第17話 強敵

 次の試合まではしばらく時間が空くことになった。


他の予選グループの試合を見ながら過ごす。その間にも、地元チームの応援らしき観客が増えてきた。

「チームビヨルリンシティとチームカロッサの試合です!」

そして、ついに係りのひとから呼び出された。

お互いに礼をして、試合場のそれぞれの開始位置に立つ。そのころにはかなりの観客数になっていた。予選なので観客席もないのだが、立ち見の人だかりが出来ている。

開始の笛を待っている間、カロッサのメンバーが観客の多さにやや浮足立っていた。


そして笛が鳴った。

右サイドから二コラが飛び出す。正面からミシェルも前に出るが、敵チームにも盾役がおり、正面を守っている。ミシェルの左横からヨエルがプレッシャーをかけようとするが、直後に相手チームの弓使いが放った矢をかろうじて避けた。簡単に前には出れない。

「ビヨルリンシティ! ビヨルリンシティ!」

観客の声が一段と大きくなる中、

「チームカロッサのポイント!」

二コラに対応しようと出てきた相手チームの剣士から、躊躇のない踏み込みと一瞬の抜き打ちという圧倒的個人技で、二コラがポイントをあげていた。

「なにやってんだー!」

「帰れー!」

観客から罵声が飛ぶ。

開始線に戻り、二度目の笛。

今度は相手チームが突っ込んできた。特に相手チームの、さきほどポイントを取られた選手は右サイドから必死の形相で二コラに迫る。それを弓使いが援護し、二コラも簡単には攻撃に移れない。

「行けー!」

「攻めろー!」

ホームチームの攻勢に観客から大きな歓声。

中央ではミシェルと盾役がぶつかり、そこに相手チームの魔法使いがいよいよ力を出してきた。地面から生えてきた木で足を絡めとられるミシェル。

「ミシェル! そいつは木属性だ! おそらく雷撃系の魔法もくるぞ!」

その言葉に、しかしミシェルはモモのほうを一瞥する余裕もない。

言ったそばからバシリと嫌な音がして、ミシェルの左肩あたりから湯気があがるが、ミシェルは顔色ひとつ変えずに相手の盾役に打ちかかる。しかし、ダメージはあるはずだ。

「たあっ!」

右後方では二コラの気合が炸裂し、腕を掴まれた状態で足を払われて相手剣士が倒れる。転がって起きざまに二コラの薙いだ剣が相手の足に入った。

「チームカロッサのポイント!」

審判の声、そして再び会場に罵声が飛び交う。

「タイーム!」

相手チームのコーチらしき人間が叫んだ。

カロッサ陣に戻ってくる四人。

「よくやった!」

迎えるモモに、

「いやあ、やりづらい」

ミシェルの第一声。

「あの木属性魔法からの雷撃は避けたほうがいいな」

と二コラ。矢を避け剣士と戦いつつ、味方の様子も見えていたようだ。

「この試合場の雰囲気、私嫌いだわ」

マルヴィナの言葉にうんうんとうなずくヨエル。

「作戦タイム終了です!」

審判の声がかかった。試合場に戻り、再開の笛だ。

敵チームが再び積極的に仕掛けてくる。二コラの相手の剣士は、武器を持ち替えたようだ。短い槍を持っている。

「さあこいさあこいっ!」

声で威嚇しながら突っかけるが、二コラが前に出るとすぐに距離を取る。剣よりやや長い短槍で、近づけさせない作戦のようだ。つまり、時間稼ぎをするつもりらしい。

「やあー!」

中央では大きな掛け声とともに敵チーム、盾役と木属性魔法使いと弓使いが突っ込んできた。

一瞬、三人でミシェルに集中攻撃をするかに見えたのだが、盾役が正面からぶつかって張り付くかたちになったとたん、

「きゃあ!」

誰に対応するか躊躇しているヨエルを完全に無視するかたちで、敵魔法使いが木属性魔法をマルヴィナにかけた。

「マルヴィナ逃げろ!」

カロッサチームの誰かが叫んだが、すでに地面から伸びてきた草に足を絡まれて、そのまま動こうとしたのでしりもちをついてしまっている。そこに、弓使いが放ったものが矢継ぎ早に飛来する。

「チームビヨルリンシティのポイント!」

審判の声に、会場から再びビヨルリンシティコールが沸き起こる。

敵チームはすぐ開始線に戻って再開を急いでいる。チームカロッサも戻ってきて、笛がなった。

「攻めろー!」

観客の大きな声援に押されながら、敵チームはものも言わずに突っ込んでくる。

「同じ手にはかからないよ!」

とマルヴィナは叫んでみるものの、

「これが!」

ミシェルが再び木の根に足を絡まれて、今度は敵盾役がミシェルを突破する。そして簡単にヨエルを突破、マルヴィナに迫る。マルヴィナも苦痛の呪文の詠唱を止め、杖を構えて対峙したと思わせたとたん、得意の前転であさっての方向に飛び込んで逃げる。が、

