第27話 闇の前兆

 昼食後、人々がそれぞれの仕事に向かったあとに、

必要なメンバーだけが残った。


そこにいるのは、マルヴィナ、ヨエル、二コラ、ミシェル、モモ、エマド、そしてエンゾ。食堂の一角のテーブルを囲んで椅子に座り、そして皆深刻な顔をしている。

「闇ギルド、というのを君たちは聞いたことがあるかい?」

そう切り出したのはクルトだった。

その問いに、静かに頷く者、首を横にふる者、無反応な者、ただじっとクルトを見つめる者。

「その名はネシュポル」

誰かがゴクリと息をのむ音が聞こえた。

「僕は数年前から調査チームを組んでいてね。もちろん、その闇ギルドについての」

そこでいったん間を置いた。

「とんでもなく、悪い奴ららしい」

誰かの汗がしたたる音が聞こえた。

「いったい……、どんなことをしたの?」

マルヴィナが、恐る恐る聞いた。

「それは……」

そこにいる皆が固唾をのむ。

「わからない」

その言葉に、俯く者、顔を両手で覆う者、ひいっと声をあげる者、ただじっとクルトを見つめる者。

「いったい……、どうやって悪いとわかったの?」

マルヴィナが、再び恐る恐る聞くと、

「それは……」

耐えきれずに耳をふさぐ者もいた。

「相当悪そうな見た目をしている」

幾人かが、鈍器で頭を殴られたかのように目を見開いた。

「想像がつかないけど……、例えばここにいるエンゾとくらべたら、どっちが悪く見えるの?」

マルヴィナはやややけくそ気味に畳みかけた。

「それは……」

エンゾはなぜか数人から睨みつけられて、俯きながらも目をキョロキョロさせている。

「とても比べ物にならない」

そのクルトの言葉に、耳をふさいで目をつぶっていたヨエルがいきなり立ち上がった。


「ダメだ、僕もうがまんできない。マルヴィナ、そいつらを倒しにいこう!」

そうは言ってみたが、ヨエルは自分の責任になりそうなことに気付いて、再び椅子に座って小さくなってしまった。

「待ってくれ」

そこにクルトが話をつづけた。

「おれがここにやって来たのは、そのネシュポルがこの砦を狙っている、という情報を手に入れたからだよ」

「本当なの!?」

さすがにその話に、マルヴィナはじめみんなが身を乗り出した。

「ああ。それも、今日の夕方から夜にかけての時間」

「侵入経路は分かっているのか? すぐ準備する」

立ち上がって去ろうとする二コラを、モモが呼び止めた。

「待ってくれ二コラ、全体の動きを決めてからでも遅くはないよ」

わかったよ、と言って少し憮然とした表情ながらも椅子に座りなおす。ニコラは、そういった周辺の情報収集は自分の役目、ということで少し責任を感じているのかもしれない。

「闇ギルドは、この砦から内陸へ数キロ先に拠点を作ったんだ」

クルトが言い終わらないうちに、

「エマド、地図を持ってきてくれ」

モモの言葉にエマドがすぐ反応して走っていく。

数十秒後にはエマドが戻ってきて、詳細な地図を前に打ち合わせが始まった。


 それから一時間後、マルヴィナは砦内の自室に戻っていた。

いったん方針が決まると、あとは実際の行動を起こす時刻まで休憩しようということになった。

「ふう……」

三つ折りにされたベッドマットを敷き直してそのうえに寝転んだ。

「この部屋」

天井の採光穴からくる明かりで、部屋の中はとくにランプを点ける必要もなかった。

「窓が無いのが残念ね」

砦の二階、中央部に位置していることもあって窓がなく、白い壁に掛けられた大きな額縁、寒々とした冬の海の油絵が、その部屋から見える景色になっていた。

「そうだわ」

部屋の角にある白い小さな棚の奥の隅、赤い色の小さな木箱を持ってくる。

その木箱の底にあるネジを回すと、木箱は音をかなで始めた。

「似ているけど、少し違うのよね」

自分の生まれ故郷であるネルリンガー村に伝わる鎮魂歌に似ていたが、しかしそれはやはり異なる旋律だった。

「そうか」

忙しかったんだ、と独り言。

確かにここ一ヶ月、寝るとき以外にこの部屋で休憩することはなかった。このあと重要なミッションがあるという時になって、こういう風に休憩するのはなんだか変な気分なのだ。

「でも」

もしかしたら、楽しいのかもしれない。

力仕事で筋肉痛になったり、夜遅くまで作業して次の日も朝が早くて眠かったり、食べるものがあまりなくてお腹がすいたり、外で作業中に日差しが暑かったり朝晩寒かったり。

でも、毎朝学校に行って机に座っているよりも、ぜんぜん違う、つらくても楽しいのだ。


「そうか。わたし、学校に行ってたんだ」

魔法学校を不合格になったことは敢えて思い出さないようにしていたのだが、しかし今となってはもはや、どうでもいいことのように思えてきた。

ただ、今は闇の組織と戦おうとしている。

そう思った瞬間に不安が湧いてきた。自分以外のメンバーは、こういう時間をもっと有意義に過ごしているかもしれない。とりあえず立ち上がって、何かやろうと考えたが、何も思い浮かばない。

もう一度マットに寝転がると、様々な想念が渦巻いてきた。本当にそんな闇の組織と戦って大丈夫なのか?

