第26話 不死身
岩場に建つ円筒形の建物、その一階に降りてきたマルヴィナとヨエル。
そして背の高い老婆、パリザダ。
「これで送っていってあげよう」
そこにあったのは、派手なピンク色の円形のソファのようなものだった。
「座ってごらん」
と促されたものの二人が少し躊躇していると、パリザダは背もたれをひらりと飛び越えて座ってしまった。二人もそれにならって背もたれを乗り越えてソファに座る。
「え?」
ソファは少し浮かびあがると、静かにスルスルと移動し始めた。
「慣れればなんともなくなるよ」
「これ、どんな魔法なの?」
パリザダはやや自慢げにふふっと笑うと、
「これは実は魔法じゃないのさ。あたしたちは、もちろんマジックデバイスも使うけど、純粋なマテリアルデバイス、つまり、マナを一切使わずにからくりで動作する道具も使うのさ」
ソファは岩場を過ぎると、海面の数メートル上をゆっくり進みだした。
「すごいね」
ヨエルもソファのへりから海面を覗き込んでいる。
「ちょっと遠回りして帰るからね」
そういうとパリザダはソファにくつろぎだした。マルヴィナとヨエルもくつろいで今度は空を見上げた。上空は強い風が吹いているのか、雲が長大に引き伸ばされている。
「ラオの話は面白かったかい?」
「うん、でも少し難しかったかな。修行のやり方をもっと具体的に聞きたかったかも」
「そうだねえ。たいてい何をやってもマナは増えるんだけど、例えばあたしなんかは、体を鍛えたりしてるかな」
そういってローブの袖をまくり、腕をまげて見せた。
「え、すごい?」
マルヴィナとヨエルが驚いている。とても老人とは思えない腕の太さだったからだ。だからといって、太っているようにも見えない。
「だけど、一番てっとり早いのは、自分の助けてほしい神様に祈ることさ。それも、何かをお願いするというより、感謝の祈りが一番効果的なんだよ」
「なんで感謝するのが一番いいの? 確かにいろんな場面でそういう風に教えられるけど、理由を聞いたことがなかったんだよね」
「今自分たちがいる人の社会では、感謝は単なる気持ちの問題、というのはわかるだろう。でも、神が存在する世界では、この世界と全く法則が違っていて、感謝によってマナを実際に渡せるのさ」
「え、でも神様にマナを渡して何か意味があるの?」
「あはは、そのへんの盗人と違ってね、神と呼ばれる存在になると、もらうと返したくなるものなんだよ。そして、そのマナの循環が、大きな力になる。マナの大きな流れをつかめばいいってわけ」
「なるほど」
と答えつつも、実はあまり理解できていないような表情のマルヴィナ。ヨエルも魔法を使うわけではないので、横でやや他人事のようだ。
「実際にその目で確かめれば、少しわかるようになる」
パリザダが思わせぶりな口調になったとき、
「海中になんかいる!?」
ヨエルが何かに気づいた。
「やってきたね。振り落とされないようにだけ気をつけな」
パリザダはそう言うと、乗り物の真ん中で仁王立ちになった。マルヴィナはもらった屍道書をしっかり抱えた。
海中からは何か巨大なものが出現しはじめた。霧雨のような細かい水の粒が三人の頬に当たる。
「うわあ!」
「なんなのこれ!」
「これは伝説の巨竜、レヴィアタンの、それもおそらく子ども!」
パリザダが操作しているのか、進行方向の海中から出てきた巨大な物体を、左に迂回するように向きを変えた。巨竜が吠えたのか、太い低音とともに波がざわついた。
「アーウームー、われ、雷神ココペリに帰依す、千のイカヅチはその範を出ず、千雷万招!」
パリザダが詠唱した直後、
海中から飛び出した巨竜の頭部と思われる部分を、巨大な青い半透明の球体が包みだした。そして、その球体内で雷が左右に、一回、二回と連続で発生、終いには同時に数十が連続して球体内で光った。
「うわあ!」
再び悲鳴をあげるマルヴィナとヨエルだが、よくよく見ると、いや、聞くと音がしない。光が漏れてくるだけだったので、二人はすこし冷静になった。
「魔法というのは、威力があがるほど周囲を守ることが大事になってくるんでね」
パリザダがパチンと指をはじくと、不意に無数の稲妻と球体が消え、巨大な存在が再び海に沈みだした。