「チームビヨルリンシティのポイント!」

起き上がり際に、いつの間にか背後にまわっていた敵弓使いの矢がマルヴィナの背に当たっていた。

「カロッサターイム!」

モモがたまらず手をあげて場外から審判に向け叫ぶ。


短時間だが激しく動いたためか、大きく息を切らせながらモモのところに戻ってくる四人のメンバー。

「よし、ここは落ち着いて、装備を変えて対抗しよう!」

と言ってうしろに置いてあった装備をたくさん持ってこようとしてつまずいてこけるモモ。ヨエルが慌てて寄ってきて手を貸す。

「あたしは長槍でポイント狙いにいく」

ミシェルが長槍を掴んで、突きや叩く動きを数回見せた。

「じゃあ僕は弓に持ち替える」

二コラも狙っていくようだ。

「じゃあ僕は短槍と盾でマルヴィナを守る」

「そうね、その間になんとか苦痛の呪文が効けば……」

「それで行こう。僕、この試合はみんなに絶対勝ってほしい。こんな雰囲気の中で負けてほしくないよ」

「そうね、大丈夫。私たちを信じてモモ」

それぞれの肩を叩いて送り出すモモ。

「チームビヨルリンシティは早く試合場内に戻るように!」

敵チームがなかなか場内に戻ってず、審判に注意されていた。どうやら、選手交代で準備しているようだ。

「早くしろよ!」

観客からも不満の声が湧いてくるが、

「ん? 赤毛の……。そうか!」

何かに気付いたようで、二コラがモモのところへ走って戻る。

「モモ! 棒をくれ!」

そう叫んで自分の持っていた弓と矢筒を場外に放り投げた。

「これでいい!?」

代わりに、人の背丈よりも長い棒を投げ返すモモ。

そのあたりから観客たちも気付いてざわつきだした。

「おい、見ろよ、クルトが出るみたいだぜ?」

「本当か?」

「おお、赤毛のクルトが出るのか!?」

「クルト! クルト!」

入って来た赤毛の選手に観客が大声援を送り、それに手を挙げて応える棒を担いだ赤毛の選手。短槍の選手と交替したため、敵チームは棒、弓、盾、魔法使いという構成になった。

クルトと呼ばれた選手が、チームカロッサの向かって右側に立ったため、その正面に二コラも向かう。

「まさかおれが予選に出ないといけないとはね」

まだ体が温まっていないのか、開始間際に赤毛の選手が棒を振り回していくつか技を見せた。それを見た観客の熱も上がっていく。

そして笛がなった途端、棒を構えた二コラが仕掛けた。

「やっ!」

一気に踏み込んで、突き出した棒の先がクルトの喉元を狙う。

クルトは、相手の寄りの速さを見てふつうには避けきれないと瞬時に判断、体を反らせて後方へ回転した。棒を持っていないほうの手を地面についてさらに足が着地した瞬間、さらにもう一度後ろへ飛んで回転。その足のあった位置を二コラの棒が払った。

「やべえやべえ」

へへへと笑いながら、あらためて棒を構え距離を保つクルト。

二コラはさらに距離をつめてすぐさま順手で棒を振り下ろし、それを自身の棒で受け止めるクルト。当たった瞬間に二コラの逆手の棒の一撃を、低い姿勢でかいくぐるが、直後の二コラの右足前蹴りが顔の横をかすめ、さらに左足回し蹴りをクルトは右の肘と膝で受け止め、両者別れる。

一瞬の攻防に観客が大いに沸いた。

「腕を上げたな二コラ」

「次の棒術大会じゃあ……、勝たせてもらうよ、はっ!」

さらに畳みかける二コラだが、クルトも試合勘が戻ってきたのか、表情に余裕が生まれ始めていた。クルトの何かしらのカウンターが見えた二コラ、いったん引いて距離をとる。

「君は教国の武芸十八種目ぜんぶ獲るつもりか? でも棒術だけは譲れないね」

そろそろ行かせてもらうぜ、とじりじり距離を詰めるクルト。


 一方試合場の中央でも一進一退の攻防が始まっていた。

「今だ! 行けヨエル!」

「うぅおおー!」

ミシェルの声で敵魔法使いに突進するヨエル。半分はったりかもしれないが、ポイントを獲られると試合が終わることもあっていったん引かざるを得ない敵チーム魔法使い。

「矢がくるよ!」

「うぅおおー!」

すぐにマルヴィナを守りに戻るヨエル。敵チーム三人がマルヴィナを狙っていることがはっきりしたため、ノーマークのヨエルが動きやすくなっていた。マルヴィナも、敵の動きに合わせて矢や相手の魔法を避けるための位置取りへ動き回りながら、自分の魔法の詠唱タイミングを探している。

敵チームの表情にも焦りの色が出てきている。

「たたんでしまえ!」

敵チームの魔法使いが指令を出し、三人で無理攻めに近いかたちで突破を計ってきた。

「来るぞ!」

ミシェルが叫びながら相手の盾役を止める。槍を持っているミシェルの懐にいったん飛び込んでから、自分も突破してうしろにいるマルヴィナを捉えるつもりだろう。

「させるか!」

ミシェルが強引に槍で上から相手をおさえつけつつ右腕で掴んで引きずり込もうとしたので、それに反応して相手の盾役の上体があがる。

「ふんっ!」

ミシェルの体が相手の脇下を狙って、速く低く沈み込んだ。肘から体ごとぶつかって、鈍い音がして相手の盾役がうずくまった。

「んあ!?」

しかし焦ったような声を出したのはミシェルのほうだ。

「まずい……」

試合場の端でもモモが頭を抱えて審判を見つめる。

「ただ今の危険技、チームカロッサの反則! チームビヨルリンシティのポイント!」

審判の宣言ののち一瞬の間を置いて、大歓声があがった。息を切らせたマルヴィナが両ひざをつき、他のカロッサのメンバーはその場に立ち尽くした。

のろのろと集合し、敵チームの勝利宣言のあとに礼をして、無言のまま戻ってくる四人。

試合場外の端に腰を下ろして水筒の水を飲んだミシェルがやっと、

「すまない、相手の隙に体が勝手に反応した……」

「いや、僕がポイントを取れなかったから」

というヨエルに、二コラが何か言おうとして言うのをやめた。

その視線の先には、悔しそうに俯くマルヴィナ。


その四人に、

優勝候補チーム相手に最後までよく頑張ったよと声をかけていくモモだった。

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