第22話 海の藻屑たち

 その数日後、


グラネロ砦の周辺は朝から霧が出ていた。

「エンゾ防衛隊長に伝令ー!」

外回りをしていたエマド・ジャマルが、グラネロ砦の南側にある大きな正門を走り抜けた。そして、そのまま広場に設置された防衛隊本部に飛び込んだ。

「エンゾ防衛隊長に伝令!」

エマドが、椅子から立ち上がったエンゾの前で短く敬礼した。

「南西方向、海中より未確認の物体が多数上陸、この砦に向かっています!」

「なにい!?」

「変な藻屑の塊みたいなのが湧いてきて、この砦に向かっているんだって!」

納得していないエンゾにエマドも叫び返した。

「よし! 防衛班により対応する。防衛班長ー!」

すぐさまエンゾが四名の班長を呼び出して指示を出した。

「おれはギルド長のところへ行ってくる」

本部担当者にそう言い残し、エンゾが砦の食堂へ向けて小走りになった。

食堂では、マルヴィナ、ヨエル、そしてモモの三人が朝食を摂っていた。その日は周辺の農地の状況確認と、これからさらに開墾していくための土地の視察を予定していた。

「サトウキビ畑の周辺に花が群生している場所がいくつかあるらしいんだ」

「そう、あそこね、知ってるわ。南向きの斜面にいっぱい咲いているのよ」

「え、マルヴィナはもうチェックしてたんだ」

「え、うん。ちょっとね」

「一度ヨエル君にも見てもらったほうがいいと思うんだ、売り物になるかもしれない」

「うん、興味あるね。花の専門家である僕が見てあげよう」

そうヨエルが答えたところでエンゾがやってきた。


「ギルド長ー!」

組織的にはマルヴィナがギルド長、モモが副ギルド長、ヨエルは特別ギルド員、そして拠点である砦自体のトップはエンゾ防衛隊長、という体制になっていた。

「あら隊長、慌ててどうしたの?」

「ギルド長、いえ、マルヴィナ様、砦が襲われておりまする」

「あらそう、よかったじゃない」

そう言って元の会話に戻ろうとするマルヴィナ。

「なんだってエンゾ?」

しかし、モモが聞き捨てならないとエンゾに尋ねた。

「海から上がってきたモンスターが砦に向かってきているんですよ」

「なんでそれを先に言わないの?」

とマルヴィナ。

「いえ、だから今そう言いましたところで」

マルヴィナがエンゾをなじったが、どうやらマルヴィナのほうが何か別の、どうでもいいことと勘違いしていたようだ。毎日、砦に関する広範囲なことに関わっているため、頭がすんなり切り替わらないのだ。


「よし。でも、どうするかな?」

砦を襲われるのが初めてで、マルヴィナも何からやればいいかすぐ思い浮かばない。

「エンゾ、防衛班に指示は?」

「もう出しました」

「閉門は指示した?」

「あ、いえ、まだです……」

エンゾもうっかり門を閉じる指示を出していなかったようだ。そのまま本部へ戻ろうとする。

「じゃあ、マルヴィナとヨエルは本部へ行って門を閉じる指示を出してくれるかな? 僕は急ぎで地下で確認したいところがある。エンゾ、案内してくれないか?」

「わかったわ。行こうヨエル!」

けっきょく、モモの指示でそれぞれが動き出した。


 グラネロ砦の四つの防衛班は、それぞれ東西南北の門に割り当てられていた。

そして、それぞれの班でこれは閉じたほうがいいだろうと判断し、すでに門を閉じて守っていた。

本部に到着したマルヴィナとヨエル。

そこにエマドがいた。

「マルヴィナ!」

エマドが手招きしながら南門を指さしている。

「行こう、南門だ!」

三人で走り出した。

南門に着くと、すでに門は閉じていて、防御の態勢に入っていた。門の横にある監視室に入ると、南門の防衛班メンバーが三人。砦の小窓、横に細く長い隙間から外の様子を見ている。

「まだ近くまでは来ていない。外に出て見てみるか?」

「そうね、いいわよ」

南門の左右に小さな出入り用の通用門があった。そこから三人で外に出る。

出ると、門は内側から閉められ、少し不安になるマルヴィナだが、

「遠目に確認したらすぐ戻って来よう、中から開けてくれるよ」

そうエマドに告げられ、三人で周囲を警戒しながら海岸方向へ走り出した。

砦の周囲は広い平地になっていて草が所々生えている。空はうっすらと曇り空。海のある方向には、木が密集して林になっているのだが、その切れ目から何かがワラワラと湧いてきているのが見えた。

遠目でわかりづらいが、やはりそれは人の背丈かそれ以上の大きさがあり、かたちはばらばらで人のような形をしたものもあれば四足歩行しているように見えるものもある。


「あれ、なんなの?」

「正直おれも見たことがないけど、海のゴミが塊になって歩いているようにも見える」

「そろそろ戻らない?」

ヨエルも怖がって帰りたがっている。海の化け物たちは人が歩く時の半分ほどの速度でじわじわと砦に迫っていた。

「わっ、あっちからも湧いてるよ!」

林の切れ目のひとつだけを通ってこちらに接近してくると思っていたものが、広範囲に波のように押し寄せていることに三人は気付いた。

「あんなのに囲まれたくないな。走ろう!」

エマドの声で三人が走りだす。落ち着いて歩いて戻っても充分追いつかれないのだろうが、しかし走りたい気分のほうが勝った。

そして、門の前までたどり着いて、

「通用門、開門ー!」

しかしエマドが叫ぶ前から彼らの帰りを察知したのか、正門の右にある小さな通用門がすでに開いていた。そして、三人が走り込むと同時に、そこに構えていた隊員の一人が門を閉じた。

