第24話 訪問

 砦が海から出現した怪物に襲われ、そしてそれを撃退して数日後のこと。


朝、砦の食堂。

「偉大なる魔法使いが近くに来てるんだって」

エマド・ジャマルの言葉に、朝食のパンと卵を口に入れたマルヴィナとヨエルが、え?とエマドのほうを見た。

「少し沖合にでたところに島があって、仮の住まいにしてるんだよ。知らなかった?」

「へー」

エマドの話にあんまり興味のなさそうなマルヴィナとヨエル。

「なんでも究極の魔法アーティファクトを持っているらしいよ」

「ほう」

朝食を摂る手を止めて、二人とも少し興味を持ちはじめた。

「なんでもそういうアーティファクトを気前よくくれたりするらしいけどねー」

と言って今度はエマドが朝食をまた食べ始める。

「え、どうする? 行ってみたいね」

「場所を教えてあげてもいいけどねー」

そう言いながらやや態度が大きくなるエマド。

「ほら、ヨエル、エマドから場所を聞き出してよ。今日の作業キャンセルして、さっそく行きたいんだから」


 エマドから場所を聞き出した二人。さっそく小舟を出してもらい、マルヴィナとヨエルの二人は塔のある小島に到着した。

島は想像していたよりも小さく、島というより単なる岩場と言ってよい大きさだったが、そこに建っている建物は住居と呼ぶには大きなものだった。

レンガ造りの円筒形のその建物は、窓の配置からして三階建てのようだ。二階あたりに小さな煙突があり、そこから湯気が出ていて内部に人がいることが窺えた。

「入口はどこにあるんだろう?」

二人で足場のあまりよくない岩場を上がっていくと、それはすぐに見つかった。

「えっと……」

何か大きな玄関扉の、それも頑丈で厳重なものを予想していたのだが、それは見事に外れた。

農家の納屋か馬小屋の入口のようなものがぽっかり開いており、扉も付いていない。そして、いろいろなものが建物の内と外と問わず置かれていた。

「入っていいのかな?」

そういった置かれているものはゴミというわけでもガラクタというわけでもなく、あきらかにまだ使えそうなもの。用途がよくわからないが外観がきれいなものもある。

「誰もいないのかな?」

ヨエルを先頭におそるおそる入口から入ろうとする。


内壁には棚が並び、いろいろなものが置かれている。床にも様々なものが散乱しているが、円形の大きなソファのようなものが目についた。入口から一番遠い奥のほうに、壁に沿って階段が見える。

「あ、ちょっとまってヨエル」

階段まで進もうとしていたヨエルを、マルヴィナが呼び止めた。棚に何か見つけたらしい。

「ほらこれ、魔導書だよね?」

「ほんとだ。マルヴィナが持ってたのと似てるけど、作りたての真新しい感じだね」

「これ、もらえたりしないかしら」

さすがに無理じゃないかな、と言いながら、ヨエルがまた別のものを見つけた。

「これもなんかいい感じだね」

黒い革張りに金色の金具でふちどられた、四角い鞄だった。

「わ、意外と重いや。工具でも入っているのかな」

なにげに留め具を外そうとすると、

「わ、なんだこれ」

意外と簡単に留め具が外れ、それはパタンパタンと開き始めた。そして、みるみるうちに立ち上がり、マルヴィナとヨエルを見下ろした。

「わー!」

「きゃあ!」

マルヴィナとヨエルの二人とも、思わず尻餅をついてしまった。

それは、忘れもしない、ローブを着ておらず骨のような体だが、ネルリンガー村を襲った邪悪な魔法使いだった。ヨエルは何か周囲に武器はないかと手で探るが何も見つからず、マルヴィナはあとずさりしながらあたふたしている。


「我の名はチャデク……」

マルヴィナが護身用の剣を持っていたのを思い出し、ヨエルに放り投げた。

「なんなりとご用命を」

なぜか魔法使いの様子がおかしい。攻撃してこないで突っ立ったままだ。その時、階段から誰かが降りてきた。

「おや、お客さんかい。珍しいね」

黒っぽいローブを着た老婆だ。

老婆が階段から降り切ると、その身長がとても高いことがわかった。突っ立っている骨のような姿の魔法使いと同じほどもある。二人が立ち上がりながらもまだ少し警戒している様子を感じて、

「これかい? これは折り畳み式の召使いだよ。魔法も少し使えるがね」

「私はマルヴィナでこっちはヨエル。おばあさんは偉大なる魔法使いの方ですか?」

折り畳み召使いまだ気にしながらも、一番聞きたいところを尋ねてみた。

「いいや、あたしはパリザダ。偉大なる、と言っているのはたぶんラオのことだね。今日はここの三階にいるから、会ってみるかい?」


 パリザダに促されて、階段を登っていく。

二階は少し片付いているように見えたが、三階に上がるとまた色々な物でごった返していた。

「ラオ、お客さんだよ」

パリザダが呼びかけると、奥のほうから返事があった。そしてパリザダはそのまま階段を降りていった。

奥に進みたまえ、という声。天井まで届きそうな棚や物を避けて奥へ進んだ。進んで行くと、大きなテーブルで、誰か作業している。

「あ、あなたが偉大なる魔法使い?」

白髪に白いひげだが、肌がとてもきれいで、まるで若者が付けひげをして老人に変装しているような印象だ。

「そういう風に呼ぶひともいるがね」

男は手を止めて、顔を上げた。

白髪に白いひげはいいとして、オレンジ色の上下つながった作業服のようなものを着ており、あまり魔法使いには見えない。二人がいぶかし気な顔で眺めていたのに気付いたのか、