「死んだのかな?」
「いいや、こいつらは不死身だ。この程度じゃあ死なない」
「ほんと、びっくりしたよ」
ヨエルが空飛ぶソファの床に何か貝殻のようなものを見つけて手を伸ばそうとしたとき、彼の頭上を高速で何かがかすめていった。
「きゃあ!」
マルヴィナのマントも何かがかすめたようだ。
「ああ、ごめんごめん、レヴィアタンは時々、沈み際に鱗で攻撃してくるのを忘れてた。向こうにしたら遊んでくれたお礼のつもりなんだろうけど」
「え、今の当たってたら……」
「確実に死んでたね」
パリザダは笑っているが、ヨエルは真っ青だ。
「なんか私のマントにもかすめていったけど」
マルヴィナがマントのその部分を見てみるが、何ともないようだ。
「そのマントはオリハルコンが編み込んであるからね。少々のことじゃあ傷ひとつ付かないよ」
へえと感心した表情でマントに頬ずりするマルヴィナと、放心した顔で両手首の胆力のブレスレットを眺めるヨエルだった。
その後しばらくして砦近くの陸地に降り立った三人。
「ここらあたりでいいかな」
「パリザダ、最後にひとつ教えてほしいんだけど」
「なんだい?」
「どうやったらあなたのように強い魔法が使えるようになるの?」
「そうだねえ。さっき言ったように、コツコツとマナを貯めるのも重要だけど、自分自身の特性を知ることがもっとも近道かもしれないね」
「特性?」
「そう、簡単に言えば自分の属性ね」
「自分の属性?」
「おや、あんたは自分の属性も知らずに魔法を使っていたのかい」
マルヴィナがややうつむいて頭を掻いた。
「あなたは屍道士だし、見た目も水属性だね。だから、屍道以外にも、水や氷の呪文をマスターすればいいよ」
「氷の呪文って、あの相手の動きを止めたりするやつだよね?」
「そう。その屍道書にも氷の呪文の章があるはずだよ」
「うん。私が前に持っていた屍道書にも書いてあった気がする。効果があまりよくわからなくて、読み飛ばしてたんだよね」
「ふふ、ものごとはたいていそういうもんだよ。気付いた時が勉強のしどきさ」
「僕も何か属性があるのかな?」
ヨエルも自分の属性が気になったようだ。
「君は草花のイメージが見えるから、おそらく木属性だね。いや、しかし、なぜか炎の属性も見える。不思議だね」
目を細めて、パリザダがヨエルをしばし見つめる。
「ふーん、なんでだろうね」
三人とも思案顔だったが、けっきょくよくわからなかった。
パリザダにさよならを告げ、二人は砦に戻った。
それから一ヶ月ほど後のこと。砦では、新しいニュースがあった。
ちょうどお昼の時間で、砦の食堂に皆が集まっていた。近隣からさらに人が集まっており、食堂内もすでに百人近い人間がいた。そこに、モモと二コラ、ミシェルがいて、呼び止められた。
「おーい、マルヴィナとヨエル、おいでよ」
「どうしたのモモ? それにみんな集まって」
「すごい助っ人が加わってくれることになった、もうすぐ来るよ」
モモが珍しく興奮して話す。
「へえ、誰だろう」
そういいつつも昼食が始まった。
しばらくして、
「おお!」
食堂の入口あたりが騒がしくなった。
「おお!」
「クルトだ!」
食堂の入口から、棒を持った赤毛の人物が入って来るのが見えた。
「クルト! クルト! クルト!」
マルヴィナの前に来る頃には、すっかり名前の連呼が始まっていた。皆の声に手を挙げて答えながら、その人物が歩いてきた。
そして、その人物が立ち上がったマルヴィナに手を差し出すと、一瞬周囲が静まりかえった。
その手をマルヴィナはしっかりと握り返した。
「うおおー!」
歓声があがったが、
「えっと……」
マルヴィナが声を発したため、周囲がまた静まり返った。
「誰だっけ?」
その言葉に皆が固唾をのんだ。
「いや、あの、冒険者大会で戦った相手チームのエース、クルトだよ」
慌ててモモが説明を加えたが、赤毛の人物の顔がやや青ざめている。
「え? 冒険者大会?」
マルヴィナもここ最近いろいろあったためか、そもそも冒険者大会に出たことをすっかり忘れていた。
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