門の横の監視室の窓からあらためて眺めると、目視できる距離まで近づいていた。

「どうするマルヴィナ? おれたちは、あんなのとどうやって戦えばいいんだ?」

それはマルヴィナにとっても知りたいことだった。

「ちょっと待って、一瞬考えさせて」

私だって知りたいよ、という言葉をいったん飲み込んでそう答えるマルヴィナ。心配そうに横で見ているヨエル。

「弓矢が効くか試してみよう」

我ながら早く答えが出たと思ったが、先日のネルリンガー村での邪悪な魔法使いとの戦いを思い出したのだ。

「そうだね、それなら城壁の上から撃てて安全だし。おれ、本部へ行って指示を出してくるよ」

エマドがそういって走りだそうとして止めて、マルヴィナの前で気を付けをしたうえで敬礼した。

マルヴィナは数秒、エマドが何を意図しているのか分からなかったが、自分もすぐ敬礼をして、

「エマド隊員、城壁より弓矢の射撃を行え!」

マルヴィナの大きな声で指示を出し、エマドが射撃を行いますと大声で答え、敬礼して走り去った。エンゾが昔いた職場のやり方を真似ているだけだが、面倒でもみんなでルールとして決めたので仕方ない。


 その後も化け物は徐々に数を増し、明らかに百を超えだした。

もうそこまで迫っている。

「どうするマルヴィナ? 藻屑の数が思ったより多いよ」

ヨエルが周りの目を気にすることなく狼狽している。

「大丈夫よ、動きものろいし、砦の中に入ってこれないわ」

たぶん、と付け足した。本当に入ってこれないか、自信はない。

「射撃がはじまったよ!」

城壁の上から矢が飛んでいくのが見えたのだ。しかし、射撃間隔は長く、数も少ない。

「弓兵って何人いるの?」

監視室に詰めている一人をつかまえて聞くマルヴィナだが、

「各門に一人です!」

実際にまだその程度の数しか弓を使える者を揃えられていないのだ。

見ていると、だいぶ近くに藻屑が近寄っているにもかかわらず、当たったり外れたりだ。腕もまだまだらしい。

「当たってもたいして効いてなくない?」

二体ほど、矢が突き刺さったまま近づいてくる。

しかしその時、

「二コラ様到着されましたー!」

「え、うそ?」

いったん信じられないマルヴィナとヨエルだったが、

「よう」

二コラが手を挙げて監視室に入って来たのを見て、

「やったあ!」

マルヴィナが二コラに飛びついて喜ぶ。

「ちょ、ちょっと落ち着いてマルヴィナ、状況はどうだい?」

喜ぶマルヴィナをなんとか押しとどめ、状況を尋ねる二コラ。

「なるほど、見た感じ矢が通用していないようにも見えるが……、いったん我々で試してみよう」

二コラも細い窓から外を見た。

「我々?」

監視室のドアの外を見ると、二コラと同じような風体の男女が六人並んでいた。

「港町の道場から門下生を連れてきたんだよ。彼ら、けっこう使えるよ」

「さすが二コラ!」

もう一度ハグしようとするマルヴィナをなんとかかわし、城壁へ向かう二コラ。


 数十秒後には矢の数は増えていた。

しかし、

「やっぱり矢が効いてないよ」

ヨエルが目を細めながら監視室の外を見ている。

「そうね。だけど、彼らはどうするつもりかしら?」

「壁をよじ登れるとしたらまずいね」

「私、いったん本部に戻ったほうがいい気がする。エンゾやモモの意見を聞きたいわ」

よし、戻ろうということで、さっそくヨエルと一緒に監視室を出て、走って本部へ。

そこにはエンゾがいたが、

「モモはまだ?」

「はい。モモ様は地下で何か調べものをされています」

「どうしよう、何か打開策はある?」

「はい。いえ、もう少し相手の出方を見てもよいかと……」

マルヴィナもそうするしかないと思っていたが、北門班の隊員が走り込んできた。

「ミシェル様が到着されました!」

「え、うそ?」

いったん信じられないマルヴィナとヨエルだが、

北門のほうから、ミシェルが武装した十人ほどを引き連れてやってくる姿が見えた。

「やったあ!」

「やあマルヴィナ、ちょうどいいところに来たみたいだね」

「ありがとうミシェル!」

お互いがっちりと握手を交わす。

「あたしたちは打って出るよ」

「打って出る?」

「ああ。東門から出撃して横から敵を襲う」

「ミシェル様、準備はよろしいのでしょうか」

横でエンゾが心配しているが、

「大丈夫だ。皆そのつもりできた」

ミシェルの言葉に、エンゾがマルヴィナの顔色を見る。マルヴィナも頷いた。

「よし、ミシェル隊、出るぞ!」

ミシェルを含めた十二人が、本部付近に荷物を置いた。


武装を素早くチェックする体格の良い彼らが、マルヴィナには頼もしすぎた。

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