第18話 魔法学校

 冒険者大会の予選で敗退した翌日、夕方前。


マルヴィナとヨエルは、ローレシア大陸で最も大きな国であるヤースケライネン教国の首都ビヨルリンシティの中心部を歩いていた。

「編入試験があるって本当なの?」

「うん、大会の出場選手の魔法使いっぽいひとが話しているのを立ち聞きしたんだ」

繁華街を抜けて、丘の上にある大学を目ざして二人は歩いている。

「でも、いつあるんだろう?」

「直接魔法学校まで行って聞いてみればすぐわかるよきっと」

少し息を切らしながら坂道を歩く。道端には学生向けの食堂が何軒か並んでいる。

「カロッサよりも都会だね」

「うん」

とだけ答えた。自分たちの出身のバーナー島、その首都カロッサよりもさらに大きくて豪華な建物がいっぱい建っているのだが、今のマルヴィナにはあまり関心がないようだ。

「あ、見えてきた、あれが入口じゃない?」

マルヴィナが指さす先を見ると、大きな門に国立ビヨルリン大学の文字が書かれた看板。

門の横に守衛室がある。暇そうに何か読み物をしている門番に、

「あのう、編入試験の手続きをしたいんですけど……」

マルヴィナが恐る恐る尋ねると、

「編入試験? ああ、たぶんあれだ、教養学部にでも行って聞いてもらえるかな?」

門を入ったら案内板があるだろうからそれを見てくれ、と言うと、再び読み物に目を落とした。

マルヴィナは腰に護身用の剣も下げていたのだが、そういったものを咎められることもなく、それがかえって不安だった。

「魔法学校って、何でも持ち込んで大丈夫なのかな?」

「さあ、どうだろう。でも、魔法の使い手がたくさんいるってことだし、武器を持ち込んで暴れる人間もいない気がする」

「そりゃそうね」

門をくぐってもしばらく坂道が続いたが、登り切ったあたりで視界が開けた。キャンパスだ。広い敷地内にいくつか建物があるのだが、どれも立派な造りをしている。門番が言っていた案内板らしきものは、周囲に見当たらない。


二人でキョロキョロしていたからだろうか、

「君たち、どうしたんだい?」

声を掛けられた。

「あのう、ここの教養学部を探してるんですけど……」

マルヴィナが答えた。

「そうなんだ、ちょうど時間も空いているから、案内してあげようか? 僕はピエール・コンソリ。この大学で魔法学部の錬金術科に通う学生だ、よろしく」

そう言って笑顔で手をさし出して来たので、マルヴィナとヨエルも自己紹介して握手した。長身で黒い肌に白い髪と口ひげ、フチなし眼鏡と灰色のフォーマルな装い。いかにも頭が良さそうだ。