その時、集合の鐘が鳴った。


 集合場所である砦の北門に着くと、マルヴィナの不安も一気に消し飛んだ。

主要なメンバーの六人だけでなく、敵拠点までの周囲の警戒を行う軽装歩兵十数名、そして砦の防衛と主要メンバーのバックアップ、補給路の確保を行う重装歩兵が同じく十数名。

砦内に本部が置かれて、砦に残るエンゾがバックアップの指揮をとる。

「軽装歩兵隊、出発してくれ!」

モモの声に軽装歩兵たちが足取りも軽く砦を出発していく。本部に設置された机の周囲、広げられた地図を前に主要なメンバーが集まった。

「よし、じゃあ簡単に今回の作戦をおさらいしよう」

モモは、光沢のある白地に銀刺繍のローブを着ている。戦場でいかにも目立ちそうだ。背中に頑丈そうな四角い鞄を背負っている。

「まず、敵の拠点はここ」

それは地図上の、砦から十キロほど北西に離れた場所だった。

「そして、予想される侵入経路がこれで、そして僕たちが迎え討つ場所がここ」

そう言って地図上をなぞりながらクルトのほうを見て、クルトが頷いた。

「ここは、背の高い植物が群生した場所があって、待ち伏せには最適なんだ」

クルトは赤い炎の刺繍の入った道着に、得意の武器である背丈より長い棒を持っていた。

「敵を補足したら、まずおれが仕掛ける」

クルトの自信満々の表情、瞳をじっと細める。

「おそらく敵は反撃してくるだろうから、おれはいったん離脱して、そこを……」

「そこであたしが敵の反撃をがっちり防ぎ切る」

ミシェルは盾役としては比較的軽装の革鎧で身を固め、左手には小盾、右手に棍棒。防具の下には麻の服。

「敵の人数が多ければ、後衛のモモを別角度から狙ってくるかもしれない。そこを……」

「僕が防ぐ」

ヨエルも同じように革鎧、小盾に短槍。両手首に黒光りするブレスレット。

「相手の反撃をいったん受けきったら、いよいよこちらの総攻撃。遠方からは……」

「任せてくれ」

ニコラは濃紺の装備でいかにも林やものかげに隠れられそうだ。小弓に背中の矢筒、そして腰に剣。

「マルヴィナは……」

クルトがマルヴィナのほうを見た。

「わたしはこのマントで見えない位置から魔法を決めるわ」

そうマルヴィナは言うものの、ただの灰色のマントに見える。首に黒いどくろのペンダント、腰に紫の鞘の剣、手には大きな屍道書を持っていた。

「そういえばマルヴィナ、その手に持っているのは最新の魔導書だね」

モモが興味深げだ。

「そうよ」

マルヴィナが開いて手でパラパラとめくってみせた。

「活性化させると声で必要なページを検索できるタイプだよね」

どうやったのか、本がうっすらと光り輝いて浮いた。マルヴィナがやや驚いた顔だ。

「え、えっと、そうよ、例えば…」

「氷結呪文?」

モモが言うと、ページが勝手にパラパラとめくれて、氷結呪文のページが開かれた。黒い文字のふちが黄色く光っている。

「うわあ、すごいねマルヴィナ。偉大なる魔法使いはこんなすごいのくれたんだ!」

ヨエルの言葉に、自信満々の顔で本を閉じるマルヴィナ。


「ところで、モモのその背中の鞄は何が入ってるの?」

よくぞ聞いてくれたと、モモが四角い箱型の鞄を開ける。

「驚かないで」

サッと呪文を詠唱すると、むっくり立ち上がってきたのは膝ぐらいの背丈の、赤黒い、

「わあ! なんだこれ!?」

「小型のアイアンゴーレムだよ。砦の門の左右に設置されていたもののミニチュア版さ」

「すごいね」

その小型アイアンゴーレムが、注目されているためか色々とポーズをとる。

「小型だけに攻撃力はあまりないけど、足に絡みついたりもできる。脅威でもないけど無視もできないという、なかなかにいやらしい位置づけなんだ」

「何か必殺技とかあるの?」

うっかりヨエルが聞いてみた。

「これさ」

そのアイアンゴーレムがこぶしを天に突き上げた。

「うっかりこいつの近くで腰を落としていたら、これが直撃する」

直撃したわけではないが、おうっと声をあげてヨエルが股間を抑えた。クルトも青い顔でそれを見ている。こんな攻撃には絶対に当たりたくない。モモも自分で説明しておきながら額から冷や汗が落ちた。

一方、それを見ていたミシェルは腹を抱えて大笑いし、二コラは顔を背けて苦笑い。マルヴィナは意味がつかめていないようで不思議な顔だ。

気をとりなおしたクルト、

「よし、じゃあ敵捕捉時の展開はそういう感じでいいかな。そのあと、勢いに乗って今度は我々が敵拠点を強行偵察する。あと何か質問はあるかな?」

クルトの問いかけに皆顔を横にふった。

「よし、じゃあ出発しよう!」

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