「よし、じゃあここはこれぐらいにして、次に行こう」

マルヴィナも、何か持って帰りたい気持ちをぐっとこらえた。

次の倉庫はやや北東寄りの奥まった場所にあり、そこだけ木の柵でなく木板の壁に囲まれ、雰囲気もだいぶ異なっていた。かがり火もなく、あたりは暗い。金属性の重そうな扉に、草のような模様が細かく刻まれている。

「この扉は僕がやってみよう」

そう言いながら扉の前に立ったのはモモ。手をかざしてなにやら詠唱しだした。すると、扉全体がほの青く光った。

「いわゆる、魔法の扉というやつだね」

モモがそういったとたん、扉がじわじわと開き始めた。

六人で中に入るが、中はかなり暗い。

「灯りの呪文を使うよ」

モモがそういって詠唱すると、頭上がパッと明るくなった。といっても、星明かりが射した程度の明るさだ。

そこも大型馬車に載せる荷台だろうか、大きな箱がいくつも並んでいた。

「何が入ってるんだろう?」

箱に近づいてみる。

「え? なにこれ?」

なにやら大量に入っているもの。

「え? ひと? じゃないよね?」

「人のようにも見えるけど……、人形?」

「モモ、これ、何かわかる?」

マルヴィナがモモに尋ねたが、

「いや、なんだろうこれ」

モモも目を凝らしながら見ているが、何なのか、何のためのものなのかわからない。

「触らないほうがいいよね?」

「いや、やめておこう。自動起動のアーティファクトの可能性もある」

白い人形のようなもののひとつにクルトが触れようとするのをモモが制した。

「こっちのほうもぜんぶ人形だな」

奥から二コラの声。

「なんか気味悪いね」

フードをあげたマルヴィナは、もうその倉庫から出たい気持ちが強くなっていた。


すると、

「おい、お前たち、そこで何をやっている!?」

突然声をかけられて、六人が一斉に倉庫の入口の方を見た。マルヴィナはとっさにフードをかぶり姿を消す。

闇ギルドの一員っぽい外見をした男が、いぶかし気に中を覗いていた。

「いやあすみません、前を通ったら開いてたもんで、ついつい入ってしまいまして……」

モモが満面の笑みで、もみ手をしながら入口へ歩いていく。

「この倉庫は侵入禁止だぞ!」

そこで男は何かに気付いたように、

「おい、お前たち、許可証は持っているのか?」

モモの顔色がサッと暗くなるが、

「おーい! 北面でも火災が発生している、すぐに来てくれ!」

少し遠くから呼びかける声。

「なんだ、今日はどうなってんだ、まったく!」

男はそう言いながらその方向へ走り去った。


 少し安堵の顔の六人、

「よし、今回はこんなもんでいいだろう」

というクルトの言葉に同意した。

もと来た道をめざして、なるべく人のいないところを通る。

西と北の二か所から火災が発生したこともあり、彼らが来た南東のあたりには人影がなかった。全員が木柵の隙間を出ると、人目を気にすることもなくなって彼らの歩く速度が少しあがった。

「よし、このまま砦まで歩き切ろう!」

それもけっこうな距離があるのだが、帰りのほうが気分的に楽だ。

また二コラを先頭に、林の中を歩いて行こうとしていたとき、前方の違和感に二コラが気付いた。

「待って、何かいる」

立ち止まって、その方向を指さした。

「松明が動いている。こっちに来るかもしれない」

「どうする? 隠れてやり過ごそうか?」

クルトが言う通り、ここで戦闘はしたくない。隠れてやり過ごすか、大きく迂回するか。

「二コラ、何の集団か見てきてくれる? わたしたちはここで待ってるから」

「そうだね、ちょっと待っててくれ」

そういって二コラが足音も立てずに林の中へ。

が、すぐに戻ってきた。

「彼らはグラネロ砦のメンバーだ、合流しよう!」

「え? なんでこんなところにいるんだろう?」

そう言いつつ、そちらへ向かう。

そこにはエンゾをはじめ、砦のメンバーがいた。それも、かなりの数。

「これはこれは、モモ様。ちょうどよいところで落ち合えましたね」

「エンゾ、あなたこんなところで何をやっているの?」

マルヴィナがフードから頭を出した。

「おお、マルヴィナ様、そんなところにおられましたか。我々はマルヴィナ様の命で急いでこちらに到着した次第で……」

その言葉にモモが割り込んだ。

「エンゾ、砦には何人残っている?」

「敵の拠点を総出で襲う、という話でしたので、ほとんど連れてきておりますが……」

「わたしそんな命令出してないけど」

「まずいね、すぐ砦に戻ろう」

モモの言葉と顔色により、その場にいた者たちがなんとなく悪い状況であることを理解しだした時、


「おーい!」

遠くのほうから声、そして馬脚の音。

「おーい、おれだよ、エマドだ、開けてくれ! エンゾに報告!」

エマドが慌てた様子で馬を止めて降りてきた。

「って、あれ? モモにマルヴィナ、二コラにミシェル、もう合流してたのか!」

もちろんその場にヨエルもいる。

「えっとそうだ、砦が襲われている!」

なんだって、と驚く者や、やはりそうかと厳しい表情になる者。

そこにもう一人やってきた。

「二コラ様!」

姿から、軽装歩兵隊の一人、女性だ。肩で息をしている。

「どうした?」

その隊員は、そこにマルヴィナや他のメンバーがいるのを認めながらも、二コラに告げた。

「北面の街道より敵の増員らしき部隊の到着を確認しました……」

そこでいったん言葉を切った。

「その部隊は、到着と同時に展開しました。おそらく……」

言葉の途中で、拠点の方角から飛来物が多数飛んできた。

「退避! 退避ー!」

「灯りを消せー!」

誰かが咄嗟に叫ぶ声とともに、悲鳴と恐怖と混乱が一度に訪れた。

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