第23話 砦の備え

 結局、ミシェル隊に二コラ隊も加わって、総勢十九名で東門より出撃していった。


マルヴィナはその様子を砦の城壁の上から見たいところだったが、エンゾから本部にいてくれと言われ、しかたなくヨエルとともにその場に残ることにした。

本部から、何度も伝令を城壁のうえの物見や東西の門に出して、外の状況を確認させていた。

「伝令ー! 二コラ様およびミシェル様率いる部隊が、敵藻屑を数体切り倒しました!」

「伝令ー! 二コラ様およびミシェル様率いる部隊が、敵藻屑数体を城壁より引きはがすことに成功しました!」

エンゾの元に次々と伝令がやってくる。

しかし、ひっきりなしとはいえ、途切れる時間帯もあり、その間はほとんど現場の状況がわからない。本部にいたマルヴィナは、イライラしながら思わず椅子から立ち上がった。

それを見て、

「マルヴィナ様、ぜひ落ち着いてお座りください。将たるもの動かざること山のごとし」

「そう言われても……」


エンゾに言われて不平を言いつつも椅子に座りなおすマルヴィナ。彼女はこの組織のトップだ。だから、こういう状況でもどっしりと構えて座っていないといけない、というのは理屈では分かる。しかし、頭では理解できても気持ちはそうではなかった。

「よくこんな状況で座っていられる……」

と口には出さないが、強く思った。

エンゾは何を考えているのかわからないが、伝令が来ない間も落ち着いて座っているし、ヨエルは腕を組んで目をつぶって椅子に座っている。ヨエルのほうは強そうに見せる演技なのだろうけど。

「マルヴィナ―!」

そこにエマドが、東門の方角から走って来た。

本部にいるマルヴィナを見つけて走り寄ってくるのだが、そこに無言でエンゾが立ちはだかった。エマドが舌打ちしながら、

「南東の海より新たな敵出現! 巨大な未確認物体が砦に接近しています!」

「なんだって?」

「だから! 藻屑のでっかいのが海から出てきたんだって!」

エンゾが助言を求めてマルヴィナのほうに視線を向けるが、マルヴィナは反射的に目を逸らせてしまった。

「……エマド隊員は引き続き状況を伝えよ」

「え、どうすんだよ、あんなのミシェル隊や二コラ隊でも太刀打ちできないよ!」

エンゾはその言葉を気にせず、エマドに去るように手振りで示した。エマドがもう一度舌打ちして去ろうとしたとき、

砦の地下で調べものをしていたモモが本部にやってきた。

「戦況はどうだい?」

「モモ! 何かわかったの?」

一緒に正門に行こう、とそこにいるメンバーを誘うモモ。


そして、

本部から砦の南側にある正門に着いたマルヴィナ、ヨエル、モモ、エマドとそしてエンゾ。

「この大きな正門の左右の柱、ほらここ、鎧戸になっているでしょ。エンゾ、これ、なんだかわかる?」

「へえ、あまり気にしていませんでしたが、倉庫か何かで……」

確かにエンゾが言うように、そこが鎧戸になっていることにほとんど気付いていなかった。

「この鎧戸を巻き上げる装置があるはずだ。ちょっと探そう」

とりあえず門の左側の柱のあたりを探すと、巻き上げ装置が入った箱がすぐに見つかった。エンゾが、箱の中の装置の横に掛けてあったハンドルを取り付けて回してみた。徐々に鎧戸が巻き上がる。

「こ、これは……?」

マルヴィナたち、そして監視室から出てきた数人も含め、そこにいた全員が驚きの声をあげた。

「地下で僕が見つけたのは、これの予備だよ」

「アイアン……、ゴーレム?」

「そうだ、それも、最新式の大型タイプだ」

その姿は、今までマルヴィナが見てきたような、無骨でとげとげしい、赤さびた鉄くずの塊のようなものではなく、各部が太くそして丸みを帯び、そしてその表面は赤黒く塗られ、そして磨かれて光っていた。高さも、門の入口と同じで三階建ての家ほどもある。

「まるで鋼鉄の筋肉……」

「じゃあ今から動力を起動させるから」

「動力?」

「いわゆる魔動力ってやつだね。魔力を効率よく動力に繋げるための仕組みなんだ」

そう言ったあと、懐中からメモを取り出して開き、アイアンゴーレムの方を向いて何やら呪文を唱えはじめた。アイアンゴーレムの装甲の隙間が鈍く光り、低い回転音が聞こえだした。