「ああこれか。これは続き服といってね、楽だから着ているんだよ」

馬車職人のような出で立ちなのだが、その服の素材が少し変わっていた。やたらとテカテカしている。

「これは本当に楽でね、それに、どんな環境でも適応できる。なんなら宇宙にも行ける」

「うちゅう?」

聞きなれない単語に思わず聞き返したマルヴィナ。


「たぶんあれだよ、空のずっと上の世界」

ヨエルの説明に、ああそれかと相槌を打つマルヴィナ。

「ところで君たちは、どういった用事で来たのかな?」

偉大なる魔法使いからそう聞かれて、二人は思わず口ごもってしまった。二人でこそこそと内緒話が始まった。

「ねえ、いきなり初対面でなんかくれって話、しづらいわね」

「うん、適当に当たり障りない話から始めたほうがいいかも」

「あなたなんか質問してよ」

「え? 質問? うーん、何かあるかなあ。いざとなるとなかなか出てこないけど……」

見かねた老人、

「何でも聞きたいことがあれば聞いてくれていいよ」

とっさにマルヴィナの口から、

「この世界って何のために存在するのですか?」

言ってしまったあとでマルヴィナの顔が赤くなった。いくら偉大と呼ばれている者が相手とはいえ、いきなり変な質問をしてしまった。

「ふむ。おもしろい」

老人は姿勢を正すように椅子に座りなおした。

「そのような本質的な質問をしてくる人間はあまりいなくてね」

老人のその言葉に、マルヴィナは少しほっとした。

老人は二人にも座るように促した。

しかし、椅子があるわけでもなかったので、ふたりはそれぞれ適当に腰掛けられそうなところを見つけてそこに座った。

「たいていは、成功する方法だったり、お金儲けの方法を聞いてくる」

なるほど、それもあったかとマルヴィナはやや後悔した表情。

「あるいは、莫大な財宝のありかだったり、それを守る魔物を倒す方法だったり」

確かに、そういうのも知りたいけれど……。


「しかし君たちは若いのに、世界が存在する理由を知りたい」

マルヴィナとヨエルはうんうんと頷く。最初は変な質問をしてしまったと思っていたが、今は答えを早く知りたくなった。

老人は作業机の端に手を伸ばした。そこにはふたの付いた小さなボトルのようなものがあり、老人はふたを開けてそれに口をつけた。なにか飲み物が入っているようだ。

「中には国の王になりたい、その方法を知りたい、という者もいた」

マルヴィナは、やや前のめりになっていた姿勢を少し戻した。

「そういう者の中には、既存の国をどうやったら転覆させられるか、どうやってだまし討ちにできるかを問う者もいた」

「それは教えたの?」

「ううむ。もう忘れてしまったが、わしは善悪よりその人間の熱意に弱いからのう」

悪意の人間に何でも教えられると困るのだが、しかし、熱意があれば教えてくれる、というのは希望が持てる。

「ところで、質問はなんだったかな?」

「いえ、その世界が存在する理由を」

「おお、そうだった」

そう言ってほほ笑む老人だが、マルヴィナとヨエルの心のなかで、ひょっとしてこの老人は答えを持っていない、あるいはあまり答える気がないのでは、という思いが少しだけ芽生えてきていた。


「ようし、そろそろ答えるか」

そう言ったところで、誰かが階段を上がってくる音。

「お待たせ」

背の高い老婆パリザダが、デザートと飲み物をお盆に載せて持ってきた。作業台のうえに置いて、

「さあ召し上がれ」

飲み物が入ったカップはふつうのお茶のようだが、お皿に盛られたデザートは明らかに人間の目玉のように見える。

マルヴィナは眼力でヨエルに先に食べるように促した。パリザダも、今度はすぐ帰らずに様子を見ている。ヨエルが皿に手を伸ばすのをジッと見ている。

「いただきます……」

ヨエルが目玉をひとつつまみ、一瞬天を仰ぎ、そして口に放り込んだ。

「う!」

三人が見守る。

「み、見た目に反してほのかな甘味と酸味、そしてさっくりした歯ごたえ……。これは、う、旨い!」

その言葉に反応したマルヴィナもひとつつまんで口に入れた。そして、あら、意外と美味しいわね、という表情だ。

「パリザダは意外と料理がうまいのだ」

ラオの言葉にパリザダの頬が一瞬ぴくっとしたが、しかし特に何も言わずに階段を降りて行った。

マルヴィナは、何のためにここに来たかを忘れかけていた。

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