キャンパス内は、雑多な人間で溢れていた。

「この時間帯は、講義が終わって帰る学生、まだこれから講義を受ける学生、部活動にいく学生たちで溢れかえるんだ」

歩きながら、どの建物がどの学部かを説明してくれるピエールと名乗る青年。マルヴィナには、それがとても眩しい世界に見えた。

「やあピエール、調子はどうだい?」

「あらピエール、新しい彼女?」

彼に声を掛けてくる学生も美男美女ばかりだ。

「へいピエール、週末楽しみにしてるよ」

その男性と少しだけ話し込む。

「実は僕は球技サークルをやっていてね、今週末もパーティを開催する予定なんだ」

確かにピエールはスタイルも良くていかにも運動も出来そうだ。

「そうなんですか、球技うまそうですよね」

ヨエルのその言葉にピエールが笑いながら、

「うまい? ハハハ、あ、いや、笑ってすまない。球技部ならそうかも知れないんだけど、球技サークルが実際に球技をやっているのを聞いたことがなくてね」

へえそういうもんなんだ、と感心するヨエル。

「ほら、見えてきたよ、あの建物だ」

ほかのよりもひときわ大きな造りの建物が見えてきた。

「ところで、マルヴィナはなぜ教養学部に用事があるんだい?」

編入試験の手続きをやりたいという事情を話した。

「そうか、なるほど。試験というのは本当に大変だね。だけど、僕は君を一目見た時から、何かオーラを感じたよ、君なら必ず合格する。じゃあ僕はこの辺で、また会おう」

「ありがとうピエール」

ピエールにお礼を言って別れた。


 建物の大きな入口から入ると、窓口らしきところに若い女性が座っていた。

「あのう、編入試験の手続きをしたいんですけど……」

マルヴィナの声が小さいので若い女性が二回ほど聞き直したのち、

「そこの書類に必要事項を記入して提出してください」

言われた通りにやろうとして、

「あのう、試験っていつあるんですか?」

気になっていたことを聞いた。

「試験の日? 開催日は明日ですから」

「明日!?」

十七時までにそこのテーブルで書類を書いて提出してください、ということだった。

慌てて二人で書類を覗き込みながら欄を埋めていく。時間はまだ一時間以上あるので、大丈夫なはずだ。

途中で、わからない項目をその女性に確認したりする。

「ねえマルヴィナ、今日これを提出したとして、明日の試験の準備は大丈夫かな?」

「そうねえ。たぶん私のことだから大丈夫だと思うけど……」

まだ項目を書いて埋めるので精一杯だ。それに、何かよくわからない自信も芽生えていた。

「よし、出来た!」

さっそく持っていくと、

「じゃあ受験料いちゴールドになります。明日の朝八時にここに来てくださいね」

マルヴィナはここ数年で一生懸命に貯めた一ゴールドを支払った。とりあえず手続きを完了してひといきつく。

「そうだ、マルヴィナ、過去問題を探そう!」

建物を出ようとして、ヨエルが何か思いついた。

「過去問題?」

「そう、受験って、過去問題が本になって売っていたりするんだよ。そうだ、さっきの人に聞いてみようよ」

「そうしよう」

と二人でまた窓口に戻ってみた。

「過去問題?」

窓口の若い女性が少し時計を気にしながら答える。

「そうねえ、大学の書店で探してみたら? まだしばらく開いてるはずだから」

二人で建物を飛び出してみたのだが、よく考えたら書店の場所がわからない。その辺を歩く学生をつかまえてみた。

「書店? ああ、そこに食堂と書いた矢印があるだろ? 食堂の横が書店だよ」

ありがとう、と言って急いで食堂と書かれた矢印の指す方向へ小走りで向かう。

すると、噴水の広場の向こうに半地下になった大きな施設が見えてきた。それが食堂のようだ。外から中を覗くと、ちらほらと学生がいる。そして、その横に書店があるのも見えた。

「あそこだ!」

二人で書店に飛び込む。

「あった!」

入ってすぐ、比較的目立つところに赤い背表紙の本が並んでいた。魔法学部過去問題と大書してある。さっそく一冊買って店主のおじさんのところに持っていくのだが、

「あれ? 君たちはもしかして編入試験の過去問題を探しているのかい?」

おじさんの質問にそうですと答えると、

「編入試験の問題はこれじゃないよ」

と、別の本棚を教えてくれた。確かに、編入試験過去問題と書かれた本が並んでいる。

「マルヴィナ、これだよ!」

それを取って店主に渡す。

「はい、じゃあ、いちゴールド」

「いちゴールド!?」

思わず二人で叫んでしまう。マルヴィナがあたふたとポケットや財布をまさぐるが、そんなものは出てこない。

「しょうがないね……」

ヨエルが差し出した。え、いいの? とマルヴィナが念を押すが、ヨエルは顔を引きつらせながら頷く。マルヴィナは、店主が無表情なのがなぜか無性に腹立たしかったが、今回はしょうがない。

「来年必ず返すからね」

そう言って店主にヨエルから貰ったゴールドを一枚渡して、本を受け取った。そのあともしばらく、ヨエルの顔が引きつっていた。


 一方こちらは冒険者大会の決勝リーグ会場。

ビヨルリンシティ市内の大きなコロシアムを使って開催されていた。観客席の上のほう、試合場から離れた位置ではあるが、予選参加者のための観覧席が設けられていた。

「お、選手が出てきたよ」

モモと二コラ、そしてミシェルの三人で観戦しており、マルヴィナとヨエルの席は空いている。

「これより、決勝戦を行います。チームビヨルリンシティ対、チームザラゴザ!」

歓声があがった。首都ビヨルリンシティの地元チームが決勝に進んだとあって、コロシアムは観衆で埋まっている。

「どっちが勝つ?」

ミシェルの問いに、

「まず間違いなくビヨルリンシティだね」

二コラが答える。

「まず、ふつうの学生はクルトの攻撃からポイントを守るのがかなり厳しい」

「チームビヨルリンシティのポイント!」

さっそく審判の声が響く。二コラの言ったとおり、クルトが相手チームから先取点を取った。

「だからと言って、守りに入ると後衛が狙われる」

「チームビヨルリンシティのポイント!」

チームビヨルリンシティの木属性魔法使いが相手チームの後衛を足止めし、弓使いがそこに矢を当ててさらに二ポイント目をあげた。

「ここから畳みかけられてほとんどのチームが負ける。そして、強豪チームであっても、冷静に巻き返そうとしたところで、意外と曲者がいる」

「あ、あいつか!」

ミシェルが指さす先、両チームの盾役同士がぶつかっているが、

「チームザラゴザの反則! 従って、チームビヨルリンシティのポイント!」

勝敗があっけなく決まった。地元チームの完封勝利にコロシアム全体が沸いている。

「あいつ、反則を取るのがうまかったのか……」

「そうなんだ。調べてみたんだけど、あの選手、どうやら親が神亀旅団のレギュラーメンバーだったらしい」

モモが右手で顔を覆いながら話す。

「神亀旅団? あのひたすら防御を重視する、防御こそ最大の攻撃と謳う大型冒険者ギルドか……。偶然でもミシェルから反則を取るのは難しいからな」

神亀旅団は冒険者を目ざすものはたいてい知っている有名ギルドのひとつだった。

「来年どうする?」

聞いたのは二コラだ。

「いい質問だね。ただ、今の競技的ルールだとちょっと考えてしまうな……」

ミシェルが渋い表情で答える。

「僕はマルヴィナが誘ってきたら考えるけど、でもやっぱり今のアイアンゴーレムが使えないルールだと、ほとんど役に立てないね」

頭を掻くモモ。

二コラはどうすんの? という問いにあまりはっきりと答えず、代わりに、

「僕ね、実は大陸で就職を考えている。今回もすぐに帰らずに、しばらく滞在する予定なんだ」

実は同じことを考えてた、とモモとミシェルも答えた。

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