「じゃあ、僕は東門から出て、こいつと一緒に応戦する」

「え、大丈夫なの?」

そのマルヴィナの問いに強く頷くと、エンゾに今度は鎧戸を閉めるように伝え、

さらに監視室の担当者に指示を出した。自分が南門の前まできたら、外壁側の鎧戸を開くように。そして、「じゃあ」と言って、東門へ走り出した。


 そのあと、マルヴィナたちはけっきょく砦中央に設置された本部へ戻っていた。

マルヴィナは、

モモが去ったあとに戦闘の様子を見ようと南門の城壁をあがろうとしたのだが、けっきょくエンゾのたしなめられて本部に戻ったのだ。そして、まだ納得がいかずやや不貞腐れている。

「ヨエル、あなた外を見に行きたくないの?」

ヨエルが座る椅子を小さく蹴って小声で尋ねるマルヴィナだが、

「うん、まだ大丈夫でしょ」

ヨエルはそう言って大きなあくびをした。強そうな顔を続けるのにどうやら疲れたようだ。

すると、監視役の隊員がエンゾの元へやってきた。

「モモ様のアイアンゴーレムと巨大藻屑が戦闘に入りました!」

引き続き監視せよ、とのエンゾの指示を受けて帰ろうとする隊員、

「ミシェルと二コラは?」

呼び止めるようなかたちでマルヴィナが聞いた。

「ミシェル様と二コラ様は、アイアンゴーレムの戦闘に巻き込まれないようにいったん兵を引いています!」

「わかったわ」

そう言ってエンゾのほうを向くと、

「エンゾ、ミシェルと二コラにいったん砦内まで引いて休憩するように伝えて」

「はっ、はい、わかりました」

エンゾが、そのまま監視役の隊員にその旨を指示した。

そのころから、アイアンゴーレムと巨大藻屑の戦闘で発生した音だろうか、低い衝突音や金属がぶつかったような音が聞こえるようになった。

しばらくして、ミシェル隊と二コラ隊が戻って来た。

「いやあ、疲れた」

そう言いながら戻って来た二コラは、しかし実際はそれほど疲れた感じではなく、明るい表情だ。それはミシェルも変わらず、二人とも額に汗を光らせていた。

天候もいつしか日差しが出て、しかし同時に霧雨で周囲が濡れて、戦闘中とはいえ、すべてのものがキラキラと輝いているようだった。

「敵はどうなの?」

とヨエルが二コラとミシェルに話しかけた。もう眠くはないようだ。

「ああ、あの藻屑たちはそれほど危険じゃない。でも、タフだから行動不能にするまでにけっこうスタミナを消費するね。まだ三分の一ほど残っていて、一部は城壁をよじ登ろうとしているよ」

その二コラの言葉にかぶせて、

「二コラ隊が、斬撃が有効なのを見つけてからだいぶ楽に倒せるようになった」

とミシェル。


少し時間も早かったが、砦内の全隊員が交代で簡易な昼食をとることにした。

昼食をとって数分後、

「よし、じゃあ僕たちはまた出撃するよ」

そう言って、二コラ隊とミシェル隊はまた出撃していった。

そのあと周囲はほぼ静寂となり、日差しも気持ちよく、鳥のさえずりさえ聞こえてきた。ネルリンガー村で邪悪な魔法使い率い山賊たちと戦ったときは、ずっと喧騒に包まれて忙しく動いていた気がしたが、今回は大きく違う。

マルヴィナは、自分が黙ってじっと座っているのが耐えられなくなっていた。しかし、隣ではヨエルは再び目をつぶって考え事をしているし、エンゾは椅子の背にもたれかかって足を組み、うしろから少しわかりづらいが、何度か大あくびをしている。

マルヴィナはとてもイライラしていきて、次にエンゾがあくびをしたら持っていた護身用の剣で頭をポカンと叩いてやりたくなってきた。少しエンゾの座る椅子まで距離があったので、気づかれないように注意しながら椅子をズリズリとずらしていく。

そこに監視役の隊員が再びやってきた。


「モモ様のアイアンゴーレムが、敵巨大藻屑の行動を停止させました!」

「よし! のちほど確認の隊員を向かわせる、引き続き監視せよ!」

エンゾと監視役が敬礼した。

それから数分後、

汗だくになったモモが帰還し、そしてさらに一時間後、藻屑まみれのミシェル隊と二コラ隊が帰還した。戦闘が終了すると、マルヴィナの苛立ちもなんとか収まった。


そして、

砦にいた者たちは、初めての防衛戦に勝った喜びを、噛みしめ合ったのだった。

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