第28話 待ち伏せ

 べったりと重たく張り付いた曇り空。


それでも、マルヴィナは心強い六人と歩いて気分は晴れていた。

空は曇っているとはいえ、砦の周囲の視界は良い。

クルトを先頭に、少しあとにミシェル、そのすこしあとにマルヴィナとヨエルとモモが、まるで戦闘時の陣形のように歩いていた。二コラはもっと先を進んでいるのか、もう姿が見えない。

「砦の周辺の土地は、平坦で草木もそんなに生えていない」

モモが言うように、かなり広い範囲で、地面が露出して平らになっている。

「これはおそらく理由があって、この砦が将来、数キロに渡って城壁を張り巡らし、城塞都市とする計画があったんじゃないかと僕は思うんだ」

「つまり、ここに大きな城を建てるつもりだったと」

ヨエルも歩きながら、その様子を想像しつつ見渡している。

「そう。ここは海が近いことから海運もあり、四季に恵まれて気候もよく、土地も肥沃で農業に適している。そういった背景から、完成していればいい城になったかもしれない」

「でも、なんでそんな土地にこれから城を作ろうとしたのかしら。もっと昔からあっても良さそうな気がするわ」

「そう、その通り」

モモは、マルヴィナの着眼点に少しうれしそうな顔で続けた。

「どうやら歴史的経緯があるらしい」

「歴史的経緯?」

「別の大陸との関係さ」

「別の大陸というと……、南にあると言われるゴンドワナ大陸のこと?」

「そう。いつのころからか、この地域が争いの種になった」

「ゴンドワナ大陸から攻めてくるとしたらまずこの地域を狙うのかしら……」

「何度も城が出来ては焼け落ちたのかな?」

そのヨエルの問いに、モモは頷いた。それが本当だとすると、あまり喜べることではない。


 整地されたようなエリアを過ぎると、あたりは少し荒れた起伏のある土地となった。

さらに一時間ほど歩くと、北斜面にお花畑が広がる場所に出た。以前も通った気もするし、しかし少し違う土地かもしれない。

その先には、人よりも背の高い草が群生していた。道はその中を進んで行く。

「このあたりだな」

前を歩いていたクルトが足を止めた。

いつの間にか二コラも合流して、道に円になって座った。まだ敵が来るまで時間がありそうだ。

「敵が接近してきたら、軽装歩兵隊が知らせてくれる」

その場の気持ちを察してか二コラがそう言った。心強い六人ではあったが、実戦を前に少し言葉少なくなっている。

そこからその六人はやや手持ち無沙汰になり、準備体操をはじめたり、空を眺めたり、群生する背の高い草を眺めたり。

それぞれが表情にはあまり出さないが、やや緊張感が高まっているのか、このようなときにどういった話をすればいいのか、言葉が湧いてこない。

少しやりきれなくなったマルヴィナ、ふと頭の中にメロディーが浮かんできた。

らん、ららん、らららんら、らん、らんら、ららら、らららん、


それが鼻歌になって流れ出した。

「ふふ、それは鎮魂歌かな」

横で聞いていたモモが空を見ながら言った。

そんな感じでしばらく鼻歌が続いたのだが、

「いや、それはゴンドワナ大陸に伝わる鎮魂歌のメロディーだ」

少し力の入った声でクルトが言った。

少し怒ったような、いやしかし、泣き出しそうな顔のクルトに、モモが何か尋ねようとしたとき、

「来た!」

軽装歩兵隊のひとりが近づいてきた。


 それよりも少し時間をさかのぼる。

マルヴィナたちから数キロ北西、南東方向へ向かう一団、六名。

六人とも黒っぽい衣装に身を包んでいたが、とくにそのうちの一人は、鳥のくちばしのようなものがついた仮面を付けていた。

その鳥仮面の男は苛立っていた。

「少し急ぐぞ」

さきほどからずっと急いではいたが、他の者にあらためてそう言い放った。

苛立ちの原因のひとつ。それは間違いなく、今回のミッションがいつになく突然決まったことだった。

だが、その指示が出たときに一番早く準備を済ませ、そして一番早く集合場所に現れたのもその鳥仮面の男だった。

いや、別に他のメンバーが優秀でないとはいっていない。この黒装束の五名が以前から優秀なメンバーであることは知っている。もちろん、組織の中で多少の優劣があったとしても。

「サンテリ様、見張り役との連絡が取れなくなっていますが、このまま進んで大丈夫でしょうか」

黒装束のひとりがやや息を切らせながら話しかけてきた。

「分かり切ったことを言う」

と口に出して言いそうになってやめた。

「このまま進む。問題ない」

もちろん、ミッションの内容に全く疑問がないかと言われれば、そんなことはない。

「おまえたちはそんなことをいちいち気にしているから、上へあがれないのだ」

そんな言葉が口から出そうになるが、それもやめた。

自分が鳥仮面、四人衆の中であきらかに四番手になってきている現状を思い出したからだ。

男は舌打ちしながら、先頭を急いだ。


 サトウキビの亜種が群生する閉所でその四人が現れたときも、あまりに無造作な素人臭い現れ方だったので、待ち伏せと気付くのに数秒時間がかかった。

「待てい!」

という覇気を含んだ声。

その声を聞いたとき、ほんの一瞬、嫌な考えが頭の隅をかすめたが、しかしそのあと鳥仮面の男の頭の中は良いイメージだけとなった。

「子どもか……」

という言葉が実際に口から出るほど、四人の一番前で棒を構える赤い衣装と髪の男は、華奢に見えた。

こちらは、鍛え上げられた鋼の肉体を持つ男たち。それも、人数で勝っている。

「時間は掛けるな」

その鳥仮面の男の言葉に、残りの黒装束五人も戦闘モードに入った。

両手に短剣を持った鳥仮面が、おもむろに距離を詰めようとしたとき、向こうから飛び込んできた。

「たあっ!」

相手の棒の一撃を、鳥仮面は一瞬で見切って腕で受け止める。打撃が軽い。

「うっ!」

黒装束の数人が少し呻いた。

その棒使いがすぐさま目標を変え、くるくると自身を回転させながら、黒装束の三人それぞれの、腹、手首、脛に打撃を与えていたのだ。

もちろん致命傷からはほど遠いが、

「油断するな!」

だからおまえたちは、と舌打ちして、反撃のために武器を構えなおし、息を吐き、そして吸った。

しかし、予想に反してその棒使いは体術を駆使しながら引いた。勢いのまま追い詰めようと跳ねたとたん、何かが割り込んだ。

「ふんぬうっ」

どすんと鈍い音がして、鳥仮面の男が膝から崩れ落ちた。とても重くて硬いものに衝突した気分。

それの、肘か何かがみぞおちあたりに偶然入ったかもしれない。瞬間的に反応して後ろへ転がり、その勢いで起き上がって立ち構える。

「サンテリ様!」

「なんともない、気にするな!」

声が上ずって裏返った。激情した五人が一気に襲い掛かる。

しかし、ものの五秒も経たないうちに、状況が一変した。

まず、背後から矢が立て続けに二本飛来、黒装束の二人の背中に命中した。それも、急所だ。二人は声も発せずにその場に倒れた。

そして、気付くと二名が股間を抑えて悶絶している。そう思った瞬間、黒装束の最後の一人が体当たりを食らって吹っ飛んだ。それっきり、動かない。

「なんだこいつらは?」

しかし、男は気持ちを切り替えようと頭を左右に振った。

「そんなことは関係ない!」

そして男は、走りだそうとしたが、途端に地面が氷結して足が止まった。

「こんなガキどもに! このおれが!」

必死に足掻く。そこではっと気付いた。

少し肩を落とし、そして震える握りこぶしを天に向けた。

「嵌められたか!」

おもむろに鳥仮面の男は懐から白いつぶを取り出し、仮面の隙間に放り込んだ。そしてそれを一気に飲み込んだ。

「おまえたち、また会おう」

そう告げると、男は立ったまま動かなくなった。


 戦闘が終わるころに重装歩兵も到着した。

「よし、ここは任せて、おれたちはこのまま敵拠点へ向かう!」

クルトの言葉で六人が再び歩き出した。

ちょうど、日が落ちてあたりが暗くなってきた。

「拠点の位置はだいたいわかる、このまま進もう」

そう言って、六人の先頭に立った二コラ。

灯りも使えないため、自然と二コラが先導するかたちになった。周囲はどんどん暗くなる。

マルヴィナの心にはなぜか、

鳥仮面の男が叫んだ言葉がいつまでも貼りついていた